バターたっぷりの料理は美味しいです。最近はバターを使わず、カロリーカットした
レシピが多いようですが、それだと時々物足りなくなりませんか?どちらかと言えばあっさり系の味が好きな私でさえ、たまにはバターをふんだんに使ったパスタやお菓子が食べたくなります。
とはいえ、バターの使い過ぎにはご用心。あまりに濃厚すぎる味わいの虜となり、後々後悔する羽目になったりして・・・そんな運命に陥った女性を描いた作品がこちら。柚木麻子さんの『BUTTER』です。
週刊誌の記者として働くヒロイン・里佳は、一人の女性を取材し始める。女性の名前は梶井真奈子。男性三人が犠牲となった連続不審死事件の容疑者だ。若くもなく、太った容姿の持ち主ながら自信に満ち溢れた梶井真奈子は、本当に人を殺したのか。取材を重ね、梶井との対話を繰り返すうち、段々とその独特の世界観に絡め取られていく里佳。梶井の支配力は、やがて里佳の友人・伶子にまで及び始める。囚われているのは梶井か、それとも私?翻弄され、葛藤する里佳が、やがて見つけたものとは・・・・・
若さも美貌も持たずして男性たちを翻弄した梶井真奈子。ヒロインの里佳は梶井を取材し、梶井に取り入るため彼女が好むバターたっぷりの料理を食べるようになります。最初は単に取材相手の歓心を買うための行為でしたが、次第に里佳は濃厚なバター料理の虜となり、交際相手を驚かせるほど太り始めます。と同時に、里佳は梶井の存在に引き込まれ、あろうことか彼女を擁護するような言動さえ取るようになるのです。
この「段々と味覚や価値観が梶井に取り込まれていく」という過程の描き方がとても丁寧かつ濃密。バター同様にこってりした梶井の世界観がこちらまで伝わってくるようでした。バター醤油ご飯やたらこパスタ、塩バターラーメンなど、次々出てくるバターたっぷりの料理の描写も丹念で、読んでいるだけでお腹一杯になってしまいそうです。
本作のテーマは「梶井は本当に殺人者なのか」「本当だとしたら、なぜ梶井は凶行に走ったのか」ではありません。梶井に影響され、振り回される者達の人間模様と、そこから浮き上がる現代人の生き方がテーマです。太ったというだけで恋人から「弛んでいる」という扱いを受ける里佳や、才色兼備でありながら夫に妊活に協力してもらえない伶子。「なぜ太っていてはいけないのか」「私は精一杯努力しているじゃないか」・・・そう葛藤する里佳たちにとって、欲望に忠実に振る舞い、太っているのに男性から崇拝される梶井は不可解で、それでいて無視できない存在です。
世間的には十分恵まれた状況にいるにも関わらず、容姿の上でも社会的立場でも劣るはずの梶井に引き込まれていく里佳や伶子。彼女たちの様子から、私は現代女性の生き辛さを感じずにはいられませんでした。延々と続く女性の内面描写は冗長に感じるかもしれませんが、本作を書く上では欠かせない要素だと思います。そう言えば、私はいつから「痩せている=魅力的」と思うようになったんだろう・・・などと考えてしまう辺り、私も梶井に取り込まれた一人なのかもしれないです。
お気づきの方も多いでしょうが、本作は現実に起きた首都圏連続不審死事件をモチーフにしています。あの事件で逮捕され、死刑が確定した木嶋佳苗は本作を読んで激怒したんだとか。一体本作の何が彼女の逆鱗に触れたのか。実際に読んでみて、それを考えてみるのもまた一興かもしれません。
読むとバターの風味が恋しくなる度★★★★★
最後の最後に救いはある度★★★★☆
こんな人におすすめ
女性の生き方をテーマにしたサスペンス小説が読みたい人
柚木麻子さんのミステリーとは珍しい。
実際に事件をモチーフにしたサスペンスにバターを使った料理。
「ランチのアッコちゃん」のようでサスペンス、これは面白そうです。
軽妙な作品の多い柚木さんにしては珍しいタイプの小説でした。
「謎解き」というよりは心理サスペンス寄りですが、料理は相変わらず美味しそう!
まさしくバターのように、こってりと心に残る一冊だと思います。