<下町>という言葉があります。読んで字の如く、市街地の低地となった部分を指す言葉で、東京では日本橋や浅草、神田などがそれに当たります。また、<下町気質>と言えば、人情味があってお祭り好き、カッとなりやすい所もあるが終わったことは気にしない、面倒見が良くて竹を割ったような性格・・・などが連想されるのではないでしょうか。
独特の文化や気質がある下町は、しばしば物語の舞台に選ばれます。小路幸也さんの『東京バンドワゴンシリーズ』や瀬尾まいこさんの『戸村飯店 青春100連発』など、騒動は起こりつつもどこか心温まる作風が多いような気がしますね。今回は、下町を舞台にしたミステリーをご紹介しようと思います。宮部みゆきさんの『東京下町殺人暮色』です。
こんな人におすすめ
少年が活躍するミステリーが読みたい人
あの人は本当に人殺しなのだろうか---――両親の離婚後、刑事の父親とともに東京の下町で暮らす中学生・順。平凡な毎日を送る順のもとに、ある日、荒川でバラバラ死体の一部が発見されたという知らせが飛び込んでくる。住民たちが<犯人>として噂するのは、町に住む風変わりな画家の男。その後、順の家に、くだんの画家を告発する怪文書が届く。さらに二人目のバラバラ死体が発見され、使命感に駆られた順は渦中の画家の家を訪ねるのだが・・・・・悲しい真相と下町の人間模様を少年目線で綴る、ほろ苦くも爽やかなミステリー
初出版が一九九〇年と、かなり初期の部類に入る宮部作品です。当然、スマートフォンもインターネットもなく、緊急連絡はポケベル、調べ物がある時は本を読むなり関係者に直接聞くなりしなくてはなりません。こういう古臭さ(褒め言葉)、ミステリーの世界ではすごく映えますね。事件を解決するため、手足を使って東奔西走する少年の姿が勇ましく瑞々しかったです。
主人公の順は、刑事の父親と一緒に荒川で暮らし始めた中学生。新しい友人の慎吾や家政婦のハナとともに、穏やかな日々を送っています。ある時、荒川でバラバラ死体の一部が見つかるという事件が発生。町には「あそこに入った女性が二度と出てこなかった」と噂の家があり、そこに住む画家が犯人と囁かれます。そんな中、順の家に、画家の罪を告発する手紙が投函され、間を置かず二人目のバラバラ死体が発見されました。遅々として進まない警察の捜査に業を煮やした順は、これ以上の犠牲者を出さないよう、自ら噂の画家のもとを訪れるのですが・・・・・
と、ここまでのあらすじで分かる通り、順は<刑事の父親が事件の捜査をしている>ということ以外、バラバラ死体の一件とは無関係です。彼が事件と関わる理由は、ただただ<告発状を受け取った責任上(父親の不在時に投函されたため、順が受け取った)、見て見ぬふりはできないから>という使命感のみ。そのために、得体の知れない画家の家を訪ね、馬鹿正直に事の真偽を確かめようとします。こういう<幼いがまっすぐな子ども>を描かせたら、宮部さんの右に出る人はいないのではないでしょうか。あまりに順がひたむきなので、<中学生ならもっとひねくれてるはず>なんていう突っ込みを忘れ、読みふけってしまいました。
そんな順を見守る人間たちも個性豊かで魅力的です。刑事の父親と、その同僚である伊原や速水、順と同じ中学に通う慎吾、大正生まれのスーパー家政婦・ハナさんに、不気味な噂のある画家・東吾などなど。特に柔和ながら豪胆なハナさんと、暗い過去を抱えて生きる東吾は、若者にはない老練さを持っていて非常に好み。彼らに知恵では及ばないものの、明るく行動力ある男友達の慎吾も好きだなぁ。彼が父親から教わった「ごめんという気持ちがあれば、警察が要らないことはいっぱいある」という言葉、全国の小中学校に掲示すべきではないでしょうか。
こうした魅力に彩られた本作ですが、事件自体は許し難いほど凶悪なものでした。この陰惨さは、宮部さんの著作『模倣犯』に通じるものがあるかもしれません。また、本作の事件を語る上でポイントとなるのが<少年法>です。あまりにも身勝手な理由で犯罪に走る若者と、彼らを語る上で登場する<想像力>という言葉。この辺りの描写はあまりに悲惨で気が滅入りそうになりますが、順に優しく寄り添うハナさんの存在が清涼剤となってくれます。こういう大人がいれば、順はきっと歪むことなく育つことできるでしょう。
ちなみに本作は二〇一三年に<刑事の子>と改題されて出版されています。うっかり者の私は、同じ作品と気づかず買いそうになりました。これから読もうという方は、ご注意くださいね。
作中で危ぶまれた時代になりつつあるのでは・・・度★★★★☆
ハナさんの言葉遣いが美しい!度★★★★★
「火車」の次に読んだ宮部みゆきさんの作品です。
散歩中の主婦と娘がバラバラ死体を見つけるという衝撃的な出だしだったと思います。
下町で暮らす少年たちが事件を探る~家政婦のハナさんや怪しい画家のエピソードに、危機一髪の状況などかなりの長編でしたが一気読みでした。
詳しい内容やミステリーの真相は覚えていないので再読したくなりました。
櫛木理宇さんの作品「少女葬」が「FEED」、垣谷美雨さんの「夫の墓には入りません」が「嫁を辞める日」、「ifサヨナラが言えない理由」が「後悔病練」の改題でした。図書館リクエストだから余計な出費は無かったですが、文庫本化の改題には気を付けたいですね。
あの出だしはものすごくインパクトありますよね。
仲良さそうな母娘と無残な死体の対比がショッキングでした。
ちなみに私は「少女葬」も改題と知らず、「お、新作が出る!」と楽しみにしていたので、「FEED」だと知った時はすごくガッカリしました。
そのせいか、改題がなんとなく苦手だったりします。