学生だった頃を振り返ってみると、一番ぎすぎすして精神的にきつかったのが中学時代。ただ、一番後悔が多いのは小学校時代です。何しろ小学生と言えば、まだ幼児に毛が生えたようなもの(言い過ぎ?)。後になってみれば、よくあんなこと言えたよな、なんであんなことしちゃったんだろう・・・と頭を抱えてしまうようなこともありました。
小学生時代が出てくる小説としては、過去にブログでも取り上げた加納朋子さんの『ぐるぐる猿と歌う鳥』や降田天さんの『女王はかえらない』があります。他には湊かなえさんの『贖罪』、湯本香樹実さんの『夏の庭-The Friends』、朱川湊人さんの『オルゴォル』etcetc。イヤミスもあれば成長物語もありますが、どれも小学生特有の未熟さ、幼さが描かれていました。この作品でも、あまりに幼稚な小学生時代の罪が丁寧に描写されていましたよ。貫井徳郎さんの『悪の芽』です。
こんな人におすすめ
子ども時代の罪と後悔をテーマにしたミステリーが読みたい人
多くの犠牲者を出し、犯人も自殺を遂げた無差別殺傷事件。銀行員として順風満帆な生活を送る安達は、その犯人が小学生時代の同級生であり、当時、いじめで不登校に追いやった相手だと気づく。まさか、あいつはいじめの傷から立ち直れず、あんな事件を起こしたのか。この大事件が起きたのは俺のせいなのか。悩んだ末、安達は自分なりに事件と犯人の過去について調べ始める。後悔と恐怖に晒される安達が、やがて辿り着いた結論とは・・・・・
作風としては、『乱反射』『愚行録』に近いという印象でした。ここまでのことになるとは思わなかった。そんな小さな悪意や軽率さの積み重ねが取り返しのつかない悲劇を招く。その悲劇の受け止め方も、それぞれの立場によってまるで違う。本作の場合、事件を主人公の安達、安達と一緒にいじめの主犯格だった真壁、事件発生時に現場に居合わせた亀谷、事件で娘を失った厚子の四人の目線で描くことで、より深みと濃密さが増していたと思います。
主人公・安達は仕事にも家庭にも恵まれ、過不足のない幸せな生活を送る銀行員。そんな彼は、ある日、アニメコンベンション(通称アニコン)会場で起きた衝撃的な事件のニュースを目にします。四十代の男がアニコン参加者達を次々に殺傷、最後は自殺を遂げたというのです。犯人である斉木は、小学校時代、安達がささいなきっかけからいじめた相手でした。斉木が惨い事件を起こしたのは、過去のいじめが原因なのか。安達は思い悩むあまりパニック障害を発症し、仕事もまともにこなせない状態に陥ります。回復するためには、真実を知るしかない。そう決心し、関係者を訪ね歩いて斉木と事件のことを調べる安達。やがて浮かび上がってきたのは、安達の予想を遥かに超えた出来事でした。
前半、回想で描かれる小学校時代のいじめが本当に酷い・・・あまりに下らない理由(いじめに正当な理由なんてないのですが)で悪意が沸き起こり、クラス全員で斉木をばい菌扱い、配布物を直接渡すことすらせず、席替えの際は斉木の近くになるのを嫌がって大騒ぎ、担任は面倒を嫌がって見て見ぬふり。とある理由から、発起人だった生徒がいじめをやめても、もはやクラスメイト達の暴走は収まらないという辺りが妙にリアルでした。この辺りの場面は、子どもの頃にいじめを経験した読者は読むのが辛いかもしれません。
ただ、同じいじめの参加者でも、目線が変われば思いも変わります。安達はまず共にいじめ主犯格だった真壁に連絡を取りますが、真壁の態度はけんもほろろ。余計な真似はするなとばかりの物言いに、安達はろくに話をすることすらできません。ところが、真壁目線の章に移ると、真壁が過去の斉木への仕打ちを心底後悔し、せめて自分の子どもが同じような後悔を抱えないよう真摯に向き合っていることが分かります。そして、真壁の感覚では、安達こそが「昔から上から目線で自己中な奴」ということになります。『愚行録』『プリズム』等でも思いましたが、貫井徳郎さんのこういう描写は本当に上手いですね。真壁の後悔を真剣に受け止めた息子が、知恵を絞ってクラス内のいじめを止めるのが救いでした。
さらにここで、物語に新たな視点が加わります。それが、事件の一部始終を録画したことで有名人になる亀谷と、事件で娘を亡くした厚子です。亀谷は『乱反射』に出てきた大学生と通じるものがあり、自尊心を満たすため独自に事件を調査、関係者の許可もなく動画を配信するというキャラクター。「やましいことがないなら、配信されたって平気なはず」「仮に嫌なことがあっても、所詮はネット上のことなんだから無視すればいい」と言ってのける場面にはひたすらイライラ・・・ただ、ある人物から一喝されたことで我に返る辺り、辛うじて良心はあるのでしょう。まあ、途中の勘違いっぷりが甚だしいので、この後、キャンパスでちょっとくらい白い目で見られちまえと思いますが。
軽薄さが目につく亀谷の章に対し、被害者遺族である厚子の章は、密度の濃さが段違い。娘を失った悲しみや、そのせいで家族間の噛み合わなさが浮き彫りになる場面も秀逸ですが、一番印象的だったのは、遺族同士の間でも意見の相違があるところです。自殺した犯人への怒りを、その両親にぶつけようとする遺族と、それは違うんじゃないかと感じる厚子。この時、厚子と親しくなる米倉咲恵という被害者遺族は、作中随一と言えるほど理性と良識を持ったキャラクターで、台詞の一つ一つが凛々しく格好良かったです。「犯人だけを憎んでいたい。自分の憎しみを広げたくない」・・・その通りだよなぁ。
この後、視点は安達に戻り、斉木が犯行に至った(であろう)理由が分かります。この理由に関しては、レビューサイトなどを見ると賛否両論あるようですね。実際に犯罪に走るきっかけなんてこんなものという意見もあれば、いくらなんでも不自然じゃないかという意見もあり。個人的には前者だし、斉木の過去の悲惨さは認めるけど、だからといって大勢の人の命を奪う理由にはならないし・・・と、いい意味でモヤモヤさせられました。最後の安達の受け入れ方はあっさりしすぎな感じもしますが、現実はこんなものなのかもしれません。
想像力がないって本当に怖い・・・度★★★★★
悪の芽だけでなく、善の芽もありますように度★★★★★
貫井徳郎さんは久しぶりです。
愚行録ほど衝撃的な作品は出会えなかったのですがこれは大変興味深いです。
子供の頃の未熟さを大人になってから後悔する~多くの人がそうだと思いますが、中には犯罪に巻き込まれてその重荷を背負って生きて行くというストーリーは特にミステリーに多かったです。
いじめは特にその典型でした。
なかなか壮絶な内容ですが、現実的な展開とラストとは共感も出来そうです。
大人になって学生時代の未熟さを後悔することも多いですが今になるとなるべくしてなったことで、だからこそ今があると思えるようなりました。
本作の場合、犯人はすでに分かっているので、ミステリーとしての衝撃度は「愚行録」の方が勝っていると思います。
その分、主人公をはじめとする登場人物達の葛藤が丁寧に描かれていて、いい意味で重苦しい気分にさせられました。
てっきり主人公中心で話が進むのかと思いきや、元いじめ加害者や被害者遺族等、様々な視点で事件が描写されるところも興味深かったですね。
「ホーンテッドキャンパス」の最新刊をようやく借りることができました。
読むのが楽しみです。
先ほど読み終えました。
「愚行録」と「乱反射」を合わせたようなイメージでした。
この作品の前に読んだ林真理子さんの「小説8050」にも共通するものは学生時代の苛めにより人生を狂わされる人間が存在するということでした。
苛めのきっかけを作った安達、苛めを加速させた真壁、娘を殺された厚子、現場に居合わせて動画を撮影した亀谷、様々な視点から語られる心理にリアリティーを感じました。
あれだけの事件があっても日常は続いていく~まさに現実はそんなものだと思いました。
それでも救いのあるラストにそれでも希望はある、人間は捨てたものではないと思いました。
読後感がよく読み応えのある1冊でした。
真梨幸子さんの「まりも日記」も借りて来ました。
貫井徳郎さんの奥さんが加納朋子さんだったことを知りました。
折原一さん夫妻のような夫婦合作があれば読んでみたいですね。
良い本を紹介して頂いてありがとうございます。
明日、二回目のワクチン接種を受けます。
二回目の接種後、大きな副反応もないとのことで良かったです。
私も家族も大人は全員二回目のワクチン接種終えました。
色々言われていますが、やはり受けると精神的にずいぶん楽ですね。
実は私も「小説8050」と共通するテーマだなと思いました。
ただ、いじめ被害者本人にも希望がある「小説8050」と比べ、本作のいじめ被害者は凶悪事件を起こした末に自殺・・・
救われない部分も多いものの、一筋の光が感じられるラストで良かったです。
「まりも日記」の感想も楽しみにしています(^^)
ちなみに綾辻行人さんの奥さんは小野不由美さん。
意外と小説家同士の夫婦って多いですね。