どんなジャンルもそうであるように、ミステリー作品はしばしば批判の対象となることがあります。ネタが古い、キャラクターが凡庸、内容がごっちゃになっていて分かりにくい・・・物語に唯一絶対の正解はない以上、ある程度は避けられないことなのかもしれません。
ミステリーでよくある批判内容として、<謎解きがフェアじゃない>というものがあります。読者に対して正しく情報が提示されておらず、「これで真相を見破るの無理だろ!」という場合に出てくる言葉ですね。ミステリーはホラーと違い、基本的に謎解きを楽しむものですから、それが無理となると批判したくなるのも当然。逆に言えば、ここをクリアしていれば、ミステリーとしての評価はグンと上がる傾向にある気がします。その点、今回取り上げる作品はとても満足度が高かったですよ。歌野晶午さんの『そして名探偵は生まれた』です。
こんな人におすすめ
意外性たっぷりのミステリー短編集が読みたい人
ひねくれ名探偵が吹雪の山荘で目にしたもの、孤島に閉じ込められた男女が味わう生き地獄、洋館で繰り広げられる推理ゲームの行方、一人の外国人の死から浮かび上がる人間模様・・・ミステリー界で異彩を放つ本格推理短編集
歌野晶午さんは、『葉桜の季節に君を想うということ』『密室ゲームシリーズ』等々、一癖も二癖もある個性的な作風が持ち味です。そのくせ、読者に向けてしっかりと謎解きの手掛かりを明示してくれているので、不公平だとは思いません。本作も例外ではなく、解説にもある通りとてもフェア。伏線を見逃さなければちゃんと真相が分かるように書かれているので、探偵役と一緒に謎解きを楽しむことができました。
「そして名探偵は生まれた」・・・数々の難事件を解決しながらも世間に理解されず、すっかりひねくれてしまった名探偵・影浦。ある時、影浦は助手の武邑と共に、知人の別荘を訪れる。雪で閉ざされた施設内で殺人事件が発生するも、影浦は断固としてただ働きを拒否し・・・
ミステリー部分自体もきちっとまとまっていますが、それ以上に名探偵・影浦のキャラクターと境遇が印象的でした。この影浦、はっきり言って嫌な奴です。ひがみっぽい上に金に汚く、実利がなければ事件に臨まない(フリではなく、本当に無視)という、探偵の風上にも置けない人物。ただ、彼の現状を思うと、なんとなく哀れにもなるんですよね。抜群の推理力を持ち、実績を積み、警察から信頼されてはいるものの、公的機関からもらえる報酬は雀の涙。かといって、著作や講演で関わった事件に触れようものなら、たちまちプライバシーの侵害や名誉棄損で告訴され、賠償金で生活はカツカツ。転職しようにも、探偵以外何の経験もない上、なまじ顔と名前が知れ渡っているため、今さら他の仕事にも就けない・・・ホームズやポワロの時代と違い、現代の名探偵って案外こんなものかもなと、切ない気持ちになりました。ラスト数行でタイトルが伏線だったと分かる展開、すごく好みです。
「生存者、一名」・・・新興宗教団体による、大規模な爆弾テロが発生する。指示役及び実行犯である男女六名は、海外逃亡の準備が整うまで、絶海の孤島で潜伏生活を送ることとなった。ところが、メンバーは一人、また一人と失踪ないし死亡していき、本土からの迎えも来ない。これは一体どういうことなのか。私たちはこのままこの島で死ぬしかないのか。飢えと不安に苛まれながら、残ったメンバーは必死に状況を打破しようとするが・・・
冒頭、島で死者五名、生存者一名が発見・保護されたことが新聞記事により明かされます。つまり、読者は一人しか生還できないことが分かっているわけで、誰が生き残り、誰が死ぬのかをハラハラしながら見守るわけですが・・・うーん、そう来たか!!ちょこっとだけ出てきた描写がラストに結び付く流れが、なんとも鮮やかでした。加えて、無人島に取り残された面々が徐々に壊れていく描写も、臨場感たっぷりです。彼らを追い詰めるのが、次々人が死んでいく恐怖より、食料が減っていく不安と飢えというところ、リアリティありますね。オチはいわゆるリドルストーリーですが、手掛かりはきちんと提示されているのでご安心を。
「館という名の楽園で」・・・とある大学の探偵小説研究会OB達が、卒業後二十数年の時を経て久しぶりに再会した。OBの一人・冬木が、長年の夢だった<館>を建てたからだ。訪れた地にあったのはミステリーの世界そのものの洋館で、執事とメイドが働き、謎めいた伝承まで伝わっている。そこで冬木は、この館にぴったりの推理ゲームをやろうと提案し・・・・・
この手の設定で推理ゲームが行われる場合、<ゲームと思わせて実際に連続殺人が起こり・・・>という展開になることが多いです。一方、この話の場合、推理ゲーム自体は本当にゲーム。被害者役の参加者も「死体ってしんどいぞ」と不満たらたらながら、ちゃんと生存しています。この話で何より楽しむべきは、主催者・冬木の(もっと言うなら、作者である歌野晶午さんの)館モノに対する情熱と愛情でしょう。舞台となる洋館・三星館の構造や、館に伝わる三兄弟と鎧武者の伝承、それをもとに起こる殺人事件、すべてが緻密に作り込まれていて、推理小説愛好家がさぞかしワクワクしながら考えたであろうことが伝わってきました。ふんだんにこめられた遊び心と、ラストのもの悲しさの対比が印象的です。
「夏の雪、冬のサンバ」・・・外国人労働者たちが住む安アパートで、殺人事件が発生。住民の一人である中国人が刺殺されたのだ。だが、住民の多くは、それぞれの事情で警察と関わりたくない。かといって、死体を放っておけば、いずれ自分たちが犯人扱いされてしまう。やむをえず、伝手のある探偵・八神に犯人を見つけてくれるよう依頼して・・・・・
文庫化に際し収録されたボーナストラック作品です。外国人労働者の名前や生活環境描写が乱れ飛ぶ展開から、一見そうとは気づきにくいですが、本格推理小説としての完成度はこの話が一番高いかもしれません。トリック自体はよく使われるネタなものの、活かし方と伏線の張り方が上手いんですよ。登場人物達の会話のテンポの良さといい、オチのコミカルさといい、どことなく落語のような満足感がありました。なお、ここで出てくる探偵・八神は、『安達ヶ原の鬼密室』にも登場します。お元気そうで何より!
短編集と書きましたが、一話のボリュームはそこそこ多く、中編と表現した方が正確かもしれません。収録された四作のうち、「生存者、一名」「館という名の楽園で」は、過去、祥伝社文庫から独立した小説として刊行されています。「あれ、これって読んだことある」と思う可能性があるので、心当たりがある方はご注意ください。
読了後に「そこかー!!」となる率高し!度★★★★★
どの話も長編になりそう度★★★★☆







