実は私、お酒がまったく飲めません。若い頃は「練習すれば強くなる」という言葉を信じてせっせと飲んでいましたが、どれだけ経っても、一口二口飲んだだけで胸やけと眩暈のダブルパンチ。血縁者にも下戸が多いので、遺伝なのかもしれません。現在はすっかり諦めの境地に達し、お酒の場でもノンアルコールを貫いています。
ただ、こういう体質のせいもあってか、飲酒を楽しむことに対して憧れはあります。その点、小説の中なら、お酒の味や心地良い酔いを体験できていいですね。先日読んだ小説にも、お酒がたくさん出てきました。今回は、「このミステリーがすごい!」編集部による『3分で読める!一日の終わりに読むお酒の物語』を取り上げたいと思います。
こんな人におすすめ
お酒がたくさん登場するミステリー短編集に興味がある人
深夜に交わされる酔っ払いとの会話の真相、墓地で出会った老人の戦慄の正体、時を経て思い返す義父とのひと時、語りたがりの男を待つ意外な仕掛け、一人の老人の死から浮かび上がる黒い疑惑、元夫婦が囲む晩餐の行方、かつて世話になった女性に対する一つの予測、新幹線で耳にした不穏な会話・・・・・お酒が進み、推理も冴える。お酒にまつわる25の短編ミステリー
久しぶりに読んで、やっぱりこのシリーズ好きだなぁとしみじみ実感しました。大御所と若手、両方の作品を楽しめるところが大好きなんですよ。このシリーズを通じて知った若手作家さんもいて、本好きとしては嬉しい限りです。以下、お気に入りの話をご紹介します。
「祝杯 佐藤青南」・・・深夜、真冬の住宅街で眠りこける男を保護した主人公。足元もおぼつかない男を、自宅まで連れて行くことにする。道中、男は「結婚十年目にして、諦めかけて子どもを授かった。嬉しくて、今夜はつい飲みすぎてしまった」と語り始め・・・・・
トップバッターは佐藤青南さん。酔っ払いと、酔っ払いを助ける人の好い男との語り合い・・・と見せかけてから明かされる真相にグッときました。最後まで読んでみれば、酔っ払いが語る「生まれてくる子に名付けたい名前の由来」が泣けるのなんの。この一家に生まれてくる子どもは幸せなんだろうなぁ。
「秋月ふたつ 猫森夏希」・・・苦しい生活を送る主人公は、ある夜、出来心で墓に供えてあったカップ酒をくすねてしまう。ところが、その現場を不気味な老人に見られてしまった。とはいえ、こんな小汚い老人に見られたところで痛くもかゆくもない。嘲るような態度を取る主人公に対し、老人は「お前もこうなれ」と言い放って・・・・・
収録作品の大半がミステリーである本作中、この話はゴリゴリのホラーです。序盤、男が老人と遭遇する場面もかなり不気味なのですが、白眉はやはり終盤。老人の異相の理由と、彼が男に投げかけた言葉の意味が分かった瞬間はゾッとしました。まあ、この男に関しては窃盗犯だし、自業自得と言えばそうなのですが・・・
「義父の酒 鷹樹烏介」・・・義父が死んだ。強面で、無口だった義父。主人公もイケる口と知るや否や、徐々に打ち解け、いつも実の父親以上に主人公を歓迎してくれた義父。義父の墓を前に、主人公はとっておきの酒を持参して・・・・・
小説界隈においては<義母>と比べると影が薄くなりがちな<義父>という存在を、なんとも巧みに料理していました。主人公と義父との静かな絆を感じさせるやり取りが素晴らしいんですよ。義父役に小林薫さんをキャスティングして、ぜひとも実写で見てみたいです。
「したがり屋さん 久真瀬敏也」・・・古書店の地下でひっそりと営まれる<居酒屋ぬえ>。そこの常連客である小坂は、店で妖怪や民俗学に関する蘊蓄を語るのが大好きだ。議論中に言い争いになることもあるが、今夜は違う。たまたま居合わせた若い女性客が、小坂の話を熱心に聞いてくれるからだ。小坂は心ゆくまで語り合い、上機嫌で店を出ていって・・・・・
あっはっは、これは愉快!こういう、語りたがりな性格のせいでトラブルメーカーと化した常連って、どこにでも一定数存在します。そこで講じられた対策があまり見事で、思わず膝を打ってしまいました。でも、妖怪や民俗学好きが集まる居酒屋って、本当にあるならものすごく行ってみたいです。
「ある男の死に関する考察 塔山郁」・・・元精神科医の老人が死んだ。死因は、酔った末、吐しゃ物を喉に詰まらせての窒息死。ただの事故という可能性が高いものの、担当刑事は引っかかりを覚える。この老人、過去に複数回、女性に睡眠薬入りの飲み物を混ぜて性的暴行を行った前科があって・・・・・
関係者の語りのみで構成された話です。死んだ老人がクズだったことはあっさり分かるのですが、そこはやっぱり塔山郁さん。関係者たちの思惑が絡み合い、一つの推論に結び付く流れが秀逸です。最後の語りを務める刑事のキャラ、かなり好みの感じなので、今後も別の作品に出てきてくれたらいいなと思います。
「いつかのマグカップ 深沢仁」・・・幸福な結婚生活を送っていたはずなのに、離婚することになった國光と綾子。原因は、國光の浮気だ。引越しを終えた後、二人はそのまま食事に向かう。今なお復縁を望む國光に対し、綾子は静かに本心を語り・・・・・
そんなに奥さんが好きなら、弾みだろうとなんだろうと浮気なんかするんじゃない!と國光の頭をはたきたくなりました。とはいえ、人間関係には「まさか」が付き物。残念な形で結婚生活を終えてしまったものの、まだ互いへの情を捨てきれない二人の会話、わずかながら残る未来の可能性の描写が印象的でした。こんな状況でも理性的に振る舞う綾子、いい女!
「七面鳥は見つめる 岡崎琢磨」・・・十五年ぶりに、かつて馴染みだったバーを訪れた<僕>。マスターの京香は、変わらぬ笑顔で<僕>を迎えてくれる。昔、京香は偶然知り合った<僕>を店に招き入れ、いつもワイルドターキーをサービスしてくれた。なぜ、彼女はあんなにも親切にしてくれたのだろう。歳月を経てその謎の答えを見つけた<僕>は、カウンター越しに京香に語りかけ・・・・・
酸いも甘いも噛み分けて生きてきたであろう京香のキャラクターが素敵です。同時に、周囲からの庇護を勘違いすることなく受け止め、素直に感謝する主人公も好感度大。身近にこういう大人がいるか否かで、子どもの未来は大きく変わる気がします。岡崎琢磨さんは、『3分で読める!シリーズ』だとイヤミス寄りの作品が多い気がしていましたが、この話で一八〇度、イメージが変わりました。
「一日の終わり 降田天」・・・主人公は、念願だった<新幹線呑み>を実践できるチャンスを得て、ほくほく顔。酒と肴を用意し、いざ・・・というところで、近くの席に座る男の電話が気になり始めた。男は電話相手に対し、老人相手の詐欺や殺害を指示しているようなのだ。まさか、こいつは犯罪者なのか。主人公は嫌な予感を覚えるが・・・・・
トリを務めるのは降田天さん。某グルメドラマばりに新幹線呑みを楽しみにする主人公と、聞こえてきた怪しさマックスの会話との温度差が強烈です。老人に対する惨い犯罪を示唆する会話があり、どうなることかと思っていましたが・・・なるほど、そう来たか。この主人公、かなりキャラが立っているので、いつか長編ないし連作短編の主人公としてカムバックしてくれないか、密かに期待してしまいます。
このシリーズにしては珍しい気がしますが、大団円で終わる話や、そもそもミステリーでもホラーでもないヒューマンストーリーがたくさん収録されています。このミステリーがすごい!編集部らしいミステリーを予想していたら物足りないかもしれませんが、後味は良いですよ。今後もシリーズがどんどん続くことを希望します。
お酒の絡め方がバラエティ豊か!度★★★★★
禁酒中の人が読むと辛いかも・・・度★★★★★







