はいくる

「暗い越流」 若竹七海

別の記事で、「小説が映像化されると、世間一般の認知度・関心度が一気に上がる」と書きました。<はいくる>の場合、それが一番顕著に表れたのは、山本文緒さんの『あなたには帰る家がある』。ドラマ化が発表されるや否や、記事の閲覧件数が一日で三千件を越し、仰天したものです。

ここ最近は、若竹七海さんの著作を検索してこのブログを見つける方が多いようです。これは恐らく、若竹さんの『葉村晶シリーズ』が、NHKで『ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~』としてドラマ化されたからでしょう。私も視聴しましたが、シシドカフカさんの乾いた演技が葉村晶のイメージにぴったりで、とても面白かったです。せっかくなので流れに便乗し、若竹七海さんの短編集『暗い越流』を取り上げたいと思います。

 

こんな人におすすめ

ブラックな短編ミステリーが読みたい人

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遺骨を巡る依頼遂行中に出くわした<蠅男>の正体、死刑囚宛のファンレターが導き出す恐ろしい悪意、とある失踪事件を追う編集者が見つけた真相、銃を持った立てこもり犯が突きつける一つの要求、資産家の死がもたらす思わぬ余波・・・・・最後の一ページで、読者はきっと驚愕する。人間の底知れぬ愚かさと悪意を描いた珠玉のミステリー短編集

 

全五話の収録作品中、二話は葉村晶主役、三話はノンシリーズの短編です。シリーズ作品が含まれているとはいえ、「葉村晶という女探偵が主人公だよ」という程度のことを知っていれば大丈夫なので、未読の方でも問題なし。また、これまでのシリーズを読んだことがある方なら、相変わらず満身創痍になりまくりな葉村晶の姿に、ついにんまりとしてしまうことでしょう。ノンシリーズ作品のレベルも高く、外れが一つもない短編集でした。

 

「蠅男」・・・別荘から母親の骨壺を取ってきてほしいという依頼を受けた葉村晶。依頼人は過去に別の探偵に同じ依頼をしたが、その探偵は行方知れずになったという。葉村は依頼遂行のため別荘を訪れるが、そこで<蠅男>に襲撃され・・・・・

第一話から散々な目に遭う葉村晶に、これぞ若竹ワールドだよなぁとしみじみ(笑)事件自体はどことなくオカルトな雰囲気が漂っていて、ホラー好きの心をくすぐります。とはいえ真相は現実的なものですし、最後にさらにもうひとひねり見せてくれる構成がとても好みでした。どうして若竹さんは、女性の嫌らしさを描くのがこんなに上手なんだろう・・・

 

「暗い越流」・・・無差別殺人を犯し死刑判決を受けた男に届いたファンレター。この手紙に引っかかりを覚えた弁護士は、<私>に調査を依頼する。調べによると、差出人の女性は五年前から失踪中。おまけに彼女の家は、くだんの死刑囚の家と目と鼻の先であり・・・

日本推理作家協会賞受賞作品です。さすが受賞作というべきか、収録作品中最も少ない分量でありながら、謎解きが進む流れも明かされた真相の惨さも秀逸の一言。さらに面白いのは、最後の最後でもう一つの<事件>の存在が仄めかされるところです。わずか四ページ足らずで語られる殺意の冷たさ鋭さに、背筋が凍りそうでした。正直、メインの事件よりよっぽど衝撃度が高かったです。

 

「幸せの家」・・・ライフスタイル雑誌の女性編集長が失踪した。どうやら彼女は、複数の相手を恐喝していたらしい。女性編集者とライターは、編集長の行方を捜すため、彼女が失踪前に接触していた相手を訪ねて回るのだが・・・・・

タイトルから察するに全然幸せじゃないんだろうなと思ったら、案の定でした(笑)いや、確かに主人公は幸せなんだろうけど、これって・・・第二話同様、メインの事件そのものより、終盤で明らかになる予想外の真相がインパクト強すぎです。その分、肝心の編集長失踪事件の影がやや薄くなったようにも感じますが、こういう薄暗さはけっこう好きなんですよね。

 

「狂酔」・・・銃で武装し、人質を取って立てこもった一人の男。男は人質に向け、自らの生い立ちを語り始める。何でも男は少年時代、一時的に誘拐されたことがあるという。無事に帰還が叶った後、男の父親は事件について話すことを禁じるのだが・・・・・

一番お気に入りのエピソードです。泥酔状態の犯人の語りによって物語が進むため、所々で話が中断するのですが、そのあやふやさやもどかしさが逆に陰湿な雰囲気を盛り上げていました。子どもが気の毒な目に遭う話なだけあり、悲惨さでは収録作品中一番ではないでしょうか。なお、舞台となる町は、恐らく『殺人鬼がもう一人』にも出てきた辛夷ヶ丘。やっぱりこの町は住みたくないな(汗)

 

「道楽者の金庫」・・・探偵業務のため、福島県を訪れた葉村晶。とある資産家の死後、金庫を開けるために、鍵の番号が書かれたこけしを別荘から取ってきてほしいと頼まれたのだ。ところが、別荘に入った葉村は倒れてきた棚の下敷きになってしまい・・・・・

こけしに関する豆知識がいくつも登場したり、暗号解読のためのあれこれがあったりと、普段の『葉村晶シリーズ』とは少し違ったテイストのエピソードです。そのせいもあり、<依頼で物を取りに来た葉村晶が、仕事中に酷い目に遭う>という第一話と同じ流れにも関わらず、内容がかぶった印象はほぼなし。資産家の遺品の真相にずっこけると同時に、隠れた意味を想像してゾッとしちゃいますが・・・これって、そういうことですよね?

 

ちなみに葉村晶は当初探偵事務所と契約していましたが、途中からミステリー書籍専門店でアルバイトしつつ探偵業を行うようになります。この設定上、作中に古今東西、様々なミステリーが登場するので、興味ある方はぜひともここにも注目してみてください。

 

嫌な人間描写がリアルすぎる度★★★★★

葉村晶にたまにはいい思いをさせてあげて・・・度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    若竹七海さんは読もうと思いながらまだ未読です。
    好みのミステリーだと思いますがどれから読もうか迷っています。
    人間の悪意を描いたミステリーはいろいろありますが若竹ワールドがどういうものか興味深いです。
    葉村晶のキャラクターも興味深いです。

    1. ライオンまる より:

      若竹七海さんは独特のドライな文章を書かれる作家さんですが、私は大好きです。
      特に葉村晶シリーズは、警察沙汰にはなりにくい、水面下で渦巻く悪意の描写が秀逸なんですよ。
      真梨幸子さんのような濃密で派手なイヤミスとはまた違う、乾いた嫌さ(?)を味わえるので、機会があれば読んでみてください。

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