はいくる

「つきまとわれて」 今邑彩

短編集の中には、<連作短編集>という形態があります。話同士が何らかの繋がりを持った短編集のことで、登場人物や場所が共通しているパターンが多いですね。いくつかの話をまとめると一つの大きな物語が出来上がることもあり、長編・短編とはまた違った面白さがあります。

これまで読んだことのある連作短編集では、有川浩さんの『阪急電車』、東野圭吾さんの『ナミヤ雑貨店の奇跡』、若竹七海さんの『ぼくのミステリな日常』などが面白かったです。今回ご紹介するのは、今邑彩さん『つきまとわれて』。まさに連作短編集ならではの面白さを堪能できました。

 

こんな人におすすめ

・連作短編集が好きな人

・毒のあるミステリーが読みたい人

スポンサーリンク

愛する妹を殺した犯人の正体、駆け落ちした母のコートの謎、姉が結婚を躊躇う本当の理由、愛し合う男女の結婚にまつわる一つの疑問、一枚の絵から浮かび上がる禁断の関係、近隣住民の悩みを次々と言い当てる預言者の正体、結婚シミュレーションゲームを始めた男の運命、バーのママが語る夢の真相・・・・・時に苦く、時に恐ろしい。あっと驚くラストが読者を待つ、傑作ミステリー連作短編集

 

連作短編集の面白さは、重厚でボリュームたっぷりな作品と違い、感情移入しやすく臨場感溢れる展開にあると思っています。本作はまさにその代表格。中には殺人事件が起こる話もあるものの、基本的に<日常の謎>がメインです。そのため、登場人物たちに今何が起こっているか、リアルに想像することができました。

 

「おまえが犯人だ」・・・ある漫画家の妹が死んだ。漫画家に送られてきたチョコを食べ、仕込まれた毒で死んだのだ。その毒が、最初から妹を狙って仕込まれたと察した漫画家は、妹の婚約者を呼び出す。そこで漫画家が語った話は、あまりに衝撃的なものだった。

収録作品中で唯一、刑事事件である殺人が登場するエピソードです。これだけ短い話の中で、二転三転する謎解きを仕掛ける筆力は相変わらずお見事。漫画家の復讐劇やその真意も破綻なくまとまっていて、巧いなぁと唸らされます。ラスト一行でタイトルが出てくる展開にシビれました。

 

「帰り花」・・・継母の死後、形見分けの場で出てきた実母のコート。実母は、このコートを着て男と駆け落ちしたはず。今なお行方知れずの実母のコートが、なぜこの場にあるのだろう。些細な矛盾から浮かび上がる恐ろしい真相とは。

どことなくホラーの雰囲気漂う、インパクト抜群の話でした。これ一話でも十分面白いのですが、実はこのエピソード、最終話の「生霊」と密接に繋がっています。単体で読むか、「生霊」も併せて読むかでオチの意味がガラリと変わってくるので、ぜひ細部まで覚えておくことをお薦めします。

 

「つきまとわれて」・・・今なお独身を貫く美貌の姉。上手くいきそうだったお見合いも断ると知り、妹が真意を問いただすと、姉は予想外の話を打ち明ける。実は昔、姉の顔に塩酸をかけたストーカーが、出所後も脅迫状を送ってくるらしく・・・・・

これは騙されました!!まさに表題作にふさわしい反転劇です。この人間心理、愚かなんだけど納得できる部分もあるんだよなぁ。ちなみに本作が初めて世に出たのは一九九六年。まだ<ストーカー>という存在が一般化していなかった時代に書かれたという辺り、今邑さんの先見の明を感じます。

 

「六月の花嫁」・・・女探偵が、調査内容に対して抱く一つの疑問。ひょんなことから調査対象者の息子とその婚約者に出会った探偵は、ふと違和感を感じる。現代のロミオとジュリエットと言うべき二人は、一見とても幸せそうなのだが・・・

これをめでたしめでたしと取るか否かで意見が分かれそうですね。今のところ全員幸せなんだけど、究極の親のエゴという見方もできるし・・・真実がバレた時に一体どうなるのか、そこはかとなく不安を感じます。でも、確かにこのやり方だと恋心までコントロールできそうで怖いなぁ。

 

「吾子の肖像」・・・美術館で一枚の絵を目にした男。ふと見かけた絵<吾子の肖像>は、子を抱く母親を描いたものだった。母子が描かれているのに<吾子の肖像>という題は変ではないか?好奇心から題の意味を考え始めた男の脳裏に、一つの仮説が浮かび・・・

一番好きなエピソードです。肝心の絵の関係者は登場せず、鑑賞した人間が頭の中で勝手に推理するというシチュエーションが、物語の背徳的な雰囲気を高めていました。背景にあったであろう愛憎を想像すると背筋がゾッ・・・さらに、ラストでほのめかされるとある人物の妄執も生々しくてグッドです。

 

「お告げ」・・・ある日、主人公の家を同じマンションに住む女性が訪れ、「赤い絵を燃やさないと災いが起こる」と告げる。くだんの女性は近隣住民に対し似たようなお告げを次々行っており、その内容が的中しているのだという。果たして彼女は本当に預言者なのか。

ここで初めてスッキリ爽快なエピソードがやって来ました。こういう行為をする人間って実際にいそうで怖い分、解決した時の安堵感はひとしおです。と同時に、<預言者>になろうとした女性の胸中を思うと、少し切なくもあるんですよね。多くは語られませんが、決して幸せじゃない境遇が想像できてなんだか哀れです。

 

「逢ふを待つ間に」・・・パソコンで結婚シミュレーションゲームを始めた男。ゲーム内の<妻>が快適な生活を送れるよう腐心する男だが、ある時、ミスで妻を死なせてしまう。ゲームなので、当然リプレイできるのだが・・・・・

単に<ゲームにのめり込んだ男の話>では割り切れない切なさが印象的でした。ポイントは、携帯できないパソコンゲームだということ。現代で一般的なスマホゲームの場合、始終持ち歩くことが可能なので、この物語は成立しないんですよね。こういう当時の流行や文化が活かされた話って大好きです。

 

「生霊」・・・客から生霊にまつわる話を聞いたバーのママは、かつて見た夢を思い出す。男と駆け落ちした過去を持つママだが、夫や子どもと暮らす家に戻る夢を見たことがある。夢の中で脱いだコートは、なぜか目覚めた後になくなっていて・・・

前述した通り、第二話「帰り花」から続くエピソードです。「帰り花」だけなら正統派怪談なのですが、ここまで読むと物悲しいながら救いのあるヒューマンストーリーになっています。最初に語られる女子高生の生霊事件もなかなか面白いし、最終話にふさわしい佳作と言えますね。

 

前話の登場人物がはっきり分かる形で出てくる話もあれば、さりげなさすぎて一読しただけでは分からない話もあり、共通点を探すだけでけっこう楽しかったです。個人的に一番難しかったのは「逢ふを待つ間に」。これに一発で気づいた人はかなり観察力が鋭いんじゃないでしょうか。

 

どこかで誰かが繋がっている度★★★★★

短いながら心にチクッと突き刺さる★★★★☆

スポンサーリンク

コメント

  1. しんくん より:

    読んだことのある短編集でしたがほとんど忘れています。
    感想読んでいて思い出しましたが、たしかに米澤穂信さんの「満願」を想像した気がします。独特の雰囲気を感じるホラーミステリーの短編集で再読したくなりました。

    1. ライオンまる より:

      私も今邑作品の中でかなり最初の方に読みました。
      一話一話もよく練られているし、キャラクターの繋がりも面白いです。
      こういうホラーミステリー短編集、どんどん増えてほしいです。

ライオンまる へ返信する コメントをキャンセル

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください