はいくる

「テティスの逆鱗」 唯川恵

美しくなりたい。そう思ったことが一度もない女性は、恐らくいないでしょう。男性にもそういう願望はあるでしょうが、やはり美に対する欲求は女性の方が大きい気がします。かつて、自分の容姿に満足できない人間は、服装や化粧で美しさを磨くしかありませんでした。しかし、現代ではそれ以外の方法があります。美容整形です。

患者への負担が少ない<プチ整形>の発展もあり、美容整形は美を手に入れるための一般的な方法になりつつあります。ですが、人間の欲とは限りないもの。美への欲求に憑りつかれ、理性を失う患者がいたとしたら。そして、その限りない欲求を叶える手段として美容整形を選んだら。果たしてどんな悲劇が待ち受けているのでしょうか。唯川恵さん『テティスの逆鱗』では、美しさへの執念に憑りつかれた女性たちの狂気が描かれています。

 

こんな人におすすめ

美容整形にまつわるサイコホラーが読みたい人

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老いをひた隠しにする美人女優、妊娠出産前の引き締まった体を取り戻したい兼業主婦、美貌を武器にのし上がっていこうとするキャバクラ嬢、顔をいじることで空虚な心を埋めようとする資産家令嬢・・・四人の女たちがのめり込んでいく美容整形の世界。それは果たして救いか、あるいは悪夢か。限りのない欲求の末に彼女達が見たものとは。美容整形の世界を舞台に繰り広げられる、恐ろしくも愚かな人間模様

 

唯川恵さんの名前を聞くと、仕事や恋愛を通じ、傷つきながらも前進していく女性たちの成長物語を想像する人が多いと思います。ですが、実はこの作家さん、背筋が凍るようなサスペンスやホラーも書くんですよ。特に女性の狂気や情念の描写が素晴らしいんですが、本作ではその手腕が遺憾なく発揮されています。

 

毎日たくさんの女性が美を求めて訪れる<多田村美容クリニック>。中でも目立つのは、年齢不相応な美貌を誇る女優の條子、レーシック手術を機に美容整形にはまった共働き主婦の多岐江、醜い容姿を捨て美人キャバクラ嬢に生まれ変わった莉子、無理な整形を繰り返した末に人間離れした容姿になってしまった資産家令嬢・涼香の四人です。クリニックを経営する美容整形外科医の晶世は、次第にエスカレートしていく彼女たちの欲求に呆れつつ、希望の手術を行い続けます。ですが、それは四人のみならず晶世をも地獄へ誘う道でした。

 

それぞれの理由で美容整形地獄から抜けられなくなっていく四人の姿が超怖い!女優の條子やキャバクラ嬢の莉子は、ルックスが飯のタネなんだからまだ分からなくもないですが、あとの二人はどうも・・・仕事と家事と育児に疲れて社内不倫に走り、「不倫相手に失望されたくない」という理由で整形に走る多岐江。愛情のない家庭環境から心に闇を抱え、病的な整形を繰り返した結果、魔術に使うお面のような顔になってしまった涼香。どちらも、本質的な問題は別にあり、整形では決して満たされることがないと分かる分、哀れで痛々しくてなりませんでした。

 

でも、個人的に感情移入したのは、キャバクラ嬢の莉子だなぁ。容姿に恵まれなかった彼女は田舎で散々いじめられ、一念発起して都会で整形手術を受けます。顔だけでなく体も整形し、売れっ子キャバ嬢の地位を得た莉子の目標は、いい男を見つけて玉の輿に乗ること。そんな中、子ども時代、莉子をいじめた雄太が客としてやって来ます。雄太が整形した自分に気付かないのをいいことに、莉子は復讐を目論むのですが・・・「美しくなって楽しく生きたい」と願うのは悪いことじゃないし、整形手術費用を貯めたのも売れっ子キャバ嬢になったのも実力だし、莉子からは前向きなパワーを感じるんですよね。最終的に底なし沼に落ちていく四人ですが、一番最初に再起するとしたら莉子なんじゃないかなと、勝手に思っています。

 

さらに面白いのは、この四人に加え、彼女たちに整形手術を施す医師・晶世の物語があることでしょう。美容整形にのめり込む患者の小説は色々ありますが、医師目線となると案外少ないですからね。施術者の目から見た、美容整形中毒になっていく女たちの姿。彼女たちをそんな有様にしたのは自分だというジレンマ。もはや理性を失った四人を前に晶世が思う「私は何かの逆鱗に触れたのか」というモノローグが印象的でした。なるほど、タイトルがここに繋がってくるわけか・・・

 

<人は見た目じゃなく内面が大事>と言われ、素直に頷ける人は少ないかもしれません。ですが、見た目をいじるだけでは得られないものは確かにあります。それは、望み通りの肉体を手に入れながら美しさをかなぐり捨ててしまった四人が証明しています。私にはそもそも大がかりな整形手術をする資本がないことですし、シミもシワもあるけれど生き生きしたおばあちゃんを目指そうっと。

 

美への欲求は果てしない度★★★★★

彼女たちに幸せは訪れるのか度★☆☆☆☆

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コメント

  1. しんくん より:

    唯川恵さんの作品では、黒の方の作品でした。
    女性の美容整形に関するストーリーでは百田尚樹さんの「モンスター」を彷彿させるストーリーでした。
    「モンスター」にも壮絶な展開でしたが男性の視点が入っているのか限度を知っていましたが、この作品に出てくる女性たちの暴走振りがそれ以上でした。
    男性が冨と名誉を求めるのに限度がないように、女性が美しさを求めるのも同じだと感じました。救いのないラストはまさにホラーで、美の女神 テティスを怒らせるほど身体に手を加えた天罰では~と思いました。

    1. ライオンまる より:

      こういう黒・唯川作品も大好きです。
      越えてはならない一線を越えてしまった女性達の描写が怖くて怖くて・・・
      女医も含め、彼女達の今後が気になって仕方ありません。

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