はいくる

「汝の名」 明野照葉

<演技>という言葉には、二つの意味があります。一つは、見物人の前で芝居や曲芸などを行ってみせること。もう一つは、本心を隠して見せかけの態度を取ること。前者の場合、行うシチュエーションは限られてきますが、後者はいたって日常的な行為です。

<見せかけの態度を取ってばかりの人間>と言うと、なんだか信用できないような気がしますが、本音と建て前があるのが世の常。物事を円滑に勧めるため演技することは、必ずしも悪とは言えません。しかし、あまりに演技が過ぎると、予想外の落とし穴が待ち受けているかも・・・・・この作品を読んで、そんな恐怖感を感じました。明野照葉さん『汝の名』です。

 

こんな人におすすめ

女同士の愛憎を描いたドロドロサスペンスが読みたい人

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人目を引く美貌、卓越したビジネスセンス、魅力的な男。若き女社長・麻生陶子は、それらすべてを持つカリスマ的存在として闊歩する。その美しい顔の下に、徹底した計算高さを潜ませながら。そんな陶子に下僕のように奉仕する妹・久恵。歪ながら均衡を保っていた二人の関係が、ある日を境に狂い始める。果たして演技をしているのは誰なのか。各々が被る仮面が剥がれた時、明らかになった真実とは。

 

明野照葉さんと言えば、女性のネガティブな面を書くのが上手な作家さんというイメージですが、そのイメージに違わない嫌な女のオンパレード!これでもかこれでもかと続く女性特有の陰湿さ、嫌らしさに「もうやめてくれー」と言いたくなります。とはいえ、ただやみくもに性格が悪いだけでなく、愚かながら悲しい部分も匂わせる辺り、本当に上手いなと思いました。

 

主人公・麻生陶子は人材派遣会社を経営する女社長。ルックスにも経営手腕にも恵まれ、異性にも不自由しない陶子は、周囲から尊敬と憧れを集めています。陶子には、陶子を崇拝する久恵という妹がいました。引きこもりの久恵に家事一切を任せ、時にストレス発散のため暴力を振るうことさえある陶子。どれほど罵られても殴られても、陶子が本心を見せられるのは自分だけと喜ぶ久恵。それなりに成り立っていた彼女達の関係は、陶子が心から愛する男の出現により軋み始めます。

 

何よりインパクトあるのは、ダブルヒロインである陶子と久恵のキャラクター描写でしょう。華やかで外交的、時として激しい攻撃性さえ見せる陶子。ひたすら消極的で内に籠り、自分の不運を嘆いてばかりの久恵。一見対照的に思える二人ですが、一皮剥くと、実はよく似ていることが分かります。陶子には久恵のような陰気さが、久恵には陶子のような攻撃性があることが見えてきます。まあ、人って本来そんなものなのかもしれませんね。

 

で、ここでポイントとなるが、最初に書いた<演技する>ということ。陶子が経営する人材派遣会社のスタッフの多くは役者です。結婚式や販売会でのサクラはもちろん、離婚話を有利に進めるため配偶者にハニートラップを仕掛けたり、リストラ候補者を自分から退職させるためヘッドハンターになりすまして偽の引き抜き話を持ちかけたりします。一方、久恵はひょんなことから知り合った老人たちが小金を持っていることに気付き、薬剤師のふりをして相談に乗ったり、お使いを引き受けてあげたりします。そして、彼らから少しずつ金銭を吸い上げて行くのです。どちらも酷い話ながら、犯罪として摘発するのは非常に難しいでしょう。<演技する>ことを武器に目的のものを手に入れて行く陶子と久恵。何より彼女達自身、ある大きな秘密を隠すため<演技>しているのですが・・・・・この秘密の真相と、そこにまつわる反転劇に女の恐ろしさを感じました。

 

ミステリとしての色合いは薄く、二人の秘密自体も割とあっさり分かってしまうのですが、上下関係を変えながらじわじわ攻防戦を繰り広げる展開はとてもスリリングでした。かといって、真梨幸子さんや沼田まほかるさんほど濃厚ではないので、イヤミスを読みたいけど怖すぎるのは嫌・・・という人向きかもしれません。視覚的なトリックがあるわけではないため、映像化しても面白そうですね。その時は、陶子役は沢尻エリカさん、久恵役は尾野真千子さんなんてどうでしょうか。

 

一生演技し続けるなんて不可能だよ度★★★★☆

彼女達の戦いは今後も続く・・・?度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    未読の作家さんですが、なかなかの見事そうなイヤミス要素を感じます。
    人間誰でも演技をして仮面を被っていると思いますが、どのように使うかどのタイミングで演技をするのか?
     かなり奥の深い事情があるようでも読みやすそうです。
     女性同士の攻防も面白そうです。

    1. ライオンまる より:

      結末をあえてはっきり書かないという作風の作家さんで、そこが好きと言う人、嫌だと言う人が分かれるようです。
      ただ、本作の場合、そのあやふやさ加減がいい方向に作用していると思いました。
      万人受けするタイプの作風ではないかもしれませんが、機会があれば、ぜひ!

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