物語の世界には<前日譚>というものがあります。これは、読んで字のごとく、本編開始前の出来事を語った作品のこと。言葉自体は、二〇二三年時点で主な国語辞典には掲載されていないため、比較的新しくできた造語のようです。
ですが、前日譚という概念は、古くから存在しました。世界的な有名作品でいうと、C・S・ルイス『ナルニア国物語』には『魔術師のおい』が、J・R・R・トールキン『指輪物語』には『ホビットの冒険』が、それぞれ前日譚として刊行されています。日本だと、東野圭吾さん『マスカレード・ホテル』の前日譚に当たる『マスカレード・イブ』や、中山七里さん『さよならドビュッシー』の前日譚に当たる『要介護探偵の事件簿』など、名作がたくさんありますよ。それからこれも、とても面白い前日譚でした。澤村伊智さんの『ざんどぅまの影』です。
こんな人におすすめ
『比嘉姉妹シリーズ』が好きな人
あいつらを、絶対に、許さない---――孤独な半生を送ってきた篤は、ひょんなことから、沖縄からの移住者が多い神奈川県の某町で暮らし始める。仕事を得、友達を作り、不器用ながら平穏な日々を送る篤。ある夜、篤は謎の水音と、全身ずぶ濡れの人らしきものと遭遇する。その日以来、町で相次ぐ謎の不審死事件。犠牲者たちは皆、水などない場所で溺死していた。これはまさか、海から来るという化け物<ざんどぅま>の仕業なのか。住民たちが疑心暗鬼に駆られる中、体調を崩した篤は、比嘉勝子というユタの老女を訪ねるが・・・・・『比嘉姉妹シリーズ』の過去を描く、ファン待望の前日譚
ほぼ同時期に刊行された『ととはり屋敷』は、比嘉姉妹の亡き弟妹たちをメインに据えた短編集でした。一方、本作は、時間がぐっと遡り、比嘉姉妹の亡き祖母の現役時代を描いた長編です。同じ前日譚といっても、趣はかなり違います。人名など、両方を読んで初めて理解が深まる描写もあるので、ぜひとも続けて読破してほしいです。
一九八一年、神奈川県Q区。家庭に恵まれず、孤独に生きてきた主人公・佐久間篤は、縁あってこの町で暮らし始めます。Q区は沖縄からの移住者が多く、余所者である篤も馴染みやすかったのです。そんなある日、篤は夜道で、異様な臭気を発する全身ずぶ濡れの人間と遭遇します。それ以降、町では不気味な不審死が相次ぐようになりました。共通点は、死者たちは全員、自宅にいたにも関わらずなぜか海水で溺死していたということ。町が不安に包まれる中、篤はユタとして活動する比嘉勝子という老女と知り合います。当初、篤は勝子に懐疑的でしたが、彼女に会ってから、ずっと続いていた謎の体調不良が治り、その力を信じるようになります。しかし、町の連続溺死事件は止まらず、犠牲者は増える一方。不安に駆られた若者たちは自警団を結成し、自ら町を守ろうとします。やがて、事件の背景には、沖縄人が信仰する<ざんどぅま>という邪神が関係しているという噂が流れるのですが・・・・・篤は、勝子は、町と人々を守ることができるのでしょうか。
『比嘉姉妹シリーズ』は、人知を超えた怪異が無双するのが特徴です。『ぼぎわんが、来る』でも『ずうのめ人形』でも、怪異どころかもはや神様レベルと言っていい化け物が大惨事を引き起こしました。それに対し、本作に登場する<ざんどぅま>は、怪異の格としては小物。犠牲者は出るものの、明確な弱点があり、そこを押さえさえすれば一般人でも対処可能です。シリーズお馴染みの、チート状態の化け物を期待していると物足りないかもしれません。
ただ、人間の狂気を描いたヒトコワ系ホラーとして見ると、シリーズ屈指の怖さだと思います。本作でテーマとなるのは、余所者に対する偏見や悪意。主人公・篤は親戚の家で冷遇され、半生を余所者として生きてきています。また、舞台となるQ区は、沖縄からの移住者が多い町です。彼らは一見したところ、町に馴染んで暮らしているように見えますが、連続不審死事件が起こるや否や、その独特な名前や文化が異端視され、「あいつらなら邪神くらい拝んでいても不思議じゃない」と囁かれるようになります。さらに、自警団結成により集団心理に囚われた住民たちは、沖縄移住者たちへのリンチまで行い始めます。もはや化け物のことなどそっちのけにしてマイノリティを痛めつけ、半ば娯楽のように盛り上がる住民の姿が胸糞悪くて仕方ありませんでした。史実においても、関東大震災発生時には朝鮮人・中国人が虐殺されていますし、Q区での出来事がフィクションと言い切れないところが恐ろしかったです。
加えて、本作は叙述トリックの仕掛け方もなかなか凝っています。『ししりばの家』然り『ばくうどの悪夢』然り、澤村ホラーはどんでん返しが待ち受けていることがしばしばあるのですが、本作も同様です。話に夢中になりすぎてつい忘れそうですが、この物語自体、<降霊術により、霊能者・比嘉琴子に佐久間篤の霊を降ろし、語った内容を取材している>という前提があります(冒頭に記載)。つまり、ページをめくる読者目線では分かりにくいものの、本作は佐久間篤という成人男性ではなく、比嘉琴子の肉体で語られているんです。一人称の語り口がスリル満点で、つい引き込まれてしまうのですが・・・真相を知った時は「えっ」と声が出てしまいました。思い込みっていけませんね。
ところで、琴子・野崎が二人で降霊術を行っているということは、本作は時系列でいうと『ばくうどの悪夢』より後ですよね。それより前の物語なら、間違いなく真琴も同席しているはずですし・・・真琴が今後どうなるのかそろそろ知りたいので、一日も早い続編の刊行を望みます。
集団心理って恐ろしい度★★★★★
エピローグでの琴子の姿に感無量・・・度★★★★☆







