はいくる

「チェインドッグ」 櫛木理宇

「この世で最も憎むべきものが何か分かる?戦争と冤罪なの」これは、私が昔見ていたドラマの台詞です。当時は子どもだったので聞き流しましたが、成長するにつれ、この言葉の意味が少しずつ分かるようになりました。犯人以外の人間が無実の罪で裁かれる。冤罪は、決して許されるものではありません。

冤罪をテーマにした小説といえば、高野和明さんの『13階段』や大門剛明さんの『テミスの求刑』、ややテイストは違いますが伊坂幸太郎さんの『ゴールデンスランバー』などが有名です。これらの作品の中で犯罪者として告発された人物は、自分は潔白だと訴えていました。では、自らが犯罪者であることは認めた上で、告発された罪の一部が冤罪だと訴えた場合はどうでしょうか?ただでさえ難しい冤罪問題が、より複雑になることは想像に難くありません。今日紹介するのは、櫛木理宇さん『チェインドッグ』。タイトルの意味も含めて、考えさせられるところの多い作品でした。

 

こんな人におすすめ

サイコパスが出てくるミステリー小説が読みたい人

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満たされない生活を送る大学生・雅也のもとに、一通の手紙が届く。差出人は、多くの少年少女を殺害した容疑で逮捕されたシリアルキラー・榛村大和。榛村は幼い雅也がたびたび通ったパン屋の店主であり、何かと親切にしてくれた相手だった。九件の殺人で起訴された榛村は、雅也に対し、「九件目の殺人だけは僕の犯行じゃない。君にそれを証明してほしい」と依頼してくる。戸惑いながらも榛村の頼みを引き受け、事件について調べ始める雅也だが・・・・・二転三転の末に暴き出される、あまりに残酷な真実を描いたサイコミステリー。

 

読了後、頭のてっぺんからつま先まで、どっぷりと暗い気持ちに浸れること請け合いです。櫛木さんといえば『ホーンテッド・キャンパスシリーズ』や『僕とモナミと、春に会う』のように救いがある著作もたくさんある反面、『避雷針の夏』『FEED』といった地獄のような作品も色々書かれています。本作が属するのは間違いなく後者。シリアルキラーによる殺人事件や児童虐待等、残酷な場面も多いものの、読み応えという点では櫛木作品の中でもトップクラスに入るのではないでしょうか。

 

主人公・雅也は偏差値の低い大学に通う大学生。元々は優等生だったものの落ちこぼれ、憂鬱な日々を送っています。そんな雅也に対する、連続殺人鬼・榛村からの依頼。それは、自分にかけられた複数の殺人容疑の内、一件だけは冤罪だから証明してほしいというものでした。迷った末に依頼を引き受けた雅也は、張り合いを見つけたことで徐々に以前の活力を取り戻していきます。と同時に、サイコパスである榛村に段々と魅せられていくのです。

 

本作が普通の冤罪ミステリーと違う点は、自分は連続殺人鬼であると榛村自身が認めているという点。「死刑なのは仕方がない。ただ、やってもいない罪まで着せられたくはない」という榛村の主張は、身勝手なようであり、正当でもあります。雅也は榛村の気持ちももっともだと感じ、弁護士助手の肩書を名乗って関係者への聞き込みを開始します。その先に、恐ろしい運命が待っているとも知らず・・・・・

 

何が恐ろしいって、榛村のサイコパスっぷりが最高に恐ろしい!一件の殺人が冤罪かどうかはともかく、彼が複数の少年少女を拷問・殺害した犯人だという事実は変わりありません。にもかかわらず、その魅力的な容姿や立ち居振る舞いのせいで近隣住民の誰一人として榛村を疑わず、雅也もまた次第に彼の支配下に置かれていきます。実際、読者である私さえ、悲惨な生い立ちを持つ榛村の魅力に好意を持ってしまいそうになりました。榛村に洗脳され、「冤罪の証明」という目的を得た雅也が、段々とかつての輝きを取り戻していくという展開がなんとも皮肉です。

 

また、本作のもう一つのポイントは児童虐待です。榛村は複雑な家庭に生まれ育ち、動物を虐待するようになりました。この辺りの描写は嫌になるほど丁寧で丹念。誰かの生死を操り、支配し、傷つけずにはいられない。榛村にとって生きるとはそういうことなのだと、思わず納得しそうになりました。その執念の凄さに、肝心の冤罪事件の謎が吹っ飛んでしまうほど・・・といっても、もちろんその辺りの構成もしっかりしているため、ミステリーとしても楽しめると思います。

 

で、本作ですが、二〇一七年に『死刑にいたる病』と改題・文庫化されています。当たり前の話ながら内容に変化はなく、どちらを読んでも差し支えないんですが、個人的には単行本を推したいです。単行本『チェインドッグ』の表紙に描かれた少女のイラスト。一見、作品の内容には何の関係もなさそうなんですが、よーく見ると・・・・・初見で見落としていた部分に気付き、ゾッとしました。これって、もしや彼女の未来を暗示しているんでしょうか?

 

冤罪事件の真相は果たして・・・度★★★★☆

塀の中からでも逃がしはしない度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    初めて読んだ櫛木さんの作品でした。
    シリアルキラーの残酷でいて冷静な思考が伝わってきました。
    チェインドッグの本当の意味が分かった時さらにゾクッとしました。
    あまりにも衝撃的でそれ以降櫛木さんの作品は読んでいません。

    1. ライオンまる より:

      ダークさに定評のある櫛木作品の中でも、三本の指に入るくらい重苦しい内容だと思います。
      改題前の「チェインドッグ」の方が、作品の毒をよく表している気がしますね。
      櫛木さんの小説は手を出すのに覚悟が要るものの、不思議と読むのをやめられません。

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