はいくる

「彼女が死んだ夜」 西澤保彦

フィクション作品における時間の経過方法は、主に二つのパターンに分かれます。一つはいわゆる<サザエさん時空>で、登場人物たちが年を取らない方式です。いつまでも変わらない日常感を味わうことができるという長所から、特に『サザエさん』『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』などの子ども向け作品でよく見られますね。

もう一つは、物語が進むにつれて登場人物たちも年を取り、卒業・結婚・出産・死別といったライフイベントを経験していくパターンです。このパターンで一番有名なのは、赤川次郎さんの『杉原爽香シリーズ』ではないでしょうか。一年に一冊、新作が刊行されていくごとにヒロインも一歳年を取るという形式は、世界的にも珍しいんだとか。ここまで厳密に時間が経過していく作品は少ないかもしれませんが、作品ごとに登場人物たちの成長が見られると、読者としてはまるで親戚の子を見守るような感慨深さを味わうものです。今回ご紹介する作品の登場人物たちも、出会いと別れを繰り返しながら一歩ずつ前進していきます。西澤保彦さんの『匠千暁シリーズ』の長編第一弾『彼女が死んだ夜』です。

 

こんな人におすすめ

大学生が活躍するミステリーが読みたい人

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人生初の海外一人旅を前に浮かれる箱入り娘の浜口美緒。大学の仲間たちに壮行会を開いてもらい、気分良く帰宅した彼女が見たものは、居間で血まみれになって倒れる見知らぬ女の死体だった。一体彼女は誰?なぜここで血まみれで死んでいるの?いや、そんなことよりも、こんなトラブルが超厳格な両親に知られたら、一人旅をやめるよう命じられるかもしれない!パニックを起こした美緒は、壮行会を開いてくれた仲間に連絡し、死体をどこか遠くに捨てて来てくれるようと頼むのだが・・・・・酔えば酔うほど推理が冴える、巧千暁最初の事件

 

西澤保彦さんと言えば、『七回死んだ男』『人格転移の殺人』『死者は黄泉が得る』などのように、SFじみた突飛な設定を盛り込んだミステリーが有名です。そんな中、この『匠千暁シリーズ』は、超能力も未知の科学装置も一切登場しないロジカルなミステリー。タックこと匠千暁(たくみ ちあき)、タカチこと高瀬千帆、ボアン先輩こと辺見祐輔、ウサコこと羽迫由起子(はさこ ゆきこ)、今後長くトラブルに巻き込まれていく四人のまだぎこちなく初々しい姿が楽しめます。

 

夜中、大学の友達である浜口美緒から急に呼び出されたタック、ボアン先輩、ガンタこと岩田雅文。何事かと美緒の自宅に駆け付けてみると、そこには血まみれになった女の死体が!美緒曰く、「彼女は見ず知らずの女で、帰宅したらここで死んでいた。こんな騒動に巻き込まれたと親にバレたら、明日からの一人旅を中止させられるかもしれない。そうならないよう、死体をどこかに処分してきて」とのこと。最初は断るタックらだが、逆上した美緒に「断るなら自殺してやる」と騒がれ、酔いのせいもあって承諾する羽目に。それは、これから続く不可解な事件の幕開けでもありました。

 

と、このあらすじからも分かる通り、登場人物たちは決して清廉潔白な人格者ではありません。自分の旅行を邪魔されたくない一心で死体遺棄を頼む美緒はもちろん、自殺を仄めかされたからといって美緒の頼みを引き受けてしまうタックたちや、美緒への下心から彼女のパシリと成り果てるガンタも相当なものです。彼らだけでなく、出て来る登場人物全員が垣間見せる身勝手さの描写がうんざりするほどリアリティたっぷりで、「いるよな、こういう人」とため息つきたくなりました。

 

とはいえ、読むのが嫌になるわけではありません。タックの一人称で進む物語はとてもテンポが良いですし、メイン四人組の会話はユーモラスでリズミカル。西澤ワールド定番の<一人の探偵役が活躍するのではなく、みんなで話し合いながら推理する>というお約束はここでも健在で、わいわい飲み食いしつつあーでもないこーでもないと事件を検討する様子は読んでいてすごく楽しいです。

 

この軽妙さと、明かされる真相の陰鬱さや人間のエゴの恐ろしさのギャップが西澤作品の魅力なんですよね。本作もご多文に漏れず、事件はあまりに惨い展開を迎えます。謎そのものは解き明かされるものの、タックらは大切なものを失った上、エピローグではさらに悲劇的などんでん返しが・・・・・本作がSF設定を一切排除した現実的なミステリーである分、より一層救いがなく感じられました。

 

後味のいい話が読みたい時には向かないかもしれませんが、イヤミス好きの私にはどんぴしゃの作品です。ちなみにこのシリーズ、長編作品は時系列ごとに進んでいくのですが、短編集の時系列はばらばら。収録話によって、主要登場人物たちが学生だったり就職していたり結婚していたりするので、知らずに読むと驚くかもしれません。作者あとがき、あるいはネット上には時系列をまとめた一覧が掲載されているので、気になる方はチェックしておいた方がいいかもしれませんね。

 

明かされた真相が酷過ぎる・・・度★★★★★

でもビールは美味そうだ度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    いきなりの衝撃的でにわかには信じられないような出だしと設定ですね。
    部屋に帰ったら女性の死体があった?!一人旅が中止にされたくないので死体を捨ててくるように頼む?頼まれた方も実行する?
    そんな状況での会話はユーモラスとは面白そうです。
    どういう結末になるのか?楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      あらすじの通り、かなりぶっ飛んだ出だしのせいでコミカルな雰囲気さえ漂います。
      ですが、話が進むにつれ、子どもを非人道的に管理しようとする親や恋心を利用して男を奴隷扱いする女が登場し、生臭くイヤ~な展開になるんですよ。
      他の西澤作品と違い、超自然的な要素が一切ないので、すごく読みやすいと思います。

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