はいくる

「カインの傲慢」 中山七里

医療問題は総じてデリケートなものですが、中でも臓器移植問題の複雑さは群を抜いています。「虫歯になったら歯医者に行こう」とは言えても「病気になったら臓器移植を受けよう」とはなかなか言えるものではありません。理由は色々あるけれど、その中の一つは<臓器提供が行われる=提供者は体にメスを入れて臓器を摘出されている、場合によっては死んでいる>からではないでしょうか。病気や怪我なら仕方ないが、五体満足の体を開いて内臓を取り出すなんて不自然だ、親しい身内ならともかく他人のために手術なんて受けたくない、臓器移植を待つということはどこかの誰かが死ぬのを待つことではないか・・・そういったネガティブな考え方があるのが現実です。

しかし、どれだけ否定的な意見が出ようと、自分自身や大切な人が臓器移植を待つ身となれば、誰だって手術を望むでしょう。こうしたアンビバレントな状況から、臓器移植はフィクション界でも常に注目されるテーマです。私が初めて読んだ臓器移植に関する小説は、貫井徳郎さんの『転生』でした。どうしても重くなりがちな題材を、後味の良いラブストーリー&ミステリーに仕上げた良作でしたよ。では、最近読んだこの作品はどうでしょうか。中山七里さん『カインの傲慢』です。

 

こんな人におすすめ

臓器移植が絡んだミステリーが読みたい人

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これは、罪びとの末裔が背負う業なのか---――都内で発見された、身元不明の少年の遺体。遺体からは臓器が摘出されており、生前、極限まで飢えていたことも判明する。やがて遺体の身元は、観光ビザで入国した中国人と断定され、捜査の手は中国まで伸びることに。時同じくして、都内では同一犯のものと思われる第二、第三の殺人事件が発生。被害者たちの共通点は、少年であること、臓器を抜き取られていること、そして貧困家庭に育ったということで・・・・・犬養&高千穂刑事が臓器売買の闇に迫る

 

中山七里さんの臓器移植ものと言えば、『切り裂きジャックの憂鬱』が有名です。実際、本作とは共通する登場人物が多いですし、作中序盤でも「模倣犯では?」という推測が浮かびます。『切り裂きジャック~』と本作との違いは、本作は臓器移植問題だけでなく、貧困問題にも焦点を当てている点でしょう。多種多様なテーマを取り上げる中山さんですが、貧しさをここまでクローズアップした作品はないんじゃないかな。外国だけでなく、平和で豊かなはずの日本にはびこる貧困の実態に胸が詰まりました。

 

事の始まりは、練馬区で発見された、身元不明の少年の遺体でした。調査の結果、少年は一部の臓器を持ち去られており、生前は貧しい暮らしをしていたことが判明します。やがて、少年は中国人だということが分かり、中国語ができる高千穂刑事が少年の出身地に向かうことに。そこで目にした、想像を絶する貧しさの現状にショックを受ける高千穂刑事。その頃、日本国内では中国人少年と同じ手口による殺人事件が続いていました。被害少年達が背負った、逃れようのない貧困の連鎖。そこにつけ込む臓器売買ビジネスの存在に気付いた捜査陣は、着実に黒幕に近づいていきます。ですが、すべての真相は犬養らの予想を超えたところにありました。

 

本来取るべき手段を無視し、非合法の臓器摘出・斡旋を行う闇組織。その悪辣さは許されないものなんでしょうが、それらの酷さを一瞬忘れてしまうくらい、被害少年達の生活環境が悲惨でした。捜査のため中国を訪れた高千穂刑事は、そこで第一の被害者の故郷である貧困県に向かいます。そこで見た、飢餓状態の幼児や荒れ果てた家々、村中に漂う衰退の臭い。貧しさは人の心を荒ませ、家族の絆をも断ち切ります。何でも、<貧困県>と指定された県には補助が出るため、自治体はあえて住民達を救済せず、困窮ぶりを世間にアピールするために放置しておくのだとか。いつも生き生きした高千穂刑事をも打ちのめす貧しさの描写は、凄絶の一言でした。

 

ですが、貧困は何も外国だけの問題ではありません。この日本でさえ、セーフティネットから漏れ、困窮している人は大勢います。作中で被害に遭うのも、そういった少年達でした。親の借金のためその日の食べ物にさえ困る少年や、倫理観が欠如した親のせいで劣悪な家庭環境で暮らす羽目になった少年。本人には責任のない事情で苦しんだ末、若くして命を落とした少年達の姿は痛ましいです。

 

この殺人事件に、非合法で臓器売買を行う組織が絡んでいることは、割と早くに分かります。組織は少年達の貧しさに目をつけ、金銭と引き換えに臓器の一部を提供するよう持ち掛けている様子。確かに、肝臓などであれば、きちんとした処置を行えば摘出後に普通の生活に戻ることも可能です。もし自分がまともな暮らしも送れないほど困窮している時、こんな話を打診されたら・・・臓器を渡せば高額な報酬を得ることができ、今の暮らしから抜け出せるとしたら・・・正直、「それでもこんなことは絶対にいけない」と言い切る自信はありません。そして、若干十代でこんな苦渋の選択をせざるを得なかった少年達の運命を思うと、やり切れない気持ちになりました。

 

犬養ら捜査陣が一歩一歩証拠を固め、巨悪に迫って行く様子は迫力たっぷり。憎たらしくふんぞり返る悪漢達を追い詰める場面にはカタルシスを感じます。どんでん返しの帝王と呼ばれる中山さん、今回はスタンダードな勧善懲悪ストーリーになるのかと思ったら・・・最後数ページでものすごい暗転劇が待っていました。あの犬養をも言葉を失う事件の真相と、悪を暴いたことでもたらされたもの。何が正義で、何が悪なのか。読了後にはきっと誰もが考えてしまうでしょう。ここまで打ちのめされた犬養がどうやって気持ちを立て直すのか。きっと大丈夫だと信じつつ、心配でなりません。

 

<傲慢>の意味が重すぎる度★★★★★

でも、やっぱり悪は悪としないと・・・度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    中山七里デビュー10周年記念12ヶ月連続刊行企画の5冊目ですね。
    先日、10冊目の要介護探偵と静おばあちゃんの老老コンビ探偵シリーズ2作目銀齢探偵社を借りて来ました。11冊目の御子柴弁護士シリーズ第5弾も予約中です。
     中国の臓器売買を取り上げた社会ミステリーで貧困の連鎖をビジネスにする現状は読んでいて辛かったです。
     最後のどんでん返しには中山七里作品を読んできても驚かされました。
     再読したくなりました。
     深緑野分さんの「ノストラダムスの別れ道」読み終えましたが「戦場のコックたち」「オーブランの少女」と比べると物足りなさを感じました。

    1. ライオンまる より:

      中山七里さんのどんでん返しにもいつも驚かされますが、本作はまた違った意味で衝撃でした。
      あの冷静な犬養すら打ちのめす、事件の裏にあった真実があまりに重くて・・・
      何らかのトラウマになるんじゃないかと、気が気じゃありません。

      「分かれ道ノストラダムス」は、青春小説としては、瑞々しく救いもある良作だと思います。
      ただ、「戦場のコックたち」「ベルリンは晴れているか」のような重厚感、「オーブランの少女」のような耽美性を期待して読むと、
      ちょっと軽く感じちゃうんですよね。
      「分かれ道~」を読んだ後に「戦場の~」「オーブラン~」を読めば、評価が変わりそうです。

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