はいくる

「私のせいではありません」 水生大海

<ストーカー>という言葉が社会に浸透して久しいです。認知度が高まるにつれて研究も進み、一体どういう存在をストーカーと呼ぶのか、どういう心理状態でストーキングを行うのか、具体的にどんな行動に出るのかなどといった部分も明らかになってきました。一昔前、ストーカーというと、未練のある女性に付きまとう男性というイメージが真っ先に浮かびがちでしたが、今では単純にそうとは言い切れません。性別・年齢・立場問わず、様々な状況でストーカーが発生し得るのが現状です。

ストーカーの一種として、<ギャラリーストーカー>というものが存在します。これは、画廊や美術館といった場所で、主に女性作家に付きまとう人物のこと。被害としては、会場に長時間居座って作家を拘束し、作品ではなく作家を撮影する、プライベートな関係を求めたりするといった行為がよく挙げられます。作家は客に対して強く拒絶しにくい立場ですし、会社員のような相談窓口がないことも多く、問題がこじれやすいそうです。今回は、ギャラリーストーカーが登場する作品をご紹介したいと思います。水生大海さん『私のせいではありません』です。

 

こんな人におすすめ

・どんでん返しのあるミステリーが好きな人

・美術業界を扱った小説に興味がある人

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かつて美大で共に過ごし、友情を築いた陽向、瑠璃、未緒、乙羽。年月を経て、瑠璃の結婚式で再会した四人だが、次第に暗雲がたちこめ始める。学生時代から今へと続くセクハラ騒動、執拗なギャラリーストーカー、行き詰まる創作活動、因縁ある一人の男の死・・・・・美術を志した者たちの心に渦巻く光と影を描いた連作ミステリー

 

思えば水生大海さんの著作を読むのはずいぶん久しぶりです。以前読んだのが『ランチ探偵シリーズ』だったこともあり、なんとなく<水生大海さん=気軽に楽しめるコージーミステリー>というイメージがありましたが、本作は人の負の側面に焦点を当てたイヤミスです。美術業界のハラスメント問題との絡め方も巧みで、中だるみすることなく一気読みしてしまいました。

 

「第一話  六年前の赤い扉」・・・旧友・瑠璃の晴れ舞台を前にしても、陽向の心は晴れない。かつての学友たちがそれぞれ着実に成長しているのに比べ、陽向は退職や祖父の介護問題などもあり、先行き不安だからだ。複雑な内心を押し隠して世間話に興じる最中、陽向は、大学時代に世話になった柳教授がセクハラで訴えられていることを知る。そういえば、まだ陽向たちが在学していた頃、くだんの柳教授の部屋の扉が赤く塗られるという事件が起きたのだが・・・・・

かつての仲良したちが、目指していた美術業界で着実にスキルアップしたり、潔く方向転換して結婚したりする中、中途半端な心境のまま無職生活を送る陽向。その不安や劣等感の描写がリアルで、似たような状況になったことがある私は感情移入しまくりでした。それはそうと、六年前の赤い扉事件とどう絡むのかと思ったら・・・・・あー、そういうことか!!陽向の心情にのめり込むあまり、叙述トリックにまんまと引っかかってしまった次第です。こういう小説だからこそ成り立つどんでん返し、大好きなんですよ。

 

「第二話  純白の誓いのあとで」・・・御曹司との結婚を前に、自分のこれまでの選択は正しかったと確信する瑠璃。絵の道を諦めたことも、我の強そうな母親がいる男と結婚を決めたことも、何一つ間違っていないはず。自分に言い聞かせる瑠璃の前に、新郎の親族数名が現れる。その中の一人を見て、瑠璃は愕然とした。なんとそこには、かつて瑠璃をさんざん悩ませたギャラリーストーカーがいて・・・・・

<抜け目ない美人>という瑠璃のキャラクターは、一見嫌われそうですが、本作中ではさほど反感を抱きません。たぶん、瑠璃が打算的ながらも結構堅実であるからと、周りの人間もなかなかどうしていい性格しているからでしょうね。だって、花婿も姑も、あれはさぁ・・・そして、この話から、前述したギャラリーストーカーの存在がクローズアップしてきます。若い女性作家に狙いを定め、ネチネチと付きまとってプライベートまで浸蝕してくるやり方が超気持ち悪い!実力主義と思われがちな美術界ですが、こういう問題は今なお山積みなのだなと痛感させられました。

 

「第三話  瑠璃色のプレゼント」・・・未緒は、瑠璃の結婚式で、新郎側の席を見て言葉を失った。親族席にいる男の顔に見覚えがあったからだ。一年以上前、画廊で未緒に目をつけ、さんざん付きまとってきた男。過失とはいえ、未緒が突き飛ばし、死なせてしまったはずの男。あそこにいるということは、彼は生きていたのか。てっきりあの男を死なせたと思い込んだ未緒は、旧友・乙羽に泣きつき、アリバイの証人になってもらったのだが・・・・・

第二話の瑠璃の後、ギャラリーストーカーの標的にされた未緒の話です。未緒の場合、容姿以上に大人しそうな雰囲気から狙われた気配をひしひし感じ、なんとも嫌な気持ちになりました。ここに乙羽という<未緒の弱味を握った、同業の女友達>という存在を絡ませることで、不穏さはますますヒートアップ。結局、乙羽はいい友達なのか、それとも未緒を踏み台にしたのか、はっきり分からないところが現実味ありました。

 

「第四話  瞳を緑色に染めて」・・・叶恵は、大好きな父親の死から今なお立ち直りきれていない。誰より優しかった父。いつも叶恵の味方だった父。浮気性ではあったけど、そんなのは相手の女だって悪いに決まっている。叶恵はそう信じ、父に近づく女たちには必ず制裁を与えてきた。父の死にもどうやら女が絡んでいるらしいと察した叶恵は、相手の素性を探ろうとして・・・・・

ギャラリーストーカー・鶴来の娘視点の話です。鶴来も相当危ない奴でしたが、叶恵はまた違うベクトルでヤバい!父親がセクハラ野郎だと分かっていつつ神聖視し、被害者に復讐するってどういう思考!?こんな夫と娘に囲まれた妻(叶恵の母)が、ものすごく理性的というのが皮肉です。おまけに最後はあんなことになっちゃうし・・・

 

「第五話  暗い海に射す青は」・・・陽向は、セクハラ問題で訴えられた柳から、指導者としての力量や人格を保証する証人になってほしいと頼まれる。アルバイトで食いつなぐ陽向にとって、ここで柳に恩を売っておけば決して損にはならないはず。だが、それだけの理由で、柳のことをよく知りもしない自分が証人になどなっていいのだろうか。悩む陽向のもとに、とある人物の訃報が届き・・・・・

再び陽向が語り手を務めます。また、第一話で出てきたかつての恩師のセクハラ問題も再登場。旧友たちが苦しんだストーカー問題を知り、己を見つめ直した陽向の決断は、とても潔いものです。と、ここですんなり終わらず、陽向の中にもしっかり存在する業を描くところが印象的でした。でも、誰だって霞を食べて生きていくわけにはいかないのだし、実利を取っても責められません。

 

なんだか一癖ありそうだった乙羽、仲良しグループの中では一番ニュートラルに見えた千奈視点の話がないのが残念な気もしますが、もしかしたらそれも水生大海さんの作戦なのかもしれませんね。美術業界で女性作家が直面する問題についても知ることができ、とても有意義な読書体験でした。でも実際、こういう問題に悩んでいるクリエイターは、現実にも多いんだろうなぁ・・・適切な支援が得られるよう、願ってやみません。

 

タイトルが強烈!度★★★★★

できれば今後も友情が続いてほしいです度★★★★★

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