小説の好き嫌いを判断する一番大事な要素は、当然<内容>だと思います。どんなに装丁やタイトルが秀逸でも、内容がつまらなければ何の意味もありません。それほど大事な内容と比べると、重要度という意味では劣るかもしれないけれど、ビビッと好みにマッチすると嬉しいもの、それが<イラスト>です。
私には、「この人がイラストを担当していたら、とりあえずあらすじをチェックする」というイラストレーターさんが何人かいます。その中の一人が北見隆さん。別にグロテスクでも何でもないにも関わらず、どこか不気味さを感じさせる画風が大好きなんですよ。思い込みかもしれませんが、この方が装画や装丁を担当している小説も私好みのものばかり。恩田陸さんの『麦の海に沈む果実』、岸田るり子さんの『密室の鎮魂歌』、西澤保彦さんの『夢は枯れ野をかけめぐる』等々、どれも面白かったです。今回取り上げるのは、今邑彩さんの『人影花』。ゾッとさせられる作風と、北見さんのイラストの雰囲気がぴったり合っていました。
こんな人におすすめ
皮肉の効いたホラーミステリー短編集が読みたい人
一件の間違い電話が導き出す戦慄の真実、正体不明の視線に怯える女性の謎、北の大地で辿り着いた婚約者の死の真相、椿の咲く庭で語られる妻の失踪、散々な日々を送る友人が語った相談事、老いた男が語る少年時代の残酷な企み、旅先で女性が打ち明けた復讐劇、不可解な留守番電話を聞いた男の末路、離婚を願い出た妻が抱える過去の傷・・・・・謎と恐怖は、日常のすぐ側にある。謎めいた九つのホラーミステリー
著者である今邑彩さんの没後、未発表だった作品を併せて刊行された短編集です。ホラーあり、ミステリーあり、ブラックユーモアあり、ヒューマンドラマありと、内容はとてもバラエティ豊か。最後にはどれもビックリが仕掛けられていて、最後の一行まで気が抜けません。
「私に似た人」・・・主人公が受けた一本の間違い電話。間違いだと何度言っても、相手の男は繰り返し電話をかけてきて、脅迫めいた台詞を口にする。主人公の恐怖が頂点に達した時、ふいに男は「今までの話は全部冗談だ」と語り・・・・・
段々と偏執的になっていく電話相手の男が超不気味!ところが、急に男の様子が変わり、主人公と和やかに会話して終了・・・で終わるはずもなく、そこから悲劇の存在が仄めかされ、さらに主人公側の真実が明らかになる展開が切れ味鋭く面白かったです。オチを知ってみると、タイトルの意味に納得しました。
「神の目」・・・私立探偵のもとを、一人の女性が訪れる。曰く、<神の目>なる人物から、ペット禁止のマンションでこっそり猫を飼っている事実を告発する手紙が届いたという。この<神の目>は過去、女性が不倫している事実を手紙で暴いていた。自分を監視しているのは一体どこの誰なのか。女性の依頼を受けた探偵は、早速調査に乗り出すが・・・
今邑さんの長編『大蛇伝説殺人事件』に登場する女探偵・大道寺綸子が出てきます。大道寺と、コンビで仕事に当たる男性探偵の会話がやたらコミカルで、何度も噴き出しそうになりました。謎自体は、たぶん、ミステリー慣れした読者ならすぐ真相に気付きそうですが、探偵キャラの面白さのせいもあって飽きさせません。『大蛇伝説~』も再読したいけど、図書館に蔵書がないんだよなぁ・・・
「疵」・・・婚約者に自殺され、絶望のどん底にいる主人公。三カ月後、彼女のもとに一通の手紙が届く。手紙には、婚約者は実は自殺ではなく殺されたということが書かれていた。手紙の、そして愛する男の死の謎を解くため、主人公は婚約者が死んだ札幌の地を訪れるが・・・・・
動きがあった第一話・第二話と比べ、静かながら強い悲しみと狂気を感じさせるエピソードでした。手紙の差出人が予想外の形で現れる場面は、主人公と一緒にビックリ。ちなみにタイトルの<疵>には、<間違い・あやまち>などの意味もあるとのこと。だからタイトルが<傷>ではなく<疵>なのかと、色々深読みしてしまいます。
「人影花」・・・椿の咲く家で、主人公は一人の男と向かい合う。男は主人公の幼馴染であり、妹の夫でもあった。彼は主人公に対し、妻が書置きを残して出奔したと打ち明ける。話をする内、主人公は、男が庭の井戸に近づくことを嫌がっていると察し・・・
表題作なだけあって、読者に与えるインパクトは収録作品中随一ではないでしょうか。キーアイテムである椿の花が、物語のミステリアスな雰囲気を盛り上げるのに一役買っています。椿って、真っ赤で花びらも大きく、華やかな反面、どことなく妖しさを感じさせる花ですものね。このエピソードの白眉はラスト一行。ここで息を飲んだ読者も多いと思います。
「ペシミスト」・・・ある日、主人公のもとを友人が訪れる。友人は不惑を過ぎて職を失ったばかりか、結婚生活も終わりを告げていた。主人公は友人の話に耳を傾けるのだが・・・
たった四ページのショートショートです。特に事件が起こるわけでも謎があるわけでもなく、ラストには思わず笑ってしまいました。謎と恐怖がメインを占める作品の中、こういうエピソードがあると、いい箸休めになりますね。
「もういいかい・・・」・・・ある雨の日、酒を飲みながら昔語りをする一人の老人。老人は子どもの頃、遊びの最中に転校生を置き去りにし、こっそり帰宅したことがあった。一人取り残された転校生は、雨に濡れたことが原因で死んでしまうのだが・・・・・
これまた短いエピソード。ホラーながら謎解き要素がある今邑作品にしては珍しく、読者の想像に任された部分が多いです。その分、純粋な怪談としてのゾクゾク感が高まっていました。最後、老人について語られる台詞がなんとも意味深・・・これはたぶん、そういうことなんだろうな。
「鳥の巣」・・・友人に誘われて保養施設を訪れた主人公。だが、到着してみると友人はおらず、代わりに和子という中年女性が現れる。仕方なく世間話に付き合う主人公に、和子はかつて鳥の巣を雛鳥ごと焼き捨てた話をする。それは、戦慄の復讐劇の幕開けだった。
王道をいくザ・ホラーというエピソードですね。<人間が一番怖いよね>というサイコホラーも怖いのですが、こういう人知を超えた存在の怖さはまた格別です。友達と休暇を過ごすため保養所を訪れる、という牧歌的な状況から、どんどん狂気の世界に突き進んでいく描写が巧妙でした。
「返してください」・・・ある日、主人公は留守番電話にメッセージが入っていることに気付く。女の声で「あれを返してください」と訴えるものだが、一体何のことか、さっぱり分からない。後日、その女の妹が現れ、主人公に事の真相を語るのだが・・・
超常的な恐怖を描いた前話から一転、人間の狂気の怖さをテーマにしています。留守番電話の謎が解け、ふう、やれやれと思った瞬間に明かされるもう一つの真実が鳥肌ものでした。『ルームメイト』の時も思いましたが、今邑さんは一見普通っぽく見えながら静かに狂っていく人間の描き方が秀逸ですね。こういう事件、現実にもあるかもと思わされちゃいます。
「いつまで」・・・娘の結婚式が無事終わり、安堵感と寂しさを噛み締める夫婦。そんな中、妻が夫に離婚を切り出した。妻はかつて、こっそりと産んだ子を育てきれず、餓死させてしまったことがあるという。その子は死後も妻から離れることがないそうで・・・
日本に古くから伝わる妖怪<以津真天(いつまで)>に、現代のネグレクト問題が上手く結びつけられていました。死体を放置された死者が怨霊化し、恨めしく「いつまでいつまで(死体を放っておくのか)」と鳴き続ける以津真天と、親に見捨てられて衰弱死した幼子。とても悲劇的な話のはずですが、夫の行動のせいか、不思議と後味は悪くありません。これを最終話に持ってきたのは英断だと思います。
改めて調べてみたところ、今邑さんは本名の<今井恵子>名義も含めると、未発表の短編がまだいくつもあるようですね。かなり古い作品もあり、編集は難しいかもしれませんが、いつか短編集として発表してほしいです。掲載誌を探してみるという手もあるけれど、一九八〇年代の文芸誌って、まだ図書館にあるかしら?
ゾクリとしたりしんみりしたりニンマリしたり・・・度★★★★★
どの話もオチでビックリ!度★★★★☆
今邑彩さんの未発表の短編集ですね。
最近読んでいなかったので大変に興味深いです。
どれも今邑さん独特のまさに皮肉のたっぷり効いたミステリーが楽しめそうです。
「神の目」と題名の「人影花」が特に面白そうです。
赤川次郎さんの「結婚案内ミステリー」も借りて来ました。
仰る通り、今邑さんの小説は、ホラーであってもどこか人間臭いシニカルさがありますよね。
表題作の「人影花」の印象が一番強いですが、静かな狂気を感じさせる「疵」もなかなかです。
図書館で本が借りられるなんて羨ましい・・・
こちらはずっと休館中で、そろそろ読書に対する禁断症状が出そうです(涙)