結婚してもときめきを忘れたくない。恋する心を持ち続けたい。ふと、そう夢想してしまう瞬間ってあると思います。その相手が配偶者なら問題なし。ですが、相手が他人となると、それはすなわち「不倫」になります。
現実で不倫をする人間は軽蔑の対象となりますが、不倫をテーマにしたフィクションは面白いもの。それこそ『源氏物語』の時代から、人の配偶者と関係する作品はたくさん創られてきました。そんな中、一番私の印象に残っている不倫小説はこれです。直木賞受賞作家である山本文緒さんの『あなたには帰る家がある』です。
妻子のために希望の仕事を辞めて転職した秀明、望んだはずの出産や専業主婦生活に苦しむ真弓、家族全員が幸せに暮らせる家を建てようと考える茄子田、家族を愛し尽くすことだけ考えて生きてきた綾子。無関係だったはずの二組の夫婦が、ふとしたきっかけで交錯する。止めようがなく落ちていく恋はどこへ向かうのか。ままならない人生にあがく、大人たちの切ない人間模様。
調べてみて、この作品が一九九四年に書かれたことに驚かされました。作中にポケベルが登場する点などは時代を感じさせるものの、内容に古くささは一切なし。二十年以上経った今読んでもなお、「うん、あるある」と共感させられる箇所ばかりです。人間の喜怒哀楽なんて、二十年どころか二千年経っても変わらないものなのかもしれませんね。
あらすじとしては実にシンプル。住宅の営業マンである夫と、生保レディの仕事を始めた妻が、それぞれの仕事に励むうちにすれ違うようになり、やがて不倫に走り出す。ありがちな話のようですが、そこを現実味たっぷりに描写するところが山本文緒のすごいところです。終わりの見えない家事や育児、不慣れな仕事に対する「こんなはずじゃなかった」という思い、家族のための行為が空回りしていく様子・・・そんな登場人物たちの悲喜こもごもが目に見えるようで、そこそこボリュームのある作品にもかかわらず一気読みしてしまいました。
それにしても、山本文緒は「善人でもなければ悪人でもない、普通の人」を書くのが上手ですね。物語の中心人物である秀明は妻子のために天職を手放すような優しさを持ちつつ、人妻との不倫に走る。秀明の妻の真弓は家庭と仕事を両立しているように見せながら、実家の親に甘えまくり。教師の茄子田は粘着質で女好きながら、ある秘密を抱える妻を全力で守っている。その妻の綾子は一見美しい良妻賢母なものの、秀明との不倫にのめり込み、暴走していく・・・誰にも共感できるようで共感できない、それでも読むのが嫌にはならない。不思議な面白さを持つ作品です。
余談ですが、本作は山本文緒さんの著作である『眠れるラプンツェル』と繋がりがあります。内容は独立したものですが、読んでおけば、「あ、あの人がこんなところに!」という嬉しさがあるかもしれません。そして最後に一言。タイトルが示す通り、帰る家があるって幸せなことですよね。
幸福も不幸も考え方次第なんだよな度★★★☆☆
だめと言われると余計にやってみたくなるよね度★★★★☆
こんな人におすすめ
不倫をテーマにした小説が読みたい人
携帯電話が普及する少し前、出始めた頃の作品ですね。
まだ大学生で福岡にいた頃の作品、複雑なホームドラマのようで波乱もありそうですが、読んでみたくなりました。不倫や暴走があっても読むのが苦にならないというのはかなり惹かれます。
1994年に初めて出版された小説ですからね。
登場人物たちが連絡を取り合う際、メールなどを一切使っていないところに時代を感じます。
かなりドロドロしたテーマのはずですが、柔和な文体のせいかさらりと読むことができました。