私は基本的にどんなジャンルの小説も抵抗なく読む人間ですが、改めて自分の読書歴を振り返ってみると、SF小説の読破率が低いことに気付きました。実際、このブログでも、SF小説の登場頻度は低いです。どうしてだろうと自分で考えた結果、「なんとなく感情移入しにくいから」ではないかなと推測・・・私の理解を遥かに超えたテクノロジーとかの話を持ち出されると、つい一歩引いてしまうみたいです。
逆に、私の頭でも設定や世界観が理解しやすいSF作品なら、楽しく読むことができます。筒井康隆さんの『時をかける少女』や重松清さんの『流星ワゴン』、東野圭吾さんの『パラレルワールド・ラブストーリー』などは、SFながら設定は現代に通じていて、共感できる部分が多かったですね。先日読んだSF作品もそうでした。宮部みゆきさんの『さよならの儀式』です。
こんな人におすすめ
ビターなSF短編小説集が読みたい人
虐待された子を守る法律から生まれた余波、町中に設置された防犯カメラに対する恐ろしい疑惑、タイムスリップしてきた過去の自分との邂逅の行方、孤独なロボット技師が見た一つの別れ、責任感溢れる少女が見た無差別殺傷事件の意外な真相、かつて罪を犯した青年が見た<もう一人の自分>、海の向こうからやって来たこの世ならざる者との絆、保安官が守る町の秘密・・・・・この中にきっと貴方がいる。切なくほろ苦いSF短編集
ここ最近は現代ミステリーや時代小説が多い宮部さんですが、『ドリームバスター・シリーズ』『蒲生邸事件』といったSF小説もたくさん書かれています。宮部さんのSF小説は、設定はSFでも肝となるのは人間の業だったり因縁だったりするので、私のようなSFに不慣れな人間でも読みやすいんですよ。それは本作も同様で、奇抜なシチュエーションでも違和感を感じることなく読むことができました。
「母の法律」・・・被虐待児とその親を守る<マザー法>。二葉はその法律によって実親の記憶を消され、善良な養父母と同じく養子の兄姉達と仲睦まじく暮らしてきた。だが、養母の病死により、平和な生活が変わり始め・・・・・
虐待された子の心身すべてを国家の管理下に置く代わり、虐待した親の責任は問わないという<マザー法>。いかにも人権団体が反発しそうですが、昨今の悲惨な虐待事件を見ていると、こういう強権的なやり方も必要なのかなとも思ったり・・・子どもが絡むからか、苦い後味の話が多い本作の中でも、このエピソードのラストのやり切れなさは際立っていました。この家族のその後が気になって仕方ありません。
「戦闘員」・・・妻に先立たれ、子どもは巣立ち、定年後の生活を一人静かに送る老人。ある日、彼は一人の少年が防犯カメラを攻撃する場面に出くわす。その時の少年の顔は、なぜか恐怖で引きつっていて・・・・・
こういう<老人と少年の交流譚>は宮部さんの十八番。老いてはいるものの胆力と知恵に秀でた年長者と、未熟ながら行動力ある男の子のやり取りにドキドキさせられます。ただ、起こる事態の恐怖度はかなり高く、ホラーと言っても通用しそうです。今やあらゆる場所に当然のように設置された防犯カメラが、もし人間に害なすものだったら。想像すると背筋が寒くなりました。
「わたしとワタシ」・・・会社員として穏やかに暮らす四十五歳の<わたし>の前に、ある時、中学時代の<ワタシ>がタイムスリップしてやって来た!<ワタシ>は、結婚も出産もしていない<わたし>の現状を知ってショックを受けるのだが・・・・・
収録作品中唯一、どことなくコミカルな雰囲気のエピソードです。独身のまま働く<わたし>の姿を見た<ワタシ>が、「ブスだからモテなかったの?」「死にたい」と嘆く場面はおかしいような、何となく気持ちも分かるような。このご時世、特に不満なく働いて暮らしていけるのは幸せなこと。でも、中学生じゃそれは理解できませんよね。ラストのエスペラント語には、色々と解釈の余地がありそうです。
「さよならの儀式」・・・ロボットが社会のあちこちで労働を担うようになった時代。技師として働く<俺>は、ある日、孤児院職員だという女性を応対する。曰く、院で働いていたロボットが老朽化したので、その記憶を新しいロボットに移行してほしいそうだが・・・
私は涙もろく色々な物に感情移入してしまうタイプの人間なので、ロボットに人間に対するのと同様の愛情を抱いた女性職員の気持ちが分かります。でも、最後まで読んでみると「ロボットに愛情など不要」と言う<俺>の心情も分かってしまうんですよね。彼だって、本当ならロボットを素直に愛せる人間になりたかったはず。そう思うと、終盤の叫びがあまりに痛々しかったです。
「星に願いを」・・・両親の離婚後、母と妹と暮らす高校生の秋乃。年の離れた妹・春美は、どうやら最近小学校でいじめを受けているらしい。心配した秋乃はしょっちゅう小学校まで迎えに行くが、春美が悩んでいるのは実はいじめなどではなく・・・・・
事件の発端は第二話と通ずる部分があるものの、ここで主人公を翻弄し苦しめるのは、怪異ではなく人間の心。常識を超えた大事件を通じ、周囲の、何より自分の本心と向き合う羽目になった主人公の恐怖は察するに余りあります。ただ彼女の場合、本質的には真面目ないい子だし、家族仲も良さそうなので、これから前向きに伸び伸びと生きていってほしいものです。あの高校教師は超感じ悪いので、ちょっとくらい痛い目に遭ってほしいですが・・・
「聖痕」・・・興信所を営むヒロインのもとに、寺嶋と名乗る男が訪れる。彼はかつて<少年A>として日本全土を震撼させた殺人犯・和己の父親だ。虐待の被害者だった和己は、自らを虐待した母親と内縁の夫を殺害した。その後、実父である寺嶋の支えもあって更生の道を歩き出した和己だが、自身がネット上で悪を裁く救世主扱いされていることを知ってしまい・・・
この話は短編集『チヨ子』で既読でした。前半、実母と内縁の夫から虐待された和己が、自衛のため凶行に及ぶ流れは硬派な社会派小説の雰囲気たっぷりで、初期の宮部ワールドを思い起こさせます。その後、ネット上で囁かれる<黒き救世主><鉄槌のユダ>といったキーワードが出てきた辺りから雰囲気が変わり始め、最後はSFというかホラーというか・・・この抽象的な物語を<現実にもありそう>と思わせる筆力はさすがです。悲惨な過去を経て成長した和己のキャラクターが好きだったので、彼が苦悩する様子は哀れでなりませんでした。
「海神の裔」・・・屍体の蘇生技術が確立され、労働力として産業を支えるようになった世界。明治の日本にも、海を渡って屍者がやって来た。青い目を持つトムという屍者は、静かな漁村に住み着き、やがて村人達のためにとある行動に出る。
伊藤計劃さん・円城塔さんのSF小説『死者の帝国』と同じ世界観の作品です。<死人を蘇らせる>というとやたらおどろおどろしいイメージがありますが、この世界でそれは文明の発展のための必要手段。作中に出てくる屍者のトムさんも、ひたすら真面目な好人物で、世話になっている漁村のため精一杯行動します。<当時を知る老人の昔語り>という体裁のため、方言混じりで語られる物語はさながらおとぎ話のよう。たぶんこのエピソードの後味が、収録作品の中で一番爽やかなのではないでしょうか。
「保安官の明日」・・・田舎町<ザ・タウン>に保安官助手がやって来た。ベテラン保安官は、新米の助手を連れて今日も町のために奔走する。トラブル続きの給水塔、片思いの相手の結婚をぶち壊そうと目論むトラブルメーカー、若い女性が犠牲となった拉致事件。一つ一つに対処する保安官には、実は別の顔があって・・・・・
設定の巧さに唸らされました。作中に意味不明な単語がちらほらあるなと思ったら、まさかこういうことだったとは。<あの時、~していたらこんな結果にはらなかったかも><〇〇という道を選んでいたら成功していたかも>。そんな誰しも一度は考える<もしも>を現実のものにしたら、こんな世界ができあがるのでしょうか。それを不毛と言うのは簡単だけど、この気持ち、分からないでもないなぁ。
特に<母の法律><戦闘員><保安官の明日>は世界観がものすごく緻密に作り込まれていて、短編で終わらせるのがもったいないと思うほどでした。虐待や少年犯罪、ネット世界の闇など、現実社会への問題提起とも取れる描写も多く、読了後にはきっと胸に何かが残ることでしょう。その分、やるせない結末の話がほとんどなので、そこだけご注意ください。
これはいつか私達の身にも起こり得るかも・・・度★★★★☆
どの話もその後が気になりすぎる!!★★★★★
まさしくビターなSF小説でどれも面白かったですね。
東野圭吾さんの現実的なSFとは違って現実離れしているところが宮部みゆきさんの特徴だと感じました。
ただ題名にもある「さよならの儀式」はロボットに労働も家事も頼るようになっても人間味、情は残る~という場面は予想出来る未来だと思いました。
「わたしとワタシ」「保安官の明日」など複雑な設定に深い背景~どれも読み応えのある短編集でした。
仰る通り、東野さんのSFは現実と地続きな感じがするのですが、宮部さんのSFは世界観が個性的で、背景を含めて色々考えさせられました。
大掛かりな「保安官の明日」も好きでしたが、「母の法律」のやるせなさも印象に残っています。
子供たちに何一つ非がない分、ラストが哀れで仕方ありません。