はいくる

「蜜蜂と遠雷」 恩田陸

インドア派の趣味の代表格と言えば、「読書」「映画鑑賞」「音楽鑑賞」といったところでしょうか。その内、前の二つは私も大好きですが、「音楽鑑賞」は今一つ馴染みがありません。ドラマや映画の主題歌になった人気曲や、音楽の教科書に載るような有名クラシックをいくつか知っているくらいです。

とはいえ、音楽が嫌いなわけではないですし、音楽をテーマにした小説も大好きです。中山七里さんの『岬洋介シリーズ』や森絵都さんの『アーモンド入りチョコレートのワルツ』などは図書館で何度も借りましたし、毛利恒之さんの『月光の夏』に至っては感動のあまり即座に映画版のビデオをレンタルしたほどです。そして、音楽小説の名作といえば、これを外すことはできないでしょう。恩田陸さん『蜜蜂と遠雷』です。

 

こんな人におすすめ

ピアノをテーマにした小説が読みたい人

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彼は『ギフト』か、それとも『災厄』か・・・・・優勝者は後に著名な音楽コンクールで勝つというジンクスがあり、近年注目を集めている芳ヶ江国際ピアノコンクール。今年もそこにはピアノに魅せられた多くの若者が集まった。ピアノすら持たず、養蜂家の父と各地を転々として暮らす少年・風間塵。かつて天才少女の名を欲しいままにしながら、母の死以降、長くピアノから遠ざかっていた栄伝亜夜。卓越した才能と貴公子風のルックスから<ジュリアードの王子様>と呼ばれるマサル・カルロス・レヴィ・アナトール。音大時代に優れた成績を残しながらも、卒業後はサラリーマンとなった高島明石。その他、多くの才能ある男女がライバルたちと、何より自分自身との戦いを繰り広げる。熾烈な争いを勝ち抜き、頂点に立つのは果たして---――

 

史上初、直木賞と本屋大賞の同時受賞という快挙を成し遂げた本作。実はこの本、もっと早く読めていたはずでした。図書館で予約し、やっと順番が回って来たものの諸事情でどうしても取り置き期間内に受け取りに行くことができず、泣く泣く予約をキャンセル。その後、五〇〇件を超す予約が入っていたため、再び順番が来るのに二年近く待ちました。そういう経緯があったため、ようやく本を受け取れた時は、思わずガッツポーズを取ったものです

 

待っている間、期待が高まりすぎていた分、実際に読んだら物足りないのでは・・・とも思いましたが、蓋を開けてみれば杞憂でした。生き生きしたキャラクター造形や、コンクールの勢いある展開も面白かったですが、何より素晴らしいのは壮大な演奏シーン!演奏者が変わるごとに曲へのアプローチが変わり、そこから広がる物語も変わる。音楽を文章で表わすって難技なはずなのに、恩田さんの手にかかると、彼らの音楽が聞こえ、その世界が目に見えるようです。この辺に関しては、私がぐだぐだ書き連ねるより実際に読んで味わってほしいんですが・・・とりあえず「文字を読みながら映像が広がるという経験ができた」とだけ言っておきます。

 

そんな物語を盛り上げるのは、これまた恩田ワールドらしい、魅力たっぷりの登場人物たちです。主要登場人物は、ピアノを持ってすらいない異色の天才・塵、母の死のショックから一時期ピアノと離れていた亜夜、容姿と才能に恵まれた<ジュリアードの王子様>ことマサル、音楽の道を断念してサラリーマン生活を送っていた明石の四人。この他、審査員のナサニエルや三枝子、亜夜を支える女友達の奏、コンクールのドキュメンタリー番組を撮ろうとする明石の元同級生・雅美など、脇を固めるキャラクターたちも個性に溢れています。亜夜とマサルが実は幼馴染だったりとか、ナサニエルと三枝子が元夫婦だったりとか、漫画のようでいながら奥行のある人間模様もいいんだよなぁ。個人的には、一見地味なようでいてそうじゃない明石と、彼をしっかりと受け止める妻の物語が好きでした。

 

この手のコンクールものの場合、参加者同士の足の引っ張り合いなど、陰湿な面が描かれることが多いですが、本作の場合、そういったドロドロ展開はほとんどなし。あるのはただ、天才同士が触発し合い、前へ前へと進んでいく群像劇だけです。おかげで嫌な気分になることもなく、彼らの側でコンクールを見ている気分になりながら一気読みできました。最近知ったのですが、本作は松岡茉優さん主演で映画化されるとのこと。この圧倒的な世界観をどう映像化するのか、今から気になって仕方ありません。

 

<音楽を外に連れ出す>の意味とは果たして・・・度★★★★☆

最終ページをめくるのは読み終わってからにして度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    恩田ワールド全開の作品でしたね。
    流石に直木賞・本屋大賞のW受賞したと思うほどの臨場感がありました。
    中山七里さんの岬洋介シリーズ以上にコンサートのピアノの演奏と会場の興奮が伝わってきそうでした。
    ピアノにかける情熱と意気込み~コンクールにかけるそれぞれの人生背景と想いを丁寧に描いていました。
    養蜂の仕事をもう少し詳しく描いて欲しかったと思いましたが、ピアノに人生をかける熾烈で真っ直ぐな情熱に感動した作品でした。
    2年も待った甲斐があったと満足出来たと思います。
    映画化も楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      音楽を扱った小説はとにかく描写力が物を言いますが、本作に関しては文句なし。
      登場人物たちが生み出す音が聞こえるようでした。
      待った時間が長い分、満足感も大きかったです。

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