はいくる

「人面瘡探偵」 中山七里

いわゆる<バディもの>と言われる作品の場合、主人公コンビの信頼関係が物語を左右する鍵となります。アガサ・クリスティーの『シャーロック・ホームズシリーズ』でも、名探偵ホームズと助手のワトソン博士の名コンビぶりは世界に知れ渡っています。信頼し、支え合うコンビの姿は、読者をわくわくさせてくれるものです。

その一方、決して友好的とは言い難いコンビの存在も、それはそれで面白いです。例えば、漫画ですが、柩やなさんの『黒執事』。幼い少年貴族と彼に仕える執事が主人公ですが、実はこの執事の正体は悪魔で、少年貴族の魂欲しさに仕えているだけ。当然、両者の間に真の信頼関係などないものの、お互い打算のため主従関係を結ぶ二人の姿は、見ていてとてもスリリングです。最近読んだ小説にも、決して仲良しこよしとは言えない名(迷?)コンビが出てきました。中山七里さん『人面瘡探偵』です。

 

こんな人におすすめ

閉鎖的な田舎での連続殺人ミステリーが読みたい人

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僕には口の悪い相棒がいる。ただし、人間ではないけれど---――相続鑑定士・三津木の右肩に棲む人面瘡のジンさん。口を開けば毒舌ばかりだが、聡明で勘の鋭いジンさんのことを、三津木は頼りにしていた。ある時、とある資産家一族の遺産鑑定のため限界集落を訪れた三津木は、そこで不気味な連続殺人に出くわすことになる。曲者揃いの遺族、次々死んでいく後継者候補達、古くから伝わる忌まわしい因習、一族が抱える血の秘密。疑心暗鬼が渦巻く村内で、三津木とジンさんがたどり着いた真相とは・・・・・

 

中山七里さんの作品の中には、『静おばあちゃんにおまかせ』の静と円、『能面検事』の不破と美晴、『TAS 特別師弟捜査員』の葛城と慎也など、協力して事件解決に当たる二人組がたくさん登場します。本作も<バディもの>と言えるのでしょうが、主人公の相棒はなんと人面瘡!これは腫物や傷から人の顔が浮かび上がり、物を食べたり言葉を話したりするもののことで、普通は奇病や妖怪扱いされるのだとか。フィクションに人面瘡が登場する場合、大抵は<どうやって人面瘡を治すか>という点がメインテーマになりますが、本作の主人公・三津木は人面瘡の存在を完全に受け入れ、頼り切っています。こんな突飛な設定が出てくるなんて、さぞぶっ飛んだ内容かと思いきや、物語自体はオーソドックスかつ古典的な連続殺人ミステリーでした。

 

主人公の三津木兵六の職業は相続鑑定士。幼少期、突然右肩に出現した人面瘡を<ジンさん>と名付け、要所要所で頼りつつ職務に励んでいます。ある時、信州の過疎地で資産家一族の当主が死に、遺産鑑定のためかの地を訪れた三津木は、大した値打ちなどないと思われていた山林が実は資産価値があるという事実を突き止めます(気づいたのはジンさん)。財産があると知るや否や、当主の息子達は目の色を変えて後継者の座を狙い始めますが、それは謎めいた連続殺人の始まりでもありました。跡継ぎ候補だった息子達が、一人、また一人と、不気味な死を遂げていくようになるのです。

 

<ド田舎で繰り広げられる連続殺人>と聞けば、『金田一耕助シリーズ』や漫画『金田一少年の事件簿シリーズ』を連想する方が多いかと思いますが、本作の雰囲気はまさにそれ。あまりに僻地なため携帯電話もスマホも使えず、連続殺人事件が起きてもそう簡単には逃げられず、情報収集の手段はごくわずか。テレビも映らないため、この事件が外界でどう取り上げられているかさえ不明という、困難だらけの状況です。分からないことがあればすぐインターネットで調べられるということが常識になりつつある昨今、主人公の混乱ぶりは切実なものがありました。

 

また、この手のテーマで忘れちゃいけない<閉鎖的な田舎特有のどんより感>もしっかり描かれています。舞台となる村は林業が主な産業であり、必然的に労働の主戦力となる男性を尊重、女性を蔑視する傾向があります。加えて、一族には障碍のある子どもを<福子>と呼び、繁栄をもたらす吉兆として歓迎する文化がありました。女性への差別と<福子>の存在。この二つが結びついた結果、おぞましい風習が生まれるのですが・・・ここで明らかになる真実は酷いの一言。惨たらしい死体描写と併せ、いい意味で不愉快な(?)気分に浸れることでしょう。

 

ただ、例えば櫛木理宇さんの『鵜頭川村事件』のような、虫唾が走るレベルの陰鬱さはありません。その理由はいくつかありますが、恐らく一番は、三津木とジンさんのやり取りがテンポ良く面白いから。特に、毒舌家のジンさんが、三津木をはじめ関係者全員をけちょんけちょんにこき下ろしながら名推理を繰り広げる展開は軽妙で、読みながら何度も苦笑させられました。ジンさんの場合、口は滅茶苦茶悪いながら決して根拠のない悪口は言わず、頭脳明晰で観察力にも優れているので、毒舌も笑ってしまうんですよね。まあ、ここまで毎日クソみそにけなされながら平気でジンさんと共同生活を送れる三津木って、作中で評されるほど軟弱ではなく、むしろ図太いタイプかと思いますが(笑)

 

そして、中山作品を語る上で外せないのが、すべての作品に仕掛けられたどんでん返しの存在です。そういうのを期待して本作を読んだ読者は、ページをめくる内に「ちょっと物足りないな」と思うかもしれません。ストーリー展開は過ぎるほどオーソドックスなものですし、<過疎地での遺産相続を巡る連続殺人>という性質上、容疑者も限定的。犯人を当てることも割合簡単です。今回はどんでん返しではなく、王道を行くミステリーにしたのかと思っていたら・・・・・最後一ページでやられた!!てっきり連続殺人事件にどんでん返しが用意されているかと思いきや、まさかこっちだったとは。物語を根底から覆すラスト数行にギョッとさせられること請け合いです。これは絶対に続編への布石だろうと思ったら、どうやらすでに第二弾の連載がスタートしているとのこと。まとめて読みたいので、単行本の刊行が待ち遠しいです。

 

一族の秘密はあまりに愚かであまりに惨い度★★★★★

ラストって要するにそういうこと・・・?★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    面白かったですね。漫画に登場する人面瘡とは人体に害をなす場合がありましたが、ど根性ガエルのようにかけがえのないバディとして事件に取り組んでいる姿が新鮮でした。閉鎖的で女性を卑下する風習に人面瘡の登場はまさにホーンテッド・キャンパスそのもでした。
    ラストのどんでん返しには驚きましたが、今考えればジンさんは仮想や思い込みではなく兵六以外には見えない、感じない~身体でなく脳に憑りついているのではと思いました。続編もあるのですね。楽しみです。中山七里デビュー10周年12ヶ月連続刊行s作品にもハマってます。

    1. ライオンまる より:

      なるほど、「脳に憑く」という解釈もありますね。
      正直、妄想エンドだとあまりに後味が悪いので、ぜひともしんくんさんの読み通りであってほしいです。
      中山さんの新刊が次々出るので、ファンとしては嬉しい限り!
      念願だった「作家刑事・毒島」の続編も出るそうなので、早く読みたいです。

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