はいくる

「出版禁止 死刑囚の歌」 長江俊和

自慢して言うようなことではありませんが、私は単純な人間です。物事の裏側を読んだり、水面下に秘められた事実を察するというのが苦手。おかげで昔からさんざん「鈍い」「KY」と言われたものです。

ですが、読書においては、鈍感さが役立ったこともあります。どんでん返しが仕掛けられた小説を読む時、作中の手がかりからオチを見抜くという器用さが全然ないため、真相判明時にはいつも特大のビックリを味わえるのです。綾辻行人さんの『十角館の殺人』や歌野晶午さんの『葉桜の季節に君を想うということ』の真相を知った時なんて、本当に「ええーっ!?」と声に出して驚いたものだっけ。今回ご紹介する作品にも、世界がひっくり返るようなどんでん返しが用意されていました。長江俊和さん『出版禁止 死刑囚の歌』です。

 

こんな人におすすめ

・ノンフィクション風ミステリーが読みたい人

・どんでん返しが仕掛けられた小説が好きな人

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幼い姉弟が無残な死体となって発見された<柏市・姉弟誘拐殺人事件>。二人を殺したとして自ら出頭したホームレスは、反省も謝罪も一切口にしないまま死刑判決を受け、刑死した。それから四年後、とあるマンションで夫婦の遺体が発見され、先の誘拐殺人事件との思わぬ繋がりが浮かび上がる。姉弟を殺したのは本当にあの男なのか。だとしたら、その真の動機は何なのか。不可解な夫婦殺害事件の真相は果たして---――ルポの積み重ねによって描かれる、驚天動地のサスペンスミステリー

 

『放送禁止』というテレビ番組をご存知でしょうか。これは、「何らかの事情で放送禁止となったVTRを特別に放送する」という<設定>の番組、いわゆる<モキュメンタリ―>です。一見単純な事故や自殺が、画面にちらりと映るポスターや通行人、テレビ番組のテロップなどの情報を繋ぎ合わせることでガラリと様相が変わり、驚愕の真実が浮かび上がる仕掛けになっています。本作はその小説版であり、著者の長江俊和さんは『放送禁止』の監督であり脚本家。映像版の良さはしっかり受け継がれている上、ストーリーは小説オリジナルなので、『放送禁止』を見たことある方もない方も両方楽しめると思います。

 

一九九三年、「悪魔に指示された」というホームレス・望月の手で幼い姉弟が犠牲となる殺人事件が発生します。死刑判決を受けた望月は被害者にも遺族にも一切謝罪しないまま刑死。それから時は流れ、二〇一五年、都内のマンションで住民の夫妻が遺体となって発見され、夫妻の娘もまた意識不明の重体となる事件が発生。三人の口の中には短歌が掲載された雑誌の切り抜きが詰め込まれていましたが、その歌は先の殺人事件で死刑判決を受けた望月が獄中で詠んだものでした。ここでさらに衝撃の事実が判明します。今回の事件で犠牲となった夫妻は、望月によって殺害された姉弟の両親だったのです。これは果たして何を意味するのか。夫妻の殺人事件と、過去の姉弟殺人事件には関連があるのか。事件についていくつものルポが書かれ、そのたびに新たな事実が発見され、やがて驚くべき真相が明らかになっていきます。

 

あらすじからも分かる通り、本作は決して明るい雰囲気の作品ではありません。メインの殺人事件はもちろん、繰り返し出てくる児童虐待やいじめ場面は悲惨の一言。特に、幼い子どもが蹂躙される箇所は本から目を背けたくなるほどです。救いは、<ライターによって書かれたルポ>という設定上、描写が淡々と乾いているということでしょうか。こういう事件が、フィクションだけではなく、現実でも数えきれないほど起こっているというところがまた怖いです。

 

とはいえ、読むのをやめたくなるかと問われると、答えはノー。ルポが出るにつれ明らかになる新事実、ちょっとした記述の違和感、獄中で望月が詠んだ歌に込められた意味、望月のもとを訪れていた面会人の正体等々、気になる謎が多すぎて、ページをめくる手が止まりませんでした。このどんでん返しは、ネタバレを避けるとすごくレビューしにくいのですが、とりあえず、紹介される和歌は目を皿のようにして読んでおけ、とだけ言っておきます。

 

ちなみに、これは映像版『放送禁止』にも言えることですが、このシリーズでは作中においてはっきりとした謎解きは行われません。探偵役が出てきて真相解明してくれるとか、エピローグで真犯人の手記が発見されるとかいう展開は一切なし。本作も、あくまで事件についてライターがルポを書いているだけであり、<ルポの中に手がかりはあるから、読者は自由に推理して真相を見抜いてね>という構成となっています。ここで活躍するのは、インターネット上の解説サイトの存在です。作中の文章をピックアップして懇切丁寧に解説してくれているものから、閲覧者同士で推理合戦を繰り広げているものまで、様々なサイトがあって、これをチェックするだけで半日潰れそうなほどでした。「小説は小説内だけで完結すべき。真相を明示しない小説など邪道」という方には不向きかもしれませんが、これだけネット文化が発達した現代、こういう作品もアリなのではないでしょうか。小説版を読んだことだし、『放送禁止』テレビ版と映画版も見直したくなってきたなぁ。

 

前半と後半で登場人物の印象変わりすぎ度★★★★☆

彼と彼女に救いがありますように度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    中山七里さんと櫛木理宇さんを合わせたような辛辣で壮絶~それでいて読むのが止められない~そんなイメージです。
    ネットによる誹謗中傷は大変な問題ですが、逆に今まで声が上げられなかった虐待や決して世間に知られることがなかった因習や苛めなど広く知られるようになったことは、利点でもあったと思います。
    ネットは良い意味でも悪い意味でも影響が大き過ぎる。ペンは剣より強し~ネットはそれ以上だと思って慎重に使うべき~そんな考えと時代の流れもありそうです。
    これは読んでみたい作品です。

    1. ライオンまる より:

      仰る通り、ネット文化がこれだけ広がったからこそ出てきた作品だと思います。
      そこをアンフェアだと捉える向きもあるようですが、時代の変化に合わせて変わっていくのが文化の常。
      これはこれで大いにアリなのではないでしょうか。
      壮絶な部分も多いですが、私は大好きです。

  2. しんくん より:

    読み終えて櫛木理宇さんの作品に似ている~オチがまさに「虜囚の犬」そのものだと感じました。
    幼い姉妹を殺害した望月という男の隠していた事実が最後で分かった時まさにそう思いました。
    ルポタージュを通した見事な仕掛け、和歌に隠された望月の本音~社会への罪を問いかける内容と展開。
    あまり気分の良い作品ではないですが大変に読み応えのある作品でした。
    映像化して欲しいですね。
    今年の締め括りに相応しい1冊でした。
    良い作品をたくさん紹介して頂いてありがとうございます。
    来年もよろしくお願いいたします。

    1. ライオンまる より:

      虐待を主軸に据えた構成は、櫛木理宇さんの作風と通じるものがありますね。
      本作では、一部の登場人物に一縷の希望があるところが救いです。
      いじめの真の首謀者は、もっと痛い目に遭っちまえと思いますが・・・

      こちらこそ、本の話をたくさんすることができて楽しかったです。
      レビューもいつも楽しみにしていますよ。
      2021年もよろしくお願いします。

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