はいくる

「満月ケチャップライス」 朱川湊人

<超能力>という言葉を聞くと、なんだかわくわくしてきます。手を触れずに物を動かしたり、未来の出来事を見通したり、一瞬で遠く離れた場所に移動したり・・・文字通り、普通の人間の力を超えた能力だからこそ、余計に憧れが募ります。

超能力を扱った創作物の場合、その能力を使って敵と戦うアクション作品と、異能を持つがゆえに悩み苦しむ超能力者を描いたヒューマンドラマの二パターンに分かれることが多いです。前者は派手で迫力ある展開になるからか、漫画や映画でよくありますね。『X-MEN』などのようなアメコミ作品がその代表格でしょう。今回は、後者の作品を取り上げたいと思います。朱川湊人さん『満月ケチャップライス』です。

 

こんな人におすすめ

超能力が出てくる、悲しくも心温まる物語が読みたい人

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あの人は、僕たちに大切なことを教えてくれた---――多忙な母に代わって、家事と妹の世話を引き受ける中学生・三田村進也。そんな彼の前に、ある日、モヒカン頭の不思議な男<チキさん>が現れる。臆病で寂しがり、料理上手な上に超能力まで使えるチキさんによって、三田村家には明るい笑顔が戻ってくる。ところが、チキさんの能力を狙う怪しい連中が現れて・・・・・短いけれど確かに在った、温かくて切ない家族の物語。

 

朱川さんお得意の<大人になった主人公が過去の出来事を振り返る>というストーリー。ただ、いつもはこの<過去>が昭和であることが多いのですが、本作で語られるのは一九九〇年代半ば。時事ネタもふんだんに盛り込まれているので、当時を知る読者ならきっと感情移入してしまうと思います。

 

主人公の進也は、働く母の代わりに家事と足の不自由な妹の世話を一手に引き受ける中学生。妹・亜由美の足が不自由になったのは、進也が目を離した隙に怪我をしてしまったからでした。その出来事がきっかけで両親が離婚したこともあり、進也は「家族を不幸にしたのは僕なんだ」と自分を責め続けています。そんなある日、母が酔っぱらって家に連れてきたモヒカン男の<チキさん>。成り行きで同居することになった彼は少し変わっているけど料理上手、おまけに不思議な力の持ち主で、進也と亜由美にもその力を分けてくれるのです。

 

前半、チキさんと子どもたちが仲良くなり、一緒に食事の用意をしたり遊園地に行ったりする描写は、とてもほのぼのしていて心が温かくなります。ここで出てくる料理の数々が、いい意味で庶民的で美味しそうなんですよ。タイトルでもある満月ケチャップライスをはじめ、とろけるチーズを詰めて焼いたチキンに、レトルトカレーを使って作ったパスタ・・・何気ない家事を一緒に行うことで距離が縮まることって、現実にもありますよね。過去の出来事のせいで子どもらしさを封じ込めていた進也や、障碍のために引っ込み思案だった亜由美がどんどん明るさを取り戻していく様子は幸せそのものでした。

 

ところが、チキさんの背景が分かって来ると、物語に不穏な空気が漂い始めます。チキさんにはスプーン曲げができる程度の超能力があり、かつては超能力少年として持て囃されながら、たった一度のインチキが暴かれ人気は凋落。この時の騒動がきっかけで母親が自殺し、実家とは絶縁状態という過去があります。さらに、その超能力を他人に<分ける>ことができるため、怪しげな宗教団体から入信するよう迫られていました。この団体、固有名詞は出て来ませんが、明らかにオウム真理教。坂本堤弁護士一家殺害事件や松本サリン事件、地下鉄サリン事件も出てきて、当時を知る者としては胸が苦しくて仕方ありませんでした。ただ、この宗教団体が絡んでくる展開が少しも不自然でなく、するりと読ませてしまう筆力はさすがだと思います。

 

これはすべての朱川作品に共通することですが、異能それ自体が人を幸せにするわけではありません。チキさんは本物の超能力者であるものの、亜由美の足を治すことも、カルト教団の犠牲者を生き返らせることも、こじれた実家との仲を修復することもできないのです。それでも、自分の持つ力でできることをしようと模索し続けたチキさんは、本当に優しい人なんでしょう。その優しさゆえに周りに翻弄され続けたチキさん・・・彼の運命を思うと、やるせなくてなりませんでした。

 

あの宗教団体が絡んでいることもあり、物語は百点満点のハッピーエンドを迎えるわけではありません。進也も亜由美もチキさんも、悲しい別れを経験します。それでも、彼らが過ごした優しい時間は決して無意味なものではない。最後の一文で、そう確信することができました。この記事を書いている時に知りましたが、満月ケチャップライスはドラマ『本棚食堂』で再現されたとのこと。レシピもあるので、今度、うちで作ってみようと思います。

 

彼らは確かに<家族>だった★★★★★

幸せだったからこそ、切なく寂しい度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    図書館でよく見る名前ですがまだ未読でした。
    超能力に宗教、オウム真理教に地下鉄サリン事件まで出てくるとは重たい雰囲気ですが、大変に興味深い展開です。
    進也の心理や様子、母親が酔っぱらってモヒカン男を連れ込むなど盛り沢山の要素にストーリーもいろいろあり読み応えがありそうです。
    新しい作家さんが開拓出来そうです。

    1. ライオンまる より:

      ファンタジックな物語に現実的な要素を上手く落とし込むのが朱川さんの持ち味です。
      「都市伝説セピア」「花まんま」などの短編集の方が有名ですが、私は本作のような長編も好きなんですよ。
      機会があれば、ぜひ!

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