昔、友達と「もし大金持ちだったら言ってみたい台詞」を考える遊びをしたことがあります。私が考えたのは、(1)「端から端まで全部頂くわ」(2)「映画監督のAさん?いい方よ。レマン湖畔の乗馬倶楽部でよくご一緒するの」(3)「〇〇って最近流行っているみたいね。うちの外商さんに取り寄せてもらおうかしら」でした。三つのうち、(1)は店を選べば(駄菓子屋とか)実現可能、(2)は今生では恐らく無理なので来世に期待、(3)はかなり難しいけど(2)に比べればまだ可能性あるかも・・・というところでしょうか。友達の間では、この外商ネタが一番共感してもらえました。
先日読んだ小説によると、そもそも外商とは呉服屋の御用聞き制度が元になっており、顧客の生活すべてをサポート、必要とあらば悩み相談にも応じるコンパニオン的存在だったんだとか。確かに百貨店ならば衣食住すべてに関わる商品を扱っていますし、その商品を顧客のため用意する外商は、「暮らしのトータルコーディネーター」と呼べるのかもしれません。もしも、対価と引き換えにあらゆる相談事に応じてくれる外商がいれば、生活がどれほど楽になるでしょうか。真梨幸子さんの『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで』には、そんな凄腕外商が登場するんです。
万両百貨店の天才外商・大塚佐恵子。顧客の望みとあらば人殺し以外何でも叶えてくれると評判の彼女のもとには、今日も様々な注文が寄せられる。パトロンが欲しい、社会経験を積みたい、ペットを飼いたい、幸せが欲しい、復讐したい・・・・・大塚佐恵子の仕事に終わりはない。なぜなら、人間の欲望には限りがないのだから。百貨店外商部を軸に繰り広げられる、底なしの愛憎劇。
真梨幸子さんの名前を聞いて真っ先に思い浮かぶのは、これ以上ないほどドロドロしたイヤミス長編ではないでしょうか。本作にももちろんイヤミス要素はありますが、連作短編集ということもあってかさくさく読むことができます。『殺人鬼フジコの衝動』のような重苦しい長編小説が苦手という人でも、気軽に手を出せると思いますよ。
「第一話 タニマチ」・・・ひょんなことから劇団女優・海野もくずのファンクラブに入る羽目になった歌穂。七名という少人数で女優の支援を行うため、メンバーはいつも四苦八苦している。やはり金持ちのパトロンが必要という話になるのだが・・・・・
第一話ということもあり、凄腕外商の腕の確かさがビシッと描かれたエピソードです。なるほど、こんな風に話を進められたら引っかかっちゃうよなぁとしみじみ納得。あと、最後で明らかになるファンクラブメンバーたちの素性にもビックリしました。彼女たちがこんなに応援してくれるなら、海野もくずも安泰でしょう。
「第二話 トイチ」・・・親からニートだと叱咤され、百貨店の洋菓子売場で働くことになった由佳子。右も左も分からない上に人間関係はややこしく、初日から冷や汗をかきっぱなし。そんな中、売り場にある噂が流れ始め・・・
社員・アルバイト・派遣社員が入り乱れる百貨店、さぞや人間関係が難しいことでしょう。そんな中に放り込まれ、胃痛に悩まされる由佳子の心情がリアルでした。「噂」を巡ってスタッフ達の関係が変化していく様子も、いかにもありそうな感じです。
「第三話 インゴ」・・・自らを堕天使・ラグエルだと信じる女子中学生の恭子と、生活のためパートに追われる母親の秀子。すれ違いっぱなしだった母娘は、秀子が百貨店の物産展で働き始めたことから意外な形で関わり合うことになり・・・
中二病真っ盛りの恭子のモノローグが痛々しいようなおかしいような・・・でも、色々なことが上手くいかず、妄想に救いを求めたいという気持ちは分からないでもありません。また、このエピソードでは第二章で出てきた由佳子の思わぬ正体が明らかになります。そ、そういう人だったんだ・・・
「第四話 イッピン」・・・淑子は万両百貨店で働く外商部員。売上ナンバー1の大塚佐恵子を追い抜くため、営業成績を上げようと必死だ。ある時、顧客である女優からストーカーの相談を受けるのだが・・・・・
芸能人を苦しめるストーカー問題は、現実でも様々な事件になっている分、フィクションとは思えないほど臨場感がありました。怯え、恐慌状態になっていく女優の描写や、ラストのミステリー的展開はさすが真梨さんという感じです。『カウントダウン』に出てきた梅屋百貨店外商・薬王寺涼子がちらっと出てくるところも嬉しいですね。
「第五話 ゾンビ」・・・百貨店外商からペットショップに転職した淑子。仕事の一環で、資産家・笠原亜沙美のもとを訪れる。実は淑子は十五年前に亜沙美から一つの依頼をされており・・・・・
前半はお仕事小説としての側面が強い本作ですが、このエピソード辺りから段々とミステリーの雰囲気が色濃くなってきます。冒頭の男女の会話がラストで繰り返される構成は相変わらず巧いよなぁと唸らせられました。あと、作中で名前だけ登場する御年九十歳の伝説の外商・姉小路寿美代がやたら意味ありげで印象的です。いつか出てくるのかな?
「第六話 ニンビー」・・・外商・根津は顧客の内田から依頼を受ける。それは、内田の愛人が住むマンションで娘が一人暮らしを始めようとするのを阻止してほしいというものだった。根津は、かつてその地域で無理心中事件が起こった事を利用しようとするが・・・
第一話から比較的ライトに進んできた雰囲気が一変、真梨さんの本領発揮とも言うべきドロドロのイヤミスです。前半に登場する一家の無理心中事件、終盤で明かされる真相、ある人物が抱くどす黒い思惑・・・やっぱり、こういう狂気すら感じる愛憎劇を書いてこその真梨さんですね。大人の身勝手に振り回された子どもが哀れです。
「第七話 マネキン」・・・突如行方をくらませた百貨店洋菓子売場の看板店員。ホテルのラウンジで待ち合わせをする女。顧客から壮絶な依頼をされた大塚佐恵子。ばらばらに見えた三つの世界が、やがて交錯していき・・・・・
第六話に続き、ますます不穏な空気が増してきた第七話。美人店員に嫉妬する同僚や、待ち合わせ相手にたかる気満々の女など、真梨さんお得意のイヤ~な登場人物たちが物語の粘着質な雰囲気を盛り上げてくれています。この話は単独で成立しておらず、最終話に続いているんですが・・・・・
「最終話 コドク」・・・失踪した女店員がもたらす波紋。彼女と待ち合わせをしていた女は、その行方を思案する。その頃、大塚佐恵子は顧客の人生を賭けた依頼をこなそうとしていた。
最終話にして、いつもの真梨ワールドが完全に戻ってきました。状況を想像したらあまりにグロテスクですが、やっぱり真梨さんならこれくらいなくっちゃね。ここで初めて垣間見える大塚佐恵子の心境がなかなか面白いです。そして、作中に出てくる「外商はコドクだ」という台詞・・・あー、そういう意味だったのか。
前半の軽妙なムードから一転、ラスト二話で真梨幸子節が炸裂し、「やっぱり真梨さんは作風変更してないよね」と安心させられました。タイトル通り、こんな風に墓場まで来てくれそうな外商さんが私にもいればさぞ心強い・・・・・いや、やっぱりちょっと怖いかな、うん(汗)大人しく本で楽しむだけにしておきます。
殺人以外、どんな要求にもお応えします度★★★★★
一度安心させておいてクライマックスでは・・・度★★★★☆
こんな人におすすめ
外商をテーマにしたブラックユーモア小説が読みたい人
カウントダウンにも気が利く外商の女性が登場していたのを思い出します。
ホテルでいう「コンシェルジュ」のようなイメージです。
真梨さんの強烈なイヤミスは少ないように思えましたが、どんどんと本性というか真髄が出てきそうです。
「カウントダウン」の外商女性もちらっと顔見せしますよ。
最初はコミカルなお仕事小説と見せかけて、どんどんイヤミス色が強くなっていきます。
もはやイヤな部分のない真梨作品なんて想像できません(笑)