はいくる

「儚い羊たちの祝宴」 米澤穂信

英語圏には「羊とヤギを分ける」ということわざがあります。聖書に由来することわざで、「善(羊)と悪(ヤギ)を分ける」という意味。このことわざの中で、羊は善の象徴です。日本でも、羊にはなんとなく「大人しく温厚」というイメージがありますね。

ですが、油断は大敵。「羊の皮をかぶった狼」などという言葉もあるように、羊の内面が本当に大人しく穏やかとは限りません。もしかしたら、優しげな顔の下には思わぬ本性が隠れているのかも・・・・・今回取り上げる本には、そんな恐ろしい羊たちが登場します。米澤穂信さん『儚い羊たちの祝宴』です。

 

こんな人におすすめ

皮肉の効いたイヤミス短編小説が読みたい人

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名家で毎年同じ日に起きる血の惨劇、軟禁状態に置かれた長男の真意、人里離れた邸宅を守る管理人の思惑、冷遇される令嬢と使用人の運命、高額な報酬と引き換えに腕を振るう料理人の特別料理・・・・・物語のラストで、戦慄の真実が読者を襲う。ミステリーホラーの名手が贈る、残忍で冷酷な傑作短編小説集。

 

最後の一行がもたらす衝撃に徹底的にこだわった作品です。最初から怪しい人が黒幕というパターンが多いため、謎解き自体の驚きはさほどでもないものの、正直、そんなことは大した問題じゃありません。最後の最後になって明かされる意外な動機、予想の斜め上をいく欲望の深さにゾクゾクしっぱなしでした。基本的にどの話も上流階級を舞台にしているという点も、物語の陰惨さを盛り上げるのに一役買っていると思います。

 

「身内に不幸がありまして」・・・幼い頃から名家で使用人として働く少女・夕日。令嬢の吹子に目をかけられ、日々懸命に勤めている。ある年、勘当された長男が家を襲撃するという事件が発生。長男は夕日と吹子に片手を切り落とされ、行方をくらませるが・・・・・

名家で毎年同じ日に殺人が起きるという、ホラーミステリーではおなじみのストーリー。ですが、犯人の動機がこれほど些細かつ身勝手なものはそうないんじゃないでしょうか。伏線回収もしっかりしているし、ラストでタイトルの台詞が出る構成もお見事。こういう「登場人物の手記で進む」タイプの話、個人的に大好きです。

 

「北の館の罪人」・・・名家である六綱家の前当主の妾腹として生まれ、今は現当主のもとで働く少女・あまり。彼女の役目は、別館で暮らす当主の兄の世話と監視。なぜ先代の長男がこんな暮らしをしているのか。訝しむあまりに、彼は次々と頼み事をして・・・

読み終えてみると、タイトルがなんとも意味深です。犯人の動機の潔いほどの強欲さはもちろん、すべてを知って犯人告発に一命を賭した長男の執念にもゾッとさせられました。トリック自体は、ある分野の知識がある読者ならすぐ分かるのかも?今後の展開が気になる度合で言えば、収録作品中一番ですね。

 

「山荘秘聞」・・・屋島守子は辰野家に雇われ、人里離れた場所に建つ<飛鶏館>の管理を任されている。完璧な管理人である彼女の悩みは、屋敷に客が来ないため、おもてなしの楽しみを味わえないこと。ある時、守子は怪我をした登山者を見つけて保護するが・・・

うわー、騙された!!最初はてっきりああいうことだと思ったら、実はそういうことなんですね。思えば「特別な渉外が得意」とか「口約束を信用しない」とか、ちゃんと伏線が張ってあったんだよなぁ。オチを知ってみると、陸の孤島のような館で一人暮らす守子の気持ちも分かる気がしてきます。

 

「玉野五十鈴の誉れ」・・・高圧的な祖母の下、孤独に生きる令嬢・純香。献身的に仕えてくれる使用人の五十鈴が唯一の心の支えだ。身を寄せ合うようにして成長する二人だが、純香の伯父が殺人の罪を犯したことで運命が暗転し・・・・・

イヤミス揃いの収録作品の中でも飛び抜けてダークな話です。あちこちのレビューサイトなどを見ても、これが一番印象的だったという人が多いようですね。優秀な使用人・五十鈴の行いにはただただ絶句・・・そこに至るまでに為されたことを考えると、ラストが妙にハッピーエンドっぽいところが逆に怖いです。

 

「儚い羊たちの晩餐」・・・大寺家の娘・鞠絵は、父親の無理解のせいで読書会から除名されてしまう。父は今、新たに料理人を雇い入れる計画にかかりきりなのだ。その料理人・夏が言うには、まだ誰からも作るよう命じられたことのない特別料理があるそうで・・・

<特別料理>の正体は、この手のホラーミステリーに慣れた読者ならすぐ分かると思います。スタンリィ・エリン好きとしては、<アルミタン羊>の登場に嬉しくなっちゃいますね。そして最後に残された日記と、それを手に取る女学生・・・・・うーん、これはやっぱり「そして悲劇は繰り返される」ということなんでしょうか。

 

大学の読書会<バベルの会>を通じて各話が少しずつリンクしているため、繋がりを探すのも面白いですよ。あの人はたぶん死んだんだろうな、とか、彼女はもしかしたら生き残っているかも、とか色々考えると止まらなくなりそうです。『満願』の記事でも書きましたが、米澤さんには今後もこういう妖しいムード満載のイヤミス短編小説を書いてほしいものですね。

 

動機があまりにも酷すぎる度★★★★☆

バベルの会の運命とは・・・度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    男の描くイヤミス~で真っ先に思い出すのが米崎穂信さんです。
    「羊の皮を被った狼」と同様「猫を被る」大人しいフリをした裏側になり冷酷さ恐ろしさを語るダークホラーの短編集ですね。
    犯人が誰か?でなく真相と展開に重点を置くのは米澤さんの以前の連作短編集ドラマ化もされた「満願」を思い出します。
    怖い物見たさで読みたくなりました。
    「少女たちがいた街」「蛇行する川のほとり」と同様大変読み応えがありそうで楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      「満願」がお好きなら、本作も気に入るかもしれません。
      少女たちのエゴや残酷さが鋭く丁寧に描写されていて、終始ゾクゾクしっぱなしでした。
      個人的に、米澤さんは長編よりこういうダークな短編の方が好きです。

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