貫井徳郎

はいくる

「光と影の誘惑」 貫井徳郎

あくまでフィクション限定の話ですが、作中に登場する犯罪者に共感したり、応援してしまったりすることがしばしばあります。こういう犯罪者の場合、犯罪者なりに矜持を持っているとか、実は被害者側が諸悪の根源だったとかいうパターンが多いですね。実際、悪人を主人公としたピカレスク小説は、国内外を問わず山ほどあります。

しかし、現実問題、そんなカッコいい犯罪者などそうそういるはずがありません。犯罪とは身勝手で、卑劣で、人を不幸にするもの。この作品を読んで、しみじみそう思いました。貫井徳郎さん『光と影の誘惑』です。

 

こんな人におすすめ

後味の悪いイヤミスが好きな人

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「紙の梟 ハーシュソサエティ」 貫井徳郎

「悪法もまた法なり」。かつて、学者ソクラテスが言ったとされている言葉です(本当に言ったかどうかは諸説あり)。実際にはかなり哲学的な意味があるようですが、今はストレートに「たとえ間違った法律でも、法治国家である以上は従わないといけませんよ」という意味で使われることが多いようですね。確かに、各自が勝手に「あの法律は変だから守らない!」「こんな間違った法律に従う必要はない!」などと言い出したら、社会は成り立ちません。法律が間違っているなら、定められた法改正の手続きを取れというのは、決しておかしな話ではないでしょう。

しかし、法律を作るのが人間である以上、完璧にはなり得ないというのもまた事実です。法律が誰かを救う一方、また別の誰かを苦しめていたとしたら・・・・・少年法をはじめ、多くの法律が長年論争の種になるのは、この辺りが原因ではないでしょうか。今回取り上げるのは、貫井徳郎さん『紙の梟 ハーシュソサエティ』。法と社会の在り方について考えさせられました。

 

こんな人におすすめ

死刑をテーマにしたサスペンス短編集が読みたい人

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「妖奇切断譜」 貫井徳郎

<猟奇的>というのは、本来、<奇怪・異常なものを強く求める様子>を指す言葉です。現代では、もともとの意味から少し離れ、<残酷な><グロテスクな>という意味で使われることが多いですね。特に、遺体が激しく損壊されていたり連続殺人だったりする事件を<猟奇殺人>と表現するケースが多いと思います。

現実では絶対に起きてほしくない猟奇殺人ですが、フィクションなら話は別。とにかくインパクトが強いこともあり、作中で猟奇殺人が登場する創作物は枚挙に暇がありません。ここで重要となるのは、<犯人はなぜ猟奇殺人を犯したのか>という動機付け。遺体に手を加えたり、犠牲者を多く出したりすれば、それだけ証拠を残すリスクが高まるわけですから、「なるほど!こんな理由があったから、犯人は逮捕の可能性を承知で猟奇殺人犯になったのね」という理由が必要なわけです。単に犯人が異常者だったから、という作品も一定数ありますが、やはり猟奇殺人の理由が明確にある作品の方が、謎解きの楽しさが味わえます。この作品の猟奇殺人の動機は、かなり強烈でした。貫井徳郎さん『妖奇切断譜』です。

 

こんな人におすすめ

猟奇殺人事件を扱った小説が読みたい人

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「鬼流殺生祭」 貫井徳郎

現実に起きた出来事とフィクションとをいかに上手く絡めるか。それは、面白い物語を作る上で重要な要素です。イエス・キリストがキリスト教の始祖であること、徳川家康が江戸幕府を開いたこと、ドイツにアドルフ・ヒトラーという独裁者が存在したこと。すべて歴史的事実であり、なかったことにすることはできません。

ただし、あくまで創作上でのことなら、この事実を改変することができます。やり方は色々ありますが、その一つは、物語をパラレルワールドでの出来事にしてしまうこと。現実から分岐したパラレルワールドでなら、三国時代に劉備ではなく曹操が勝利していたり、織田信長が本能寺で死ななかったりした世界を見ることができるわけです。物語を作る上での制約も減るため、登場人物達はより自由に動き回ることが可能です。先日読んだのは、そんなパラレルワールドで繰り広げられる本格ミステリーでした。貫井徳郎さん『鬼流殺生祭』です。

 

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旧家の因縁が絡んだ本格ミステリーが読みたい人

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「悪の芽」 貫井徳郎

学生だった頃を振り返ってみると、一番ぎすぎすして精神的にきつかったのが中学時代。ただ、一番後悔が多いのは小学校時代です。何しろ小学生と言えば、まだ幼児に毛が生えたようなもの(言い過ぎ?)。後になってみれば、よくあんなこと言えたよな、なんであんなことしちゃったんだろう・・・と頭を抱えてしまうようなこともありました。

小学生時代が出てくる小説としては、過去にブログでも取り上げた加納朋子さんの『ぐるぐる猿と歌う鳥』や降田天さんの『女王はかえらない』があります。他には湊かなえさんの『贖罪』、湯本香樹実さんの『夏の庭-The Friends』、朱川湊人さんの『オルゴォル』etcetc。イヤミスもあれば成長物語もありますが、どれも小学生特有の未熟さ、幼さが描かれていました。この作品でも、あまりに幼稚な小学生時代の罪が丁寧に描写されていましたよ。貫井徳郎さん『悪の芽』です。

 

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子ども時代の罪と後悔をテーマにしたミステリーが読みたい人

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「プリズム」 貫井徳郎

<ノックスの十戒>というものをご存知でしょうか。イギリスの作家・ノックスが考案した、推理小説を書く上での十個のルールです。半ばジョークとして作られたものらしく、十戒を破った推理小説もたくさん存在しますが、けっこう面白いのでチェックしてみる価値ありますよ。

<探偵は超能力を使って推理してはならない><未知のテクノロジーを犯行に用いてはならない>等々、ほほうと頷かされる文言が並ぶ十戒の中、トップを飾るのは<犯人は物語の中に登場していなければならない>というルールです。上記の通り、十戒を破った推理小説は数多くあれど、これを破った作品は少ないのではないでしょうか(皆無じゃないですが)。ただ、<間違いなく犯人は作中にいるんだけど、結局判明しないままだった>という作品は一定数あります。そんな作品が面白いはずないって?でしたら、これを読んでみたら考えが変わるかもしれません。貫井徳郎さん『プリズム』です。

 

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<藪の中>状態の推理小説が読みたい人

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「崩れる 結婚にまつわる八つの風景」 貫井徳郎

結婚については、世界各国の偉人達が様々な名言を残しています。「人類は太古の昔から、帰りが遅いと心配してくれる人を必要としている」と言ったのはマーガレット・ミード、「右の靴は左足には合わない。でも両方ないと一足とは言えない」と言ったのは山本有三、「あなたがもし孤独を恐れるならば、結婚すべきではない」と言ったのはチェーホフ、「恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる」と言ったのはリヒテンベルクです。温かいものもあれば皮肉の効いたものもありますが、そもそも結婚自体、良い面と悪い面の両方を持つものなのでしょう。

現実の結婚が幸福なものであってほしいのは言うまでもありませんが、フィクションの世界ならば、結婚にまつわるトラブルは物語を盛り上げるスパイスにもなり得ます。秋吉理香子さんの『サイレンス』、垣谷美雨さんの『結婚相手は抽選で』、辻村深月さんの『傲慢と善良』等々、主人公が結婚を意識したことで事件や騒動に巻き込まれる小説はたくさんありますね。今日ご紹介する小説を読んだら、結婚するのがなんだか怖くなってしまうかもしれません。貫井徳郎さん『崩れる 結婚にまつわる八つの風景』です。

 

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結婚をテーマにしたサスペンス短編集が読みたい人

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「罪と祈り」 貫井徳郎

作品名も内容も忘れてしまいましたが、ずいぶん昔に見た映画で、登場人物がこんな台詞を口にしていました。「身代金目当ての誘拐は、この世で一番成功率の低い犯罪だ」その理由は色々ありますが、一番は、金の受け渡しをしなくてはならないという性質上、絶対に加害者側と被害者(の関係者)側が接触するからでしょう。実際、戦後日本で起きた誘拐事件で、犯人が身代金奪取に成功した例は一つもありません。

現実に起きたら凶悪極まりない誘拐事件ですが、フィクションの世界限定なら、面白いテーマとなり得ます。荻原浩さんの『誘拐ラプソディー』や天藤真さんの『大誘拐』、東野圭吾さんの『ゲームの名は誘拐』など、誘拐事件を扱った小説は多いです。今回取り上げるのも、悲しい誘拐事件をテーマにした作品です。貫井徳郎さん『罪と祈り』です。

 

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誘拐事件が出てくるミステリー小説が読みたい人

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「ミハスの落日」 貫井徳郎

私が本を愛する理由は色々ありますが、その一つは<現実にはなかなか味わえない出来事を体験できる>というものです。医者になって病院内の陰謀劇に関わることも、拳銃ぶっ放しながらゾンビ軍団と戦うことも、宇宙飛行士として未知の惑星に降り立つことも、小説の中ならお茶の子さいさい。ここ最近は外国を舞台にした小説を読みまくり、旅行した気分を味わっています。

外国で物語が展開する小説はたくさんありますが、冒険小説寄りの作品が多い気がします。私はどちらかというとミステリーやヒューマンストーリー寄りな小説が好きなので、近藤史恵さんの『エデン』、深木章子さんの『螺旋の底』、村山由佳さんの『翼 cry for the moon』などが印象深かったですね。これらはすべて長編なので、今回はさくさく読める短編集を取り上げたいと思います。貫井徳郎さん『ミハスの落日』です。

 

こんな人におすすめ

異国情緒溢れるミステリーが読みたい人

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「慟哭」 貫井徳郎

小説の分野においては、「最後の一撃(フィニッシング・ストローク)」というものが存在します。文字通り、最後の最後で読者に衝撃を与える物語のことで、ミステリーやホラーのジャンルに多いですね。作品の最終ページが近づき、やれやれ・・・と思った瞬間に与えられる驚きや恐怖は、読者に強烈なインパクトを与えます。

この手の小説で有名なものはたくさんありますが、インターネットで検索すると、「最後の一撃にこだわった」と作者本人が公言する米澤穂信さんの『儚い羊たちの祝宴』が一番多くヒットするようです。その他、我孫子武丸さんの『殺戮にいたる病』や百田尚樹さんの『幸福な生活』、このブログでも紹介した荻原浩さんの『噂』など、どれも面白い作品でした。そういえば、この作品の最後の一行も強烈だったなぁ。貫井徳郎さんのデビュー作『慟哭』です。

 

こんな人におすすめ

・読後感の悪い本格推理小説が読みたい人

・新興宗教を扱った作品に興味がある人

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