はいくる

「それは令和のことでした、」 歌野晶午

この世の中に、絶対不変のものは存在しません。どんな物事であれ、状況次第で二転三転するのが世の常。そんな中、変わりやすいものの筆頭格は<価値観>ではないでしょうか。

では、なぜ価値観が変わっていくのかというと、理由は色々あれど一番は「時代が移り変わったから」だと思います。時が経てば経つほど新たな文化や技術が生まれ、それにつれて価値観も変化していくのは、ある意味当然のことなのかもしれません。ただ、それが一〇〇パーセント幸福に繋がるかと聞かれれば、そうとも言い切れないわけで・・・・・今回取り上げるのは、歌野晶午さんの『それは令和のことでした、』。令和ならではのブラックさがたっぷり効いていましたよ。

 

こんな人におすすめ

世相を反映したイヤミス短編集が読みたい人

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少年を苦しめるいじめの真の原因、思いやりから破滅していく老人の末路、姉を殺した男のもとを訪れる訪問者の正体、浅はかな罪が招いた意外な結末、確執があった母の死を前にしてよぎる想い、死の淵を彷徨う男が犯した罪の正体、家庭で追い詰められていく女の運命・・・・まさか、こんな時代が来ようとは。歌野晶午が<今>を描く、驚きに満ちたミステリー短編集

 

私にとっては相当久しぶりの歌野作品です。約二年前に刊行された『首切り島の一夜』は、ミステリーというより人間ドラマに重きを置いた作品でしたが、本作は純度一〇〇パーセントのイヤミス短編集。それも、この令和という時代に着目し、「一昔前ならこんな事件起こらなかったかも」と思わせる内容です。フィニッシングストローク(最後の一撃)は相変わらずの完成度で、やっぱり上手い作家さんなんだなと再認識させられました。

 

彼の名は」・・・リベラルと見せかけて無神経な母の暴挙により、子どもの頃から散々な目に遭い続けてきた主人公。平穏を求めて入学した私立校でもいじめの標的となり、ついに最悪の一歩を踏み出してしまう。ああ、なぜこんな目に。その原因は、主人公の名前にあって・・・・

主人公が苦しむいじめ描写は本当に胸糞悪いのですが・・・正直、いじめ加害者より、主人公の母親の方が諸悪の根源と思えてなりません。「多様性の時代です」「個性を尊重すべき」と主張するだけして無茶を通し、子どもがどれだけ恥をかくかにはてんで無頓着。昨今のモンスターペアレント事情を鑑みるに、この母親がフィクションと断言できないところが恐ろしいです。

 

「有情無情」・・・本名を隠し、人目を避け、隠遁生活を送る男。彼は昔、商店を営み、地域活動に熱心な好人物だった。だが、親切心ゆえの行動が原因で小児性愛者の疑いをかけられ、信用をすべて失う羽目に。もう人と関わるのが怖い。ひっそりと都会の片隅で生きる男の目に、ある光景が飛び込んできて・・・

胸糞悪さより哀しさを強く感じる話でした。この主人公、ちょっと軽率だったかもしれないけど、一昔前ならただの親切なおじいさんとして一生を終えたことでしょう。でも、実際に性犯罪の手口は年々巧妙化していくから、用心はしなきゃいけないわけで・・・答えが出ない問題だけに、起こってしまった悲劇の酷さが際立ってしました。

 

「わたしが告発する!」・・・両親の事故死により、相続を巡って引きこもりの姉と対立する主人公。諍いの末に、発作的に姉を死に至らしめてしまう。このままでは殺人者としてお先真っ暗。恋人の協力を得て姉の生存を装う主人公の前に、ある日、一人の男が現れて・・・・・

前半、引きこもりの姉の主張があまりにも身勝手なせいで、主人公がカッとなるのも分かるなと一瞬思ってしまったり・・・犯罪がいけないことなのは大前提として、こうならない道はなかったのかと思わざるをえません。できる限り姉にとっても公平な相続対応を考えたり、一度は速やかに自首を考えたりと、主人公の真っ当さが見える分、余計にそう感じます。それにしても彼の恋人、頭脳といい行動力といい常人と思えないのですが、一体何者なんでしょう?

 

「君は認知障害で」・・・大学生の竜騎は、大した目的もなく始めた都会生活になじめず、廃人寸前。大学にもろくに通わず、スマホゲームに熱中する毎日だ。ある日、ひょんなことから老女と知り合った竜騎は、出来心で彼女のキャッシュカードを拝借し、金銭を得る。ところが後日、老女が殺害されたことで、竜騎は殺人の容疑者となってしまい・・・

前の二話の主人公が哀れだったのに対し、この話の主人公は自業自得な面が多々あります。親の金で東京暮らしを送っておきながら「面白くない」という理由でゲーム廃人となり、挙句に他人様の金を盗むなど言語道断。とはいえ、相応の報いは受けるようですし、何より家族に恵まれている描写もあるため、読後感は悪くありません。これを機に死ぬほど反省し、真っ当な人生を歩んでほしいものです。

 

「死にゆく母にできること」・・・強権的な母親に抑圧されて生きてきた主人公。家庭を持ってからもそれは変わらず、小学生の息子を、かつての自分がされたのと同じように支配してしまう。母が闘病生活に入ってからは、介護の疲れもあり、苛立ちが募る一方だ。そんな時、病院から、母の容態が悪化したと連絡が入り・・・

第一話同様、毒親に人生を狂わされた人間が主人公を務めます。この話の場合、健やかな親子関係を知らずに育った主人公が、我が子を辛い目に遭わせてしまうところがやるせなくて・・・でも、夫は理性的な人のようだし、母親から逃げるチャンスはあったかもしれなのになぁ。ラストまで読んでみると、タイトルがなんとも意味深です。

 

「無実が二人を分かつまで」・・・依吹はとあるきっかけで大企業を退職、日雇い労働者として働き始める。勤め先は、空き家や事故物件の不用品回収をする会社だ。ある日、同僚の三田が何者かに襲撃され、意識不明の重体となってしまう。どうやら三田は、会社の脱税を知ったことで襲われたようなのだが・・・

ミステリーとしての構成の緻密さは収録作品中一番だと思います。歌野晶午さんのイヤミス短編で暗号が登場するのって、かなり珍しいのでは?格差社会の現実等、謎解き部分以外の描写にも臨場感が溢れていて、読み応えありました。ラスト、どうにもならない現実と直面して打ちのめされる、三田の恋人の姿が哀しかったです。

 

「彼女の煙が晴れるとき」・・・仕事ばかりで不在がちな家長と、引きこもりの長女。家事と介護に追われる駒音の唯一の楽しみは、将棋道場で顔見知りの老人達と将棋を指すことだ。私はこのまま老いていくだけなのだろうか。鬱々とした日々を過ごす駒音だが、ある日、とうとう限界がやって来て・・・・・

これは気づかなかった!!やたら煙草について触れる箇所が多いなと思ったら、そういうことだったのね。たった一行で真相発覚させる筆致といい、その後あれよあれよと伏線回収されていく流れといい、歌野節全開と言える話です。老人特有のお節介により第二話の主人公は破滅しましたが、今回はいい方向に向かって良かった良かった。

 

「花火大会」・・・花火大会にやって来た麻美、こずえ、綾、花子、そして「わたし」。生憎「わたし」はたこ焼きも食べられないし、記念写真は麻美に抱かれて収まるしかない。つい不満をこぼす「わたし」だが・・・・・

この話だけテイストがちょっと違うなと思ったら、ヤングジャンプ増刊掲載作品でした。わずか三ページという超短編ながら、すっきりまとまっていて伏線もばっちり。最終話に相応しい後味の良さでした。

 

歌野晶午さんといえば叙述トリック、叙述トリックといえば歌野晶午さん・・・といっても過言ではなく、いつもしっかり心構えして読んでいるのに、今回も騙されっぱなしでした。最後の二話がハッピーエンドということもあり、歌野作品の中でも取っつきやすい一冊だと思います。

 

令和ならではの問題がてんこ盛り度★★★★★

家族とは、時に有難く、時に厄介・・・度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    歌野晶午さんの作品はあまり読んでいませんが、まさにグレーの識別を意識する重たい雰囲気があります。それでも読み進めてしまう魅力が良いですね。
    まさに男性のイヤミスというイメージです。
    「首切る島の一夜」はクローズドサークルミステリーの類いでしょうか。こちらも読んでみたいです。
    どれもなかなか重たくビターを通り越した内容ですが一話完結で連作でないのが少し残念ですが読みやすいかも知れません。

    最近読んだ結城真一郎さんの「難問の多い料理店」に似ていますがこれは連作短編集でした。
    9月に毒島刑事の第四弾が出るそうで楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      ものすごく後味悪い作品ばかりなのですが、なぜかすいすい読めてしまう、不思議な一冊でした。
      「首切り島の一夜」は、いかにもクローズドサークルミステリーっぽい設定なのですが、実際はミステリーというより人間ドラマです。
      面白い作品なものの、綾辻行人さんの「十角館の殺人」や夕木春央さんの「十戒」をイメージしていると、肩透かしを食らうかも・・・

      毒島刑事第四弾!!知らなかった!!
      情報ありがとうございます。
      これは久しぶりに買うかもしれません。

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