はいくる

「滅びの庭」 赤川次郎

どこかの記事でも書いた気がしますが、今の私は気に入った作家さんの作品を一気読みするタイプの人間です。「この人の小説、面白い!」と思ったら、図書館でその作家さんの小説を探し、借りられるだけ借りるというのがいつものパターン。当然、自分が今、誰の著作を読んでいるかをしっかりチェックしておく必要があります。

ですが、実はこういう読み方をし始めたのは成人後の話で、学生時代はむしろ、作者名などろくに見もせず目についた本を読みまくっていました。なので、後になって昔読んだ本を見つけた時、「これってあの人の著作だったんだ!」と驚くこともしばしば。この作品も、初読みから数年経って作者名を知った時はびっくりしたものです。赤川次郎さん『滅びの庭』です。

 

こんな人におすすめ

後味の悪いホラー短編集が読みたい人

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女子大生が家庭教師のバイト先で出会った姉弟の真実、恋人とその父親と共に夏を過ごす青年が味わう恐怖、シンバルの音色を異常に恐れる婦人の謎、体面のため些細な嘘をついた女性の運命、心を病んだ少女が作る箱庭の秘密・・・・・巨匠・赤川次郎が描く自選恐怖小説集

 

小学校高学年の頃、近所の図書館で見つけて読んだのが初読みです。それからしばらく経ち、赤川次郎さんという作家さんを認識した後、本作も著作の一つと知って驚きました。じめじめと陰気な恐怖感といい、今後の不幸を予感させるラストといい、『三毛猫ホームズシリーズ』や『三姉妹探偵団シリーズ』の雰囲気とはまるで別物。それでいて、文章は赤川次郎さんらしく軽妙で読みやすく、後味悪くても夢見は悪くならなさそうなところがいいですね。

 

「家庭教師」・・・女子大生の邦子は、とある資産家に子ども達の家庭教師として雇われる。幸い、二人の子どもはどちらもいい子で、仕事には特に不満もない。だが、邦子は徐々に、子ども達が妙に冷めた面を見せるところが気になり始め・・・・・

アルバイト先で味わう恐怖体験といえば、ホラーの定番シチュエーションの一つ。こういう場合、<バイト先は遠隔地にあったり悪天候に見舞われたりして逃げ出せない><主人公は恋人なり親友なりと共にバイト先で怪異に挑む>というのがお約束ですが、邦子のバイト先は普通に移動可能な場所にありますし、恋人も基本的に外部にいます。赤川次郎さんは、こういう、お約束をちょっと外した舞台設定が本当に上手いですね。怪異の原因自体はエピソード冒頭ですでに分かっているものの、そこから繋がる因縁の深さ、本当に一件落着したかは分からない不穏さが印象的でした。

 

「砂に書いた名前」・・・恋人とその父親が過ごす離島を訪れた主人公・丈二。招待状をもらったはずなのに、誰もそんな物を出した覚えはないという。気を取り直して休暇を楽しむことにするが、宿泊する館には夜な夜な何者かが徘徊する気配が漂って・・・・・

一話とは打って変わって、簡単には逃げられない離島が舞台です。不気味な物音の正体は恋人なのか、その父親なのか。そいつはまさか自分に危害を加えるつもりなのか。不安に慄く主人公の描写がリアルでした。どことなく叙情的でさえありながら、惨劇を予感させるラスト一行がインパクト大です。

 

「シンバルの鳴る夜」・・・指揮者である主人公は、とあるコンサートで指揮を執っている時、締めのシンバルが鳴る直前に「鳴らさないで!」と叫ぶ女性と出会う。後日、女性は謝罪の場を設けたいと申し出、その席でシンバルの音色を忌避する理由を語り始める。それは、彼女が幼い頃に犯した無邪気な罪に起因しており・・・・・

陰惨さで言えば、恐らく収録作品中随一ではないでしょうか。やはり、子どもの死が絡むと、物語の救いの無さが一層際立ちますね。あの女性のしたことは褒められたものじゃないけれど、それにしても代償が大きすぎる・・・バイオリンやピアノではなく、力強さを感じさせるシンバルを小道具に持ってくるのがニクいです。

 

「知らない私」・・・主人公の真美は、真面目一徹の恋人に飽き、既婚者との不倫を謳歌中。ある日、不倫現場を恋人に見られた真美は、咄嗟にそれは双子の妹だと嘘をつく。成り行きで妹のふりをして恋人と会うことになるのだが・・・・・

本作の収録作品には超常的な怪異がさらりと登場しますが、このエピソードは超常現象なのか、はたまた人間の妄執なのか、はっきり分からない描き方がされています。主人公は大事なものを失ったけど、自業自得と言えば自業自得。命を失ったわけじゃないんだから、これから性根を入れ替えてほしいものです。

 

「滅びの庭」・・・主人公・山之内は病院に勤務する精神科医。ある時、同僚の大崎医師から綾子という患者を引き継ぐが、直後、大崎は事故で急死してしまう。大崎の最期の言葉は「庭・・・」。ショックに浸る間もなく綾子の治療を開始する山之内だが、彼女が箱庭療法を始めた途端、周囲で不気味な出来事が起こり始め・・・・・

怪奇現象の理不尽度合で言えば、このエピソードが作中トップだと思います。綾子は一体何者なのか、箱庭を通して一体何が起こっていたのか、明確な真相は明かされず謎のまま。これが許されるのが、ジャパニーズホラーの醍醐味ですね。一番無害そうだったあの人は、結局、何かやらかしてしまったということでしょうか?

 

最近は、三津田信三さんや澤村伊智さんの著作のように、それなりに推理が行われるホラーが多いですが、本作は基本的に謎解きはなされません。登場人物達が「こういうことなのだろう」と予測はしても、それが正解かどうかは読者の判断に委ねられます。その辺りを突き詰めていくとモヤモヤするかもしれないので、あまり深く考えず、目の前の恐怖を素直に楽しんでくださいね。

 

怪異に比べれば人間なんて全然怖くない度☆☆☆☆☆

他作品収録作品もあるから要注意!度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     自分の中ではホラーと言えばミステリーのイメージでホラーミステリーとなっていまいます。
     クローズドサークルミステリーのように在命の人間、もしくは亡くなった人間の意志を何らかの形で引き継いだ人間が仕掛けた物理的な要素があるイメージです。
     赤川次郎さんは子供の頃、2時間ドラマで観ることが多く小説は数冊しか読んでいません。「あ」から始まるので図書館ではいつも見かけます。次から次へと新作が手に入るのでたまにしか読みませんが大変に面白い。
     これを機に読破していきたいです。
     「シンバルの鳴る夜」が面白そうです。
     図書館で探してきます。

    1. ライオンまる より:

      赤川次郎さんは大御所作家ですし、著作の数も多いのでどこの図書館・本屋でも在庫がありますよね。
      ホラーやビジネス、SFといった読者を選ぶタイプのジャンルも読みやすく仕上げるのが、赤川作品の魅力だと思います。
      「シンバルの鳴る夜」は一番後味が悪く(褒め言葉)、Jホラー好きの心をくすぐってくれました。
      解決したのかしていないのかよく分からない(これも褒め言葉)「家庭教師」もなかなか読みごたえありますよ。

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