SFやホラーのジャンルにおいては、超能力・霊能力・魔力といった異能が頻繁に登場します。と同時に、異能を取り締まったり、サポートしたりする組織や職員が出てくる機会も多いです。日本に限らず海外でも同様なので、万国共通の発想なのかもしれません。
この手の存在としては、マーベル・シネマスティック・ユニバースに登場する武装組織<S.H.I.E.L.D>、SCP作品世界で暗躍する<SCP財団>などが有名です。タイムリープやタイムトラベルといった能力が登場する作品だと、能力者によって勝手に歴史改変が行われないよう管理する<時空管理局>(名称は違うことも有)なる存在が出てくることも多いですね。「自分もこうした組織の一員だったら・・・」と空想した経験がある方、私を含めて、結構多いのではないでしょうか。今回は、私が大好きな秘密組織・捜査員が登場する作品をご紹介したいと思います。西澤保彦さんの『念力密室!』です。
こんな人におすすめ
SF設定が絡んだミステリーが読みたい人
内鍵がかかった他人の自宅で死んでいた男の謎、密室内での殺人事件で発揮された不可解な力、目を離した隙に室内から消失してしまった死体の行方、殺人事件と乳児誘拐事件との意外な繋がり、繰り返される住居侵入から垣間見えた心の闇・・・・・超能力×本格ミステリーのマリアージュ!売れない作家と美貌の女刑事、オトボケ超能力捜査官らの活躍を描いた人気シリーズ短編集
西澤保彦さんの代表作である『神麻嗣子(かんおみ つぎこ)の超能力事件簿シリーズ』第三弾です。超能力が実在(一般市民には秘匿)している世界において、超能力犯罪を取り締まる捜査官(正式名称・超能力者問題秘密対策委員会出張相談員)の美少女・神麻嗣子が、協力者らとあれこれ事件を推理し合うというのが大まかなあらすじ。超能力の設定がしっかりしているので、理屈を飲み込めばちゃんと論理的に推理できる、西澤ワールドではお馴染みのシチュエーションです。刊行順で言えば、本作はシリーズ第三弾に当たるのですが、収録作品の中の「念力密室」が時系列的には一番最初であり、レギュラーメンバーの出会いが描かれます。シリーズ第一弾『幻惑密室』、第二弾『実況中死』でこの出会いについて触れた箇所があり、未読だと「??」となるかもしれないので、あえてこういう順番で取り上げることにしました。
「念力密室」・・・売れない作家・保科が自宅に帰ってきてみると、なんと玄関にドアチェーンがかかっており、室内では見知らぬ男性が死んでいた。通報した結果、被害者は保科の前妻・聡子の交際相手だということが判明。そいつがなぜ、俺の家で殺されているのか。訳が分からないまま日々を過ごす保科の前に、神麻嗣子という美少女が現れる。嗣子曰く、先日の殺人事件において、保科が超能力で被害者を殺した疑いがあるため拘束しに来たという。無関係なのに、そんな意味不明な疑いをかけられるなんて冗談じゃない。焦った保科は、嗣子から得た状況証拠をもとに事件を推理し始めて・・・・・
嗣子、保科、女性刑事の能解匡緒(のけ まさお)、保科の前妻・聡子といったシリーズレギュラーメンバーが出会う話です。短編ながら、各自の個性や、登場人物達が与えられた情報から事件を推理する、いわゆる安楽椅子探偵モノの作風がユーモアたっぷりに伝わってくる描写力がお見事。事件そのものの構成も骨子がしっかりしていて面白かったです。無実なのに容疑者扱いされた挙句、とんでもない目に遭った保科は気の毒ですが・・・
「死体はベランダに遭難する」・・・とあるマンションのベランダで、住人男性の他殺体が発見された。ベランダの鍵は室内から施錠されており、被害者はどうやら閉め出された状況だったらしい。保科のもとを訪れた嗣子により、被害者が殺害直前まで一緒にいた女性は今なお行方知れずなこと、事件発生時に現場では念動力を使った形跡があることが分かる。果たして念動力者は誰で、一体何のために能力を使ったのか。もたらされた情報を整理した保科は、一つの可能性を口にして・・・・・
いやー、これは予想外!超能力者が念動力(手を使わずに物を動かす力)を使った理由が、まさかこんなことだったとはね。この作風で、これほど腑に落ちる解答を持ってくることができるなんて、西澤保彦さんて本当に凄いです。なんてことのない会話がばっちり伏線だったことも含め、本格ミステリー好きなら心をくすぐられまくるのではないでしょうか。女性刑事・匡緒の一人称で進むラストシーンがスリリングでした。
「鍵の抜ける道」・・・施錠されたマンションの一室で念動力の使用が観測され、嗣子が現場に駆け付けると、室内には女性の死体があった。だが、一旦現場を離れ、保科・匡緒と共に戻ると、なんと死体は消失。後に、まったく別の場所で発見された。死体を動かしたのは犯人なのか。念動力はなぜ使われ、なぜわざわざ死体を動かしたのか。調べたところ、死体移動時に念動力が使われた形跡はないのだが・・・・・
人間関係がちょっと入り組んでいますが、登場人物数自体は少ないので、さほど混乱せず読めると思います。この話で出てくるのは<ポテンシャルエスパー>という、超能力を持ってはいるが完全制御できるわけではない能力者。ふーん、そんなSF用語読み飛ばしちゃえ・・・といかないのが、このシリーズの醍醐味です。現実離れした設定にもちゃんと意味があり、謎解きの手掛かりになるんですよ。あと、クールビューティーな匡緒が、無邪気な嗣子にたじたじな描写、ちょっと笑ってしまいました。
「乳児の告発」・・・念動力によって密室状態となったアパートの室内で、男性の他殺体と、身元不明ながら元気な赤ん坊が見つかった。事件当日、現場近辺では乳児誘拐事件が二件続けて発生しており、何らかの関連が疑われる。現場で念動力が使われた回数は三回。一回目はドアの鍵を閉めるため、二回目はドアチェーンをかけるため。三回目はどこで使われたかが不明なのだが・・・・・
断トツでお気に入りの話です。念動力の設定をうまく活かしたトリックもさることながら、明かされた真相があまりに惨くて・・・・・序盤、一見事件とは無関係かと思われた匡緒のエピソードが、こう繋がってくるとはね。命に優劣などないとはいえ、子どもが絡むと、より悲惨さが高まります。なぜか、匡緒一人称の話ってやりきれない結末を迎えるパターンが多い気がするけど、気のせい?
「鍵の戻る道」・・・保科の前妻・聡子は、最近、何者かが自宅に侵入していると思しき気配に悩んでいる。容疑者の最有力候補は、強引に別れた元カレ・猿投。確たる証拠はないが、とりあえず鍵を交換することに。と、その矢先、施錠された聡子の自室内で、猿投の元交際相手・チエの遺体が発見された。実はこのチエ、超能力者として以前から当局にマークされており・・・・・
行動力ある情熱家、保科との離婚理由が「作家の妻だなんて、さぞ波乱万丈だと思ったのに、平凡すぎてつまらん」だという聡子のキャラがなかなかユニークです。そのせいでつい忘れがちですが、事件自体はかなり胸糞悪いもの。特に、語りの中でしか登場しないにも関わらず、猿投という男の卑劣さ、陰湿さにはゾッとさせられました。でも、悲しいかな、こういう人間って一定数いるんだよなぁ・・・
「念力密室F」・・・<私>が帰宅すると、内側からドアチェーンがかかっていた。寿美子はまだ小学校から帰っていないはずなのに、なぜ?おまけに、ようやく入った室内からは、<あの人>と<彼女>が写った写真も消えている。混乱する<私>に、帰宅した寿美子は意外な一言を口にして・・・・・
これだけ読むと、恐らく意味不明と感じる方もいるかもしれません。この『神麻嗣子シリーズ』は、基本的に一作完結型で進んでいくのですが、全体を通して見ると大きな流れがあることが分かります。そこで、匡緒に執着する人物がいることが示唆されており、この話は、その執着者により悲劇が起きたifを描いています。この辺りの事情が詳しく知りたい人は、シリーズ第四弾『夢幻巡礼』を読むことをお勧めします。というか、この未来が現実のものとなるとすると、あの人とあの人は・・・嗣子の正体って・・・
最終話のせいで不安に駆られた方、ご安心を。読者からの問い合わせに対し、西澤保彦さん本人が「このシリーズは必ずハッピーエンドにする」と明言されています。ただ、二〇〇六年に刊行されたシリーズ第八弾『ソフトタッチ・オペレーション』以来、執筆中断中なんですよね。クリエイターには波があって当然だと思いますが、できれば私が死ぬまでにはハッピーエンドを見せてほしいです。
超能力と本格ミステリーの絡め方がお見事!度★★★★★
後味の悪さが癖になる度★★★★☆







