はいくる

「名探偵は密航中」 若竹七海

飛行機、新幹線、電車、自家用車・・・どれも旅行で利用したことのある私ですが、船旅は未だ経験したことがありません。乗ったことがあるものといえば、乗船時間十分程度のフェリーくらい。船酔いしやすい体質ということもあり、数時間の移動はもちろん、数週間、数カ月をかける長期クルーズなど夢のまた夢です。

一度出向したら最後、四方を大海原に囲まれ、ちょっとやそっとのことでは逃げ出すことのできない船の旅。そんな特殊な状況下なわけですから、船の上ではきっと様々なドラマが繰り広げられることでしょう。ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』などは世界各国で読まれていますし、北杜生さんの『どくとるマンボウ航海記』、福井春敏さんの『亡国のイージス』なども有名ですね。この船の上でも、驚くべき人間模様が展開されます。若竹七海さん『名探偵は密航中』です。

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昭和五年、会社経営者である兄の命令で、豪華客船<箱根丸>での旅行記を書くことになった鈴木龍三郎。彼は倫敦へ向かう船の上で様々な事件に遭遇する。事件を追って船に飛び乗った新聞記者、決められた結婚から逃げ出そうとするお嬢様、猫にのみ見える殺人被害者の幽霊、男を狭間に仲違いする女性客たち、退屈紛れに乗客たちが始めた怪談大会の行方、悪戯小僧が巻き起こした騒動の結末・・・・・様々なトラブルを乗り越えて、船は無事に目的地に到着することができるのか。

 

若竹七海さんといえば私的イヤミス女王ランキングNO.1であり、人間の悪意の描写に定評のある作家さんです。本作は、そんな彼女の作品にしてはユーモラスな雰囲気が強く、救いのある展開が多いです(一部、若竹節全開のイヤミスもありますが)。オムニバス・ミステリーということもあって一話一話が短いため、若竹さんの著作の中でも非常に読みやすい作品と言えますね。

 

「殺人者出帆」・・・悪評だらけの男がローラースケート場で殺された。状況から、どうやらこの殺人事件の犯人は箱根丸に乗っているらしい。特ダネを掴むため、新聞記者は箱根丸に乗り込むのだが・・・・・

第一話の時点でいきなり殺人が起こるというインパクト抜群の展開です。この一話の設定だけで十分長編小説が出来上がりそうなところ、あえて短編にしているところがニクいですね。ちなみに死体発見現場となったローラースケート場は、大正時代から昭和初期にかけて全国で次々開設されていたとのこと。こういう記述からも時代の風俗が分かります。

 

「お嬢様乗船」・・・使用人と共に倫敦で待つ婚約者のもとへ向かう令嬢・初子。だが、勝気な初子はこの結婚が気に入らず、何度も逃亡を企てる。そのたびにメイドのナツによって阻止されるのだが・・・・・

自立心旺盛なじゃじゃ馬お嬢様・初子のキャラクターが魅力的です。こういうキャラが出てきた時点で<単純明快な冒険譚>になりそうな予感がしますが、そうは問屋が卸さない。終盤、とある二人の人物の会話、さらにその内の一人の述懐の重苦しいこと・・・ラスト一行が胸にずっしりと響きました。

 

「猫は航海中」・・・シンガポールに停泊中、カジノで大儲けした乗客が船室で殺された。結果、空室となったその部屋を、酔狂な夫婦の飼い猫が使用することになる。猫には殺された男の幽霊が見えていて・・・・・

猫と幽霊が中心という、SF・オカルト風の一作。とはいえ不思議と現実離れした感はなく、ミステリーとしての構成もしっかりしています。探偵役をこなす猫もいいですが、個人的には猫の飼い主であるカーマイケル卿夫人が好きでした。心身共にタフで気骨があるお年寄りって素敵ですよね。

 

「名探偵は密航中」・・・箱根丸に乗船している二人の令嬢、初子と裕子。それぞれが持たない物を持つ二人は、互いに羨ましがっている。そんな二人は、途中乗船してきた男性たちの影響で険悪になるのだが・・・

金持ちで美しい初子と、血筋もセンスも良い裕子。互いに互いのコンプレックスを刺激し合う女性たちの心理描写が臨場感たっぷりでした。それでも本来なら何事もなく終わるはずだったものを、男が絡んできたことで状況悪化する・・・という辺りもリアルですね。これは全編通して言えることですが、最後の一言が小粋です。

 

「幽霊船出現」・・・代わり映えのしない航海の途中、乗客ら数名が始めた退屈しのぎの怪談大会。それぞれが語る怖い話に、同席した研究者は合理的な解釈を行う。そしてついに、最後の話が始まった。

ホラー好きの心をくすぐる作品でした。やっぱり生きている人間が怖い・・・と思わせつつ、いやいや怪奇現象も怖いよなと思わせるストーリー展開が秀逸です。参加者たちが披露する怪談話の数々も、短いながらなかなか面白いものばかり。収録作品の中では、このエピソードが一番好きです。

 

「船上の悪女」・・・船内でひどい悪戯を繰り返し、乗客たちから顰蹙を買っていた少年が昏睡状態に陥った。どうやら悪戯でうっかり睡眠薬を飲んだ挙げ句、階段から落ちたらしい。ところが、看護士が何気なく見た少年の日記には、思いがけない記述があって・・・

少年の行う悪戯の数々は本当に迷惑なものばかりで、読んでいて「なぜ親は怒らない!?」と憤りを感じました。ですが、日記により真相が分かると、彼の行動には意味があったと知ってビックリ・・・この子の今後はどうなるかは分かりませんが、持ち前のタフさで乗り越えていってほしいと、願わずにはいられません。

 

「別れの汽笛」・・・倫敦への到着を目前に控え、乗客が仮装パーティーを企画する。それぞれが思い思いの仮装をし、しんみりした別れの気分を忘れようとする中、突如停電が発生。復旧後、パーティー会場には謎の文字が書かれていて・・・

あれこれありながらも目的地への到着が近づくと寂しい気分になる・・・そんな集団での長旅独特の雰囲気がよく表れていました。話自体の完成度も高く、すっきりまとまっていたと思います。何より印象的なのは、最後の最後である人物が言った言葉。悪意に満ちたイヤミスが得意な若竹さん、こんな素敵な台詞も書けるんだ!

 

話が変わるごとに探偵役も変わるため、まったく飽きることがありませんでした。昭和初期という独特の雰囲気や、船旅の描き方が丁寧なところも魅力ですね。なお、若竹さんは『海神の晩餐』でも同時代の船旅を書いています。こちらは歴史的な要素も詰まった長編ミステリーで、本作とは趣が異なるため、読み比べてみるのも面白いかもしれませんよ。

 

船の上には事件がいっぱい度★★★★☆

人生という船旅はまだまだ続く度★★★★★

 

こんな人におすすめ

・船旅をテーマにした小説が読みたい人

・軽い雰囲気のコージーミステリーが好きな人

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コメント

  1. しんくん より:

    船旅は憧れていましたが、小豆島や桜島行く船の中でも退屈でした。
    グレートバリアリーフに行く船は2時間近く豪華な船の中で綺麗な風景で退屈しませんでしたが酷い揺れで船酔いしました。
    若竹七海さん~よく名前を聞く作家さんですがまだ未読です。
     昭和初期~明智探偵、怪盗二十面相の時代のミステリーにイヤミスとはかなり興味深いです。読みやすそうな短編から始めたいですね。

    1. ライオンまる より:

      船旅は楽しそうですが、酔うと相当キツいですよね。
      若竹さんは人間の悪意の描写がとても上手な作家さんです。
      ちょっと独特の文章なので好き嫌いは分かれるでしょうが、長編・短編ともに色々な作品がありますので、機会があればぜひ!

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