はいくる

「紫蘭の花嫁」 乃南アサ

「将来の夢はお嫁さん」・・・実際にそう口にしたり、誰かがそう言っているのを見聞きしたことはあるでしょうか。一昔前まで女性はお嫁にいくのが当然と思われていましたし(今でもそういう考えがないとは言いませんが)、最近は妊娠出産のことを考えて早めの結婚を目指す女性も増えているそうです。美しいウェディングドレスや白無垢に身を包んだ花嫁は、幸福と希望の象徴ですね。

ですが、小説の世界において、花嫁という存在は時に事件のきっかけとなり得ます。日常とかけ離れた美しさや存在感がそうさせるのでしょうか。赤川次郎さんの『花嫁シリーズ』や辻村深月さんの『本日は大安なり』などには事件に巻き込まれる花嫁が登場しますし、コーネル・ウールリッチの『黒衣の花嫁』は世界的な人気を誇る名作です。今回取り上げる作品にも、謎に満ちた花嫁が登場します。乃南アサさん『紫蘭の花嫁』です。

 

こんな人におすすめ

シリアルキラーが登場するスリリングなミステリーが読みたい人

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その日、一人の花嫁がウェディングドレスの試着中に姿を消した---――執拗に追ってくる男から逃げ続ける花屋の女性店員・夏季。時同じくして、神奈川県下では残忍な連続殺人事件が発生。被害者たちには不可解な共通点があり、同一犯による犯行が疑われるが、いっこうに犯人逮捕に至らない。行き詰る捜査に刑事部長・小田垣は頭を抱えるが、彼には唯一、心の慰めがあった。追う者と追われる者、勝負の行方は果たして・・・

 

本作が初めて世に出たのは一九九二年。時代が時代な分、スマートフォンもSNSもありませんし、事件の重要なキーワードとしてダイヤルQ2が登場します。この辺りが引っかかる人もいるかもしれませんが、一部の文化やテクノロジーの描写を除いて古くさい印象はほとんどないのでご安心を。人間の、とりわけ男と女の愛憎劇は、いつの世でも変わらないということなのかもしれませんね。

 

三田村夏季は花屋で働く従業員。男に付きまとわれており、逃亡のために職を転々としています。同じ頃、相次ぐ連続女性殺人事件が世間を騒がせていました。被害者たちには死因や遺体の状況に共通点があるものの、捜査はなかなか進展せず、刑事部長の小田垣は懊悩します。実はこの時、女を憎んで止まない連続殺人鬼が、新たな獲物を見つけようとしていたのです。

 

物語を構成する世界は主に四つ。男に追われ続ける花屋店員・夏季の逃亡劇、連続殺人事件を追う刑事・小田垣の捜査、小田垣とバーのホステス・摩衣子との交流、幼い頃から女性に屈折した愛憎を抱き続けてきた連続殺人鬼の生き様の四つです。さらにそこに、冒頭、ウェディングドレスを試着している最中に失踪した花嫁の存在が絡んでくるんですが・・・一体この花嫁はどこに繋がるのか。被害者なのか、それとも加害者なのか。現在の出来事なのか、はたまた過去なのかがさっぱり分からず、ラストまで一気読みしてしまいました。

 

これは他の乃南作品にも言えることなんですが、ミステリーといってもトリック重視のガッチリしたタイプではなく、人間同士の心理戦がメインなんですよね。そのせいか、物理的な思考回路をまるで持ち合わせていない私でもすんなり物語に入り込むことができて嬉しいです。本作にも巧みな心理描写を活かした仕掛けが施されていて、身構えていたにも関わらずあっさり騙されてしまいました。加えてもう一つ、連続殺人鬼の犯行が生々しくて・・・この辺、苦手な人はちょっと用心が必要かもしれません。

 

でも、終盤の伏線回収から繋がる真相解明シーンも見事ですが、一番インパクトあるのはラスト一ページでしょう。これって、つまりそういうこと・・・?ネタバレになるのであまり詳しくは書けませんが、このラスト、いくらでも深読みできそうです。

 

話の先が全然読めない度★★★★☆

ラスト一ページで変な声出た度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    バブル崩壊前後の作品ですね。
    ストーカーという認識がない時代にストーカーより怖いシリアルキラーに追い掛けられる女性の心理がリアルに感じられそうです。
    乃南アサさんは結婚をテーマにしたミステリーは面白い作品が多いので楽しみです。

  2. しんくん より:

    1992年~自分が高校生の頃、パソコンが88、98の頃のストーリーですね。
    乃南アサさんらしい結婚を挟んだ心理戦重視のミステリーは大変面白そうです。
    メールがない時代の心理戦と駆け引きは「ウツボカズラの夢」以来興味深いです。
    インパクトあるラストも楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      こういうスリリングなミステリーは乃南さんの十八番。
      登場人物がネット検索を使わない等、現代とは違う描写が多いものの、まったく違和感を感じませんでした。
      ラストシーンは色々と深読みできそうで怖いです。

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