ここ数年で、<ルッキズム>という言葉を聞く機会が激増しました。これは外見を重視する考え方のことで、<外見至上主義><外見重視主義>という言い方もします。一般的に使われるようになったのは最近のような気もしますが、実は日本でも昭和から存在した価値観です。
もちろん、脊椎動物である以上、見た目に左右されるのもある程度は仕方ないのかもしれません。無垢な赤ちゃんが薄汚れたオモチャに目もくれず、ピカピカでカラフルなオモチャに惹きつけられるのも学問的にはルッキズム扱いされるそうですが、これを責められる人はいないでしょう。要は、自分の中できちんと常識やモラルを持ち、折り合いをつけることが大切なのだと思います。そうでないと、この作品の主人公のようになってしまうかも・・・・・今回取り上げるのは藤崎翔さんの『みんなのヒーロー』です。
こんな人におすすめ
小悪党目線のサスペンスミステリーが読みたい人
かつて特撮ヒーローとして注目を集めながら、今や泣かず飛ばすの俳優・堂城駿馬。憂さ晴らしとして大麻を楽しんだ帰り道、路上で寝ていた男をひき逃げしてしまう。薬物にひき逃げだなんて、バレたら芸能人としても社会人としてもお先真っ暗。戦々恐々と毎日を過ごす駿馬の前に、駿馬のファンを名乗る女が現れた。「あの夜、偶然あなたのひき逃げの一部始終を撮影していた。警察にバラされたくなかったら、私と結婚してください」。女に対し嫌悪感しか抱けない駿馬だが、背に腹は代えられず、嫌々ながら結婚する羽目に。ところがこの一件により、駿馬の人生が思いがけない形で変わり始め・・・・・悪党達の二転三転する欲望劇を描く、ノンストップ・サスペンスミステリー
藤崎翔さんの著作には『指名手配作家』『モノマネ芸人、死体を埋める』などのように、犯罪者目線で進むものが色々あります。ただ、それらがどちらかというとコミカルだったのに対し、本作の雰囲気はなかなかにブラック。傾向としては『逆転美人』に近いかもしれません。最近、軽妙な藤崎作品に慣れきっていたので、結構新鮮でした。
主人公・堂城駿馬は、すっかり落ち目になった元ライダー俳優。ストレス解消のため大麻を吸うのが数少ない楽しみです。そんなある日、一服やって車で帰る道すがら、駿馬は車道で寝ていた老人を撥ね、そのまま逃げてしまいます。大麻に手を出した挙句にひき逃げだなんて、もし露見すれば人生終わったも同然。生きた心地もせず過ごす駿馬の前に、鞠子という女が現れました。「あの夜、あなたがひき逃げする瞬間をスマホで撮影しました。黙っておく代わりに、私と結婚してください」。お世辞にも美しいと言えない鞠子に脅迫されての結婚に、強い拒否感を抱きつつ応じる駿馬。ところが、この結婚が世間に知られた途端、駿馬は『ルックスにこだわらない、真のイケメン』ともてはやされるようになります。好感度は急上昇、仕事も上り調子。順風満帆なはずなのに、家には嫌悪しか感じない妻がいる。駿馬はどうにか現状を打破しようとするのだが・・・・・
と、こういうあらすじから察せられる通り、堂城駿馬は藤崎ワールドの歴代主人公の中でもトップクラスにしょうもない男です。一番悪いのは序盤の大麻&ひき逃げなのでしょうが、ここはものすごくさらりと描かれているので、正直、強い印象は残しません。それより強烈なのは、駿馬のルッキズムに凝り固まった考え方です。なるほど、確かに自業自得とはいえ、脅迫されての結婚は嫌なものでしょう。ただ、駿馬が鞠子との結婚を嫌がるのは脅迫されたからではなく、鞠子の(駿馬曰く「朝青龍に似ている」)容姿のせい。実際、後半になって、「同じ状況でも、脅迫者が美人ならむしろこっちからプロポーズしていた」と語るほど、ルックスを重視しています。おまけにこの時点で、鞠子は強引でエキセントリックな面はあるものの、家のことはしっかりこなしています。また、意外と目端と機転の利く鞠子のおかげで、駿馬はバラエティ番組やCMにどんどん呼ばれ、俳優業でも盛り返していきます。それらすべてについて何一つ思うところもなく、そもそも自分が犯した犯罪は棚に上げ「妻があんなデブでブスだなんて」と不満たらたらの駿馬のなんと浅ましいことか。「お前に人をどうこう言う資格あるのか!」と平手打ちの一つくらいかましたくなってしまいます。
とはいえ、ここが藤崎翔さんの上手いところなのですが、本作は駿馬視点の章と鞠子視点の章が両方出てくる構成になっています。駿馬視点で彼は自分本位のクズですが、鞠子視点の章で、共同生活を送る上での絶望的なかみ合わなさも分かるため、「まあ、どっちもどっちだよね」と思えてしまうんです。おかげで、駿馬のルッキズム偏重っぷりに一方的にイラつくことなく、人でなし達のドタバタ人間模様を楽しむことができました。というか、改めて考えてみると、本作って見渡す限りほぼ全員が悪玉でやんの・・・・・
また、藤崎翔さんらしい小ネタを味わうことができるのも、本作の面白さの一つです。お笑いコンビ<ヘプバーン>の若森、トーク番組<べしゃりセブン>に<マメトーーク>、ベテラン芸人コンビ<びぃふしちゅー>etcetc。元はあれだなと分かる芸能ネタの数々に、何度もニヤリとさせられました。加えて、今は容姿を侮辱する台詞は放送できないから、鞠子の外見についてコメントする時、<デブ><ブス>といった言葉を出さないよう違う表現をひねり出す等々、現代のテレビ事情に触れた部分も興味深かったです。これって、そもそも人の容姿をネタにしなければいいじゃん!で済む話なんですけどね。
ところで、藤崎翔さんの著作リストを見ていて気付きましたが、執筆ペースがものすごく早いですね。二〇二四年なんて、本作を含めて四作も新作を刊行してくれています。このアイデア力も、元お笑い芸人という経歴ゆえでしょうか。大好きな『お梅は呪いたい』の続編も出たし、二〇二五年も藤崎翔さんにはたっぷり楽しませてもらえそうです。
ルッキズムに囚われすぎるとドツボだね度★★★★★
もういっそ自首した方が楽だったろうに・・・度★★★★☆
殺人を犯して逃亡して家に頃が込んで女性と作家・漫画家として暮らす「指名手配作家」もありましたが、似ている気がします。
犯罪者目線に実際に殺人を犯して逃亡しながら生活する設定はハラハラします。これも面白そうです。
湊かなえさんの新作も届きました。
森永卓郎さんの作品もありますので、読み終わったら予約します。
犯罪者目線という点では「指名手配作家」と同じですが、他人の容姿をこき下ろす描写が多いせいか、本作の方がずっと生臭い感じです。
一番重要であるはずのひき逃げ事件について途中からほとんど触れられなくなるところが、主人公の浅はかさを表していたと思います。
こちらはやっと「ぎんなみ商店街」が届きました!
Brother編とSister編、まとめて読みたかったので同時配本予約をしたら、届くまで時間がかかることかかること・・・
三連休、読むのが楽しみです。