はいくる

「こうして誰もいなくなった」 有栖川有栖

一口でミステリーと言ってもそこには様々なジャンルがあり、人それぞれ好みが分かれます。刑事が地道な捜査で真相を暴くモダンなものが好きな人がいれば、時刻表トリックが駆使されたトラベルミステリーが好みだという人、殺人鬼が暴れ回るホラー寄りの作品に目がないという人もいるでしょう。私はといえば基本的にどんなジャンルも好きなのですが、一番心惹かれるのは吹雪の山荘や絶海の孤島を舞台にしたクローズド・サークル作品です。

この手のジャンルで最も有名なのは、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』ではないでしょうか。陸地から遠く離れた孤島、どことなく不気味な童謡、その歌詞通りに殺されていく招待客たち・・・この設定を見ただけでワクワクしてきます。超有名小説なので影響を受けた作品もたくさんあるのですが、今回はその中の一つを取り上げたいと思います。有栖川有栖さん『こうして誰もいなくなった』です。

 

こんな人におすすめ

ホラー、ミステリー、ファンタジーなど、バラエティ豊かな短編集が読みたい人

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山道で迷った男女が迷い込んだ謎の館、ウサギを見かけたアリスの不可思議な冒険、助手に告白した名探偵の恋の顛末、一人の男が長年見続ける夢の真相、ネットで心中相手と出会った自殺志願者の運命、書店員が遭遇する些細な謎、孤島に集まった男女を襲う血の惨劇・・・・・時に謎めき、時に恐ろしく、時に不思議。有栖川有栖の作家デビュー三十周年を飾る珠玉の短編小説集

 

有栖川有栖さんは『火村英生シリーズ』『江神二郎シリーズ』の二本柱が有名ですが、実はノンシリーズの短編小説もけっこう書かれています。長編ほどの重厚感はないものの、ピリッとキレのある展開やラストを迎える作品が多く、いつも楽しく読ませてもらっています。本作の収録作品は十四作品。ミステリーに限らずホラーあり日常ものあり幻想小説ありと、一冊で二度も三度も美味しい内容です。三ページに満たない超短編など、あらすじを紹介にしにくい作品もあるので、印象的だったものをいくつかご紹介します。

 

「館の一夜」・・・若き日の出来事を回想する男。かつて、男は研究仲間である女とフィールドワークに出かけた際、山道で迷ったことがあった。日は暮れ、町に戻ることもできず、途方に暮れる二人の前に一軒の館が見えてきて・・・・・

ショートショートと言っていいボリュームながら綺麗にオチがついていて、とても好みです。ポイントは、これが<年老いた男の回想>である点。確かにこれ、現代なら絶対に成立しない話だよなぁ。夜の山道や無人の館の描写も雰囲気たっぷりで、小心者の私は登場人物に感情移入してハラハラし通しでした。

 

「劇的な幕切れ」・・・先の見えない人生を倦み、ネットで募った仲間と自殺しようとする主人公。現れた心中相手が綺麗な女性だったこともあり、死ぬ決意を一層固める。決行のため、山奥へ向かう二人だが・・・・・

アンソロジー『毒殺協奏曲』収録作品です。相手が美人だったことに気を良くしたり、改めて見ると容色のアラに気付いてガッカリしたりする主人公がやたらリアル。こういう身勝手さは、誰しも多かれ少なかれ持ち合わせているんでしょう。ある意味で平凡だった男の末路が哀れです。終盤の緊迫感たっぷりの描写は一読の価値ありますよ。

 

「未来人F」・・・怪人二十面相を捕まえた後、アメリカから捜査協力を求められ渡米した明智小五郎。留守を預かる小林少年は、<未来人F>を名乗る怪人の犯行予告を耳にする。おまけに逮捕された二十面相も脱獄してしまい・・・

江戸川乱歩へのオマージュである『みんなの少年探偵団2』収録作品。怪人二十面相・明智小五郎・小林少年という布陣からオーソドックスな謎解き冒険譚かと思いきや、ラストの意外な展開にびっくりです。そりゃ確かに二十面相も愚痴の一つもこぼしたくなるわな。普段の有栖川さんと違い、どことなくレトロな文章がいい感じでした。

 

「盗まれた恋文」・・・自身を破滅させかねない恋文を取り返してきてくれという依頼を受けた名探偵。知略を駆使し、見事に恋文奪還に成功する。だがこの名探偵、非常に困った性質の持ち主で・・・

これまたショートショートながらオチがビシッと決まっていました。この手の作品にしては珍しく、探偵がろくでなしという設定がとてもユニーク。まあ、当たり前の話ですが、すべての名探偵が世俗を超越した好人物とは限りませんものね。探偵を待ち受ける意外な落とし穴がインパクト大です。

 

「本と謎の日々」・・・書店でアルバイトする女子大生は、店内でいくつもの謎を目にする。傷んだ本をなぜか喜ぶ常連客、本を返品した客が発した謎の言葉、突如消えたPOPの行方。厳つい店長・浅井は、それらの謎をいつも鮮やかに解明し・・・

『本屋さんのアンソロジー』収録作品です。本屋ならではの謎と、書店員の見えざる努力がうまく絡み合っていました。探偵役である浅井のキャラクターも面白いし、そのうちシリーズ化されるかもしれませんね。自分勝手な客たちにイラッとさせられる箇所もありますが、主人公の女子大生のひたむきさに癒されます。

 

「こうして誰もいなくなった」・・・絶海の孤島<海賊島>に集まった十人の男女。姿を見せぬ招待主<デンスケ>を待つ一同の耳に、各々の罪を断罪するメッセージが聞こえてくる。やがて客たちは一人一人殺害されていき・・・・・

お待たせしました。表題作であり、『そして誰もいなくなった』のオマージュです。基本的にオリジナルと同じ展開を見せますが、注目すべきは本家ではなかった<名探偵による謎解きシーン>がある所でしょう。やっぱり、これがあってこそのミステリーですね。謎の構成もしっかりしていて、中編程度のボリュームながらあっという間に読めてしまいます。

 

本編は言うまでもありませんが、本作はそれと同じくらいあとがきも面白かったです。なぜこの作品が書かれたのか、なぜこういう展開を迎えたのかが分かるので、普段はあとがきを読み飛ばす方もぜひ読んでみてください。というか、読まずに図書館に返却したりしたら、絶対後悔すると思いますよ。

 

有栖川さん、引き出し多いね度★★★★☆

あとがきだけじゃなく前書きも読んで!度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    有栖川有栖さんは読みたいと思いながらも、なかなか読みだせずにいます。
    アガサクリスティーの原作をモチーフにして、小林少年まで登場するとは大変に興味深いです。
    短編集で様々な要素があり有栖川さんに1冊目として読みたいですね。
    クローズドサークルミステリーとトラベルミステリーが好きですが、池井戸潤さんのような金融ミステリーか東野圭吾さんの科学ミステリーも好きですね。

    1. ライオンまる より:

      バラエティ豊かな短編集なので、初読みにはいいかもしれませんね。
      色々なミステリー小説へのオマージュがあり、読書好きならニンマリしてしまうかも♪
      最近になって東野圭吾さんの科学ミステリーが無性に読み直したくなり、せっせと借りています。

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