以前、別作品のレビューで、「<家>という場所には、人をとらえるイメージもある」と書きました。一説によると、<家>は<宀(家)>と<豕(豚)>が組み合わさってできた漢字であり、<豚などの家畜を生贄に捧げた呪法的な護りのある場所>という意味があるんだとか。どの程度信憑性がある話かは分かりませんが、もしこれが本当なら、<家>がホラーやミステリーの舞台になりやすいのも納得です。
前回ご紹介した<家>にまつわる作品はホラーだったので、今回はミステリーを取り上げたいと思います。歌野晶午さんの『家守』。この方の短編集を読むのは久々ですが、安定の面白さで大満足でした。
こんな人におすすめ
<家>をテーマにしたミステリー短編集が読みたい人
洋館で失踪した幼馴染の行方、一人の女性の死から甦る三十年前の悲劇、フリーターに持ちかけられた不可解な仕事、謎めいた死があぶり出す片田舎の人間模様、主婦を悩ませる一家惨殺事件の影・・・・・家が謎を招くのか。謎が家に棲みつくのか。<家>にまつわる五つの罪を描いたミステリー短編集
なにこの密度の濃さ!というのが初読み後の感想です。短編集でありながらどの話もみっちりと中身が詰まっていて、長編一冊読むのと同じくらいの満足感がありました。全体に漂うじめ~っとした雰囲気も、いかにも歌野さんらしくていいですね。
「人形師の家」・・・ふとしたきっかけで、人形師が住む洋館に入り浸るようになった少年三人組。彼らはそこで楽しいひと時を過ごすが、ある日、三人組の一人が失踪してしまう。事件は未解決のまま時が流れ、かつて少年だった二人は再び洋館を訪れた。そこで彼らが目にしたものとは。
自作の人形を愛したピグマリオンの神話と、洋館で遊ぶ少年三人組のエピソード、時を経て明らかになる失踪事件の真相の三つがうまく絡み合っていました。洋館に住む人形師のミステリアスな佇まいも雰囲気たっぷりで、海外の童話好きの心をくすぐりそうですね。私はこの話が一番好きです。
「家守」・・・民家で発見された主婦の死体。当初は不幸な事故かと思われたが、刑事は事情聴取中の夫の態度に疑念を抱く。夫婦の間には思わぬ対立関係があった上、被害者は過去にとある未解決事件と関わっていて・・・・・
メインの謎である主婦不審死事件はいたってオーソドックスなもので、ごくごくシンプルに解決します。ですが、そこで話を終わらせないのが我らが歌野晶午。主婦の死から過去の事件が浮かび上がり、エピローグの述懐に結びつく構成がお見事です。分かってから再読してみると、プロローグはそういう意味だったのね。
「埴生の宿」・・・フリーターの主人公は、身なりのいい紳士から仕事を持ちかけられる。それは、認知症を患う父を慰めるため、数日の間、早逝した次男のふりをしてほしいというものだった。報酬の良さに釣られて引き受ける主人公だが・・・
<びっくりするくらい多額の報酬>だの<仕事の口外や外出禁止>だの、危険フラグ立ちまくりの仕事を引き受ける主人公にハラハラ・・・とはいえそんな単純な話ではなく、予想の斜め上をいく真相にびっくりしました。これ、よくよく考えてみると、極悪人って一人もいないんですよね。主人公ももう少し冷静になれば美味しい思いできたのにな。
「鄙」・・・作家の兄とマネージャーの弟は、慰安のため田舎の温泉を訪れる。そこで遭遇した、一人の男の縊死事件。自殺と思われたそれは後に殺人と断定されるも、間もなく犯人が逮捕され一件落着する。ところが、後に兄は意外な真実に辿りつき・・・・・
前述した通りどの話も密度の濃い本作ですが、中でも一番はこれでしょう。田舎で起こった不可解な首吊り事件の謎といい、そこで渦巻く人間模様といい、長編にしても十分成立しそうなほどです。戦後すぐという時代を生かしたトリックも良かったですね。探偵及び狂言回し役となる兄弟はすごく面白いキャラクターなので、いつか別作品にも出てほしいです。
「転居先不明」・・・引っ越してきたばかりの東京に馴染めず、周囲からの視線に怯える主人公。そんな主人公に、夫は「周りがじろじろ見てくるのは、この家のせいだろう」と告げる。何でもこの家では、過去に一家惨殺事件が起こったそうで・・・・・
密度の濃さでトップを張るのが「鄙」なら、ブラックさではこのエピソードではないでしょうか。主人公夫婦を襲う運命の皮肉さはもとより、作中わずか数ページで語られる<過去に起きた一家惨殺事件>が怖すぎる!正直、これだけでも一つのミステリー小説が出来るのではとすら思います。こういう後味の悪さ、大好きです。
どの話も読後感が良いとは言い難いけれど、どろどろのイヤミスかと聞かれるとそうでもない、不思議な重さ哀しさを味わえました。どことなくコミカルな箇所もあるので、初めて読む歌野作品にいいかもしれません。オチが分かると、タイトルの意味にも納得する話があるので、できれば各話のタイトルまで覚えて読むことをお薦めします。
伏線の張り方が素晴らしい!度★★★★☆
よくこれだけ様々な<家>を思いつくね度★★★★★
歌野さんの作品は1冊だけですが、大変読みたくなりました。
家に纏わるミステリー~人にとって家は、そんな深い意味も込められているようで面白そうです。
埴生の宿が特に興味深いです。
社会人になっても自分が家を持つという感覚はなかったのに一戸建てを持った自分としても新しい発見がありそうな気がします。
早速図書館で探してきます。
歌野さんの作品はクセが強い傾向にありますが、これは万人受けするミステリーだと思います。
持家に住まわれているなら、「家」に対する思い入れも深いでしょうし、色々と思うところがあるかもしれませんね。
感想、楽しみにしています!
私も好きな作品なので、しんくんさんも気に入ってくれてなんだか嬉しいです☆
「鄙」は田舎独特の事情や考え方がよく出ていましたね。
あの兄弟のキャラがかなり好きでした。
二段ある短編集ですがかなり濃密な内容と想像もつかない展開の家に関するミステリーでした。
「鄙」で警察は社会秩序の維持に勤める組織であって、真実を追及する組織ではない~この言葉がずっしりと来ました。
村八分で阻害される人間がいれば、村の内部の繋がり結束力の中は最大の要塞~そんなことを感じました。
大変面白い短編集でした。