「時代は問わないから、海外の作家を一人挙げてみて」と聞かれた時、ウィリアム・シェイクスピアの名前を挙げる人はかなり多いと思います。シェイクスピアは一六世紀後半から一七世紀初頭にかけて活躍したイギリス人作家で、二〇〇二年の<百名の最も偉大な英国人>投票で第五位にランクインするほどの有名人です。それほど有名な偉人にも関わらず、現存する資料が少ないため、<実は作品はシェイクスピアではない別人が書いていた説><複数の作家が共同ペンネームでシェイクスピアを名乗っていた説>等々、面白い噂が色々ある人物でもあります。
こういう場合の常として、「著作のタイトルは知ってるけど、最初から最後まできちんと内容を知っている作品ってあんまりないなぁ」ということがしばしば起こりえます。シェイクスピアの場合、小説家ではなく劇作家であり、著作のほとんど戯曲であるため、余計にそうなのかもしれません。そもそも、いわゆる<文豪>と呼ばれる作家の有名作品って、なんとなく敷居が高く感じられることが多いですからね。そんな時、有名作品をテーマにした小説を読むと、ぐっと距離が近くなりますよ。今回取り上げるのは、降田天さんの『少女マクベス』。物語自体の面白さもさることながら、『マクベス』という作品を考察することもでき、とても読み応えがありました。
こんな人におすすめ
・学園ミステリーが好きな人
・演劇の世界に興味がある人
魔女に出会ったせいで、こんなところに行きついてしまった---――女子専門の演劇学校で劇作家を目指す主人公・さやか。ある時、彼女の前に、貴水(たかみ)という名の新入生が現れる。貴水は、一年前の定期公演中、不慮の転落死を遂げた女生徒・了の死の真相を調べるため入学してきたという。天才劇作家の呼び声高いながら、偏屈な変わり者だった了。彼女の死は事故か、自殺か、それとも・・・・・なりゆきで貴水と関わりを持つことになったさやかは、共に了の周辺にいた生徒達と接触していく。その結果、彼女たちの思わぬ秘密をも知ることになるのだが---――演劇の世界に生きる少女たちの光と闇を描く長編学園ミステリー
降田天さんが未成年を主人公に据えるのって、『女王はかえらない』以来ですね。あちらは小学生が主人公でしたが、本作の主要登場人物達は女子高生。ただの学園ものではなく、全国屈指の名門演劇女子学校、生徒たちの多くはプロの演劇人を目指す者ばかりという、かなり特殊な世界が舞台となっています。あらすじを読んで「なんか取っつきにくいかも」と思われることも多そうですが、食わず嫌いせず読んでみてほしいです。降田天さんのリーダビリティの高さを実感できると思いますよ。
舞台となるのは、全寮制の演劇女子学校<百花演劇学校>。そこで劇作家を目指して勉強中の主人公・さやかは、ある時、貴水という新入生と出会います。「わたしは、設楽了の死の真相を調べに来ました」。貴水が言う設楽了とは、一年前の定期公演中、奈落に落ちて死んだ女生徒のこと。さやかと同じく劇作家志望の生徒で、在学中の身ながら天才の呼び声高く、<神>と称されることすらありました。了の死の裏には、何かがある。そう確信して行動する貴水に押し切られる形で、さやかも調査に同行する羽目になります。その過程で明らかになる、生前の了の不審な言動。了と関わりのあった女生徒たちが抱える秘密と闇。天才少女を死に追いやったものの正体は、一体何だったのでしょうか。
読んでいて「おや?」と思ったのは、主人公であるさやかが、恐らく登場人物中一番目立たない普通の人間だったことです。決して没個性というわけではなく、彼女なりに強い葛藤に苦しんでいますし、了には及ばないものの優れた創作力の持ち主でもあります。ただ、周囲の生徒の個性が強いせいで、一歩引いた印象は否めません。了の死の真相を探る時も、張り切っているのは貴水の方で、さやかは中盤まで成り行きで付き合うばかり。この手のミステリーの場合、主人公が「私が絶対に事件を解決してみせる!」とぐいぐい行動していくことが結構多いので、ここはちょっと意外でした。
ただ、そこを差し引いても余りあるほど、他の生徒たちの印象は強烈です。<神>と呼ばれていた了や、変わり者の新入生・貴水は言うまでもなく、さやかと貴水が調査の過程で出てくる少女たちも個性豊か。特に、生前の了と関わりがあった綾乃・綺羅・氷菜は色鮮やかに描写されています。アイドルのように明るく華やかな綺羅や、有名俳優を父に持つクールな氷菜も魅力的だけど、私は綾乃の章が一番印象的でした。上品な優等生気質の彼女が持つコンプレックスが、なんとも生々しくて・・・この三人が演じる『百獣のマクベス』(了による、シェイクスピア『マクベス』のアレンジ作)の三人の魔女が実にユニークで、実際に鑑賞してみたくなるほどでした。
本作における重要なテーマが、恋愛が重要な要素となる『ロミオとジュリエット』でも、主人公が陥れられた側である『ハムレット』でもなく、『マクベス』だという点もまた、いい味を出しています。これは前書きにもある通りシェイクスピアによる戯曲で、妻と共謀して主君を殺した将軍マクベスが、プレッシャーに負けて正気を失っていき、最期は討ち取られるというストーリー。いわば<原因は主人公の内面にありました>という話です。本作内で、さやかや了はこの『マクベス』をアレンジし、自分なりの戯曲を作ります。綾乃ら俳優志望の生徒は、自身の感情や経験を糧に役作りを行います。この練り込み方、登場人物たちの内面との絡め方が実に濃密なんですよ。正直、本作のミステリー部分はさほど目新しいわけではないのですが、そこを帳消しにするほどの華やかさ、毒々しさでした。終盤のオーディションシーンはまさに圧巻!の一言です。
本家『マクベス』については要所要所で説明があるので、話を全然知らなくても問題ありませんし、むしろ興味が高まると思います。ただ、本家を知っていればいたで、また新たな解釈や考察が生まれそうですね。私は『マクベス』はハリウッド映画版を見ただけで、原作は未読のまま。大勢の訳者さんが日本語版を出しているようですし、いい機会なので探してみようと思います。
中盤からの加速感が最高!度★★★★★
そうそう、女子校ってこんな感じ度★★★★☆
「宝塚音楽学校」のようなイメージでしたが、それとは違った学園ストーリーであり青春ミステリーでした。
まさに学園そのものがシェークスピアであり不穏な雰囲気を漂わせる降田天さんそのものだと感じました。
「オルタネート」読み終えましたが、マクベスほど殺伐としていませんが近い雰囲気を感じました。
中山七里さんの「ヒポクラテスの困惑」読み始めてます。
同じく学園モノの「女王はかえらない」は後味の悪いイヤミスでしたが、こちらは不穏ながら希望のあるラストで良かったです。
一部、もっと痛い目に遭え!という登場人物もいますが・・・
ヒポクラテスシリーズの新刊が出ていたことに気づいていませんでした。
今回は長編のようで、読むのが楽しみです。
私は藤崎翔さん「逆転ミワ子」が届きました。