はいくる

「黒いシャッフル」 松村比呂美

あいつさえいなければ・・・誰しも一度や二度、そんな思いを抱いたことがあると思います。とはいえ、実際に憎い相手を<消す=殺す>決断をする人間は少数派。理由は色々あると思いますが、その一つは「殺してやりたいが殺人犯として逮捕されるのは嫌」というものでしょう。そこでフィクション界の登場人物たち(もしかしたら現実の人間も)は、自分が逮捕されずに済むよう、様々なトリックを駆使するわけです。そのトリックの一つに<交換殺人>があります。

殺意を持った複数の人物が、互いの標的を交換して殺害する交換殺人。実行者自身は標的に殺意を持っていないため動機の線から辿られることはなく、殺意を持っている人物が犯行時に強固なアリバイを作っておけば、警察も逮捕することはできません。ミステリーとしては面白いテーマですが、扱っている作品は意外と少ない気がします。ダイイングメッセージや見立て殺人などと比べると視覚的なインパクトに欠ける上、<裏切られるリスクを抱えてまで、なぜ交換殺人を行うのか>という疑問をクリアするのが難しいからでしょうか。最近読んだ交換殺人ものの小説と言えば、松村比呂美さん『黒いシャッフル』。上記の疑問を上手くさばいていたと思います。

 

こんな人におすすめ

女性目線のイヤミスが読みたい人

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交換殺人でもする?---――病死した中学時代の恩師のお別れ会で再会した麻里、葵、すみれ。そこで彼女たちは、かつてのいじめられっ子・朋世が目を疑うほど美しくなっていたことに衝撃を受ける。輝くような美貌と経済力を手に入れた朋世とは対照的に、悩みの尽きない境遇を嘆き合う三人。冗談半分で口にした交換殺人の計画が、徐々に現実味を帯びて行く。迷走する三人の運命の行方は果たして・・・・・

 

因果応報。自業自得。本作を言い表す言葉としては、これが相応しいでしょう。それぞれ同情すべき点があるとはいえ、問題の解決策として殺人という方法を選び、おまけに自ら手を汚そうとすらしない彼女達には、安らぎとは程遠い運命が待ち受けています。こういう話は、真梨幸子さん辺りなら胸やけするほどドロドロねちゃねちゃ描いてくれそうですが、松村さんの文章はさらりと口どけ滑らか。テーマの割に、すいすい読み進めることができました。

 

中学時代仲良しグループだった麻里、葵、すみれの三人は、病死した恩師のお別れ会で久しぶりに顔を合わせます。華やかな美少女だった麻里は、ヒモ状態の年下夫にたかられる毎日。清楚な葵はストーカーと化した元夫に付きまとわれ、引っ込み思案なすみれは引きこもりの兄の暴力に悩まされています。三者三様の苦悩を抱える彼女達の前に現れたのは、別人のように美しく成長した元いじめられっ子・朋世。その輝きに圧倒され、自分達の生活の惨めさを痛感した三人は、愚痴をこぼし合う内、それぞれの憎い相手を代わりに殺す<交換殺人>を実行しないかと話します。他愛ない冗談だったはずですが、ある出来事を機に、彼女達の計画は動き出してしまうのです。

 

最初に<裏切られるリスクを抱えてまで、なぜ交換殺人を行うのか>と書きましたが、本作の答えはいたって簡単。それは、彼女達が平凡な女性だから。平凡だからこそ、自分の手を使って標的を殺すことができず、他人に殺してもらおうとする。平凡だからこそ、殺人計画の打ち合わせにLINEを使う。平凡だからこそ、裏切られた場合の代償の大きさを理解していない。そんな浅はかさ、計画性のなさが端々に滲み出ていて、呆れるを通り越して逆に感情移入してしまいました。実際、プロの殺し屋でもない限り、犯罪に走る一般人の心境ってこんなものなのかもしれません。

 

そして、彼女達が凡人だからこそ持つ嫌な面の描写がこれまた巧いんですよ。他人を妬んだり、依存したり、責任転嫁したり・・・満たされない環境にいる人間の嫌らしさがこれでもかこれでもかと出てきます。暴力癖のある元夫から娘や老親を守ろうとする葵はまだしも、かつて人気者だった栄光を忘れられず、葵やすみれを今なお子分扱いする麻里は共感度ゼロ!そんな彼女が、予想外の形で強烈なしっぺ返しを食らう展開は、救いがなさすぎてショッキングでした。ほんのちょっと立ち止まって周囲を見ていれば、程々でも幸せになれたかもしれないのにねぇ。

 

ここで大多数の読者が気にするのは、<変貌した朋世がどう物語に関わってくるのか>という点だと思います。いじめっ子たちへの復讐を目論む黒幕なのか、それとも過去を乗り越えて明るく生きる成功者なのか。この辺りの描き方はすごく新鮮で、なるほどなぁと唸らされました。やっぱり、良くも悪くも、やったことの報いは自分に返ってくるものなんですね。話の性質上、続編が書かれることはないでしょうが、三人のその後が気になって仕方なかったです。

 

元凶を消せば幸せになれる度★☆☆☆☆

まさに後悔先に立たず・・・度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    交換殺人をテーマいしたミステリーは2時間ドラマや刑事ドラマでよく観ました。
    あまりにもアリバイ作りが不自然ですぐに見抜かれてあっさり逮捕される。
    ドラマでも観ていてすぐに分かりました。
    あまりにも見え見えだから小説では使いにくい?と感じました。
    確かにミステリー小説では無いことも無いですがそれなりに複雑な仕組みと事情を背景にしないとすぐに読者に見抜かれてしまうのでは?
    それを敢えて使うのはなかなか面白い内容で興味を惹かれます。
    浅はかで見通しの甘い交換殺人がどういう展開を呼ぶのか?楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      色々な意味で料理しにくいトリックなのかもしれませんね。
      どれほど狡猾なやり方だろうと、交換殺人に走るとすぐ足がついてしまうもの。
      そこをあえて素人丸出しの一般女性にやらせるという切り口が面白かったです。

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