はいくる

「敗者の告白 弁護士睦木怜の事件簿」 深木章子

弁護士というのは、法曹界の中でも一種独特の職業だと思います。何らかの犯罪の容疑がかけられた人間を弁護し、減刑や無罪を訴える。たとえ、容疑者本人が裁判で争う気がなかろうと、あるいは庇う余地など微塵もない極悪人だろうと、引き受けた以上は検察官と争う。それが弁護士です。

そういう立場のせいか、フィクションの世界に登場する弁護士は、検事や判事以上に強烈な個性付けがなされていることが多い気がします。中山七里さんの『御子柴礼司シリーズ』、大山淳子さんの『猫弁シリーズ』、柚月裕子さんの『佐方貞人シリーズ』等々、人気が高くシリーズ化された作品も少なくありません。どの小説に出てくる弁護士も個性豊かで魅力的ですが、この作品の弁護士はちょっと珍しいタイプですよ。深木章子さん『敗者の告白 弁護士睦木怜の事件簿』です。

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山梨の山荘で起きた、女性と少年の転落死事件。二人の殺害容疑で拘束されたのは、女性の夫であり、少年の父親でもある会社経営者だった。若き成功者だったはずの男は、本当に妻子を殺したのか。妻や子が生前書き遺していたメール、親族や友人夫婦らの証言は食い違い、事態は二転三転する。やがて少しずつ明らかになる、幸福な一家の隠された一面。やがて弁護士・睦木怜が辿り着いた哀しくも恐ろしい真実とは・・・・・

 

前述した通り、創作物では時に過ぎるほど個性的なキャラクターになることが多い弁護士ですが、本作に出てくる弁護士・睦木怜は一味違います。作品全体が事件関係者のメールや手紙、供述などで構成され、睦木怜はそれを読んでいる(聞いている)という設定。終盤、睦木怜が関係者の一人に宛てた書簡が出てきますが、それもあくまで「手紙」であるため、彼女が生身の人間として登場することは一度もないのです。それでいて、睦木怜がちゃんと仕事している様子が伝わってくる辺り、元弁護士である深木さんの表現力の高さを感じました。

 

会社経営者の妻である本村瑞香と、八歳になる息子・朋樹の転落死事件。当初は事故と思われていましたが、瑞香が夫から財産目当てで殺されるかもしれないという手記を知人に送っていたことで、殺人事件の疑いが浮上します。さらにそこに、朋樹が祖母宛てに送っていたメール、事件直前に一緒に過ごしていた友人夫妻の証言、瑞香と不倫関係にあったという男性らの告白などにより、事件は迷走状態に陥っていくのです。

 

語る人が変われば真実も変わる。これは貫井徳郎さんの『愚行録』、秋吉理香子さんの『暗黒女子』などでも見られる構成ですね。最初は哀れな被害者であると思われた瑞香と朋樹。ですが、証言者が変わるごとに彼らにも疑わしい部分が出てきます。瑞香や朋樹が書いた「自分は殺されるかも」というメールを序盤に持ってくることで、事態が「藪の中」状態になっていく様子がよりスリリングに感じられました。

 

それにしても、関係者の証言の描写の緻密なこと!会話形式で物語が進む作品は他にも色々あるものの、本作ほど「裁判」「司法」というものを意識して書かれたものはそうない気がします。レビューサイトなどを見ると「供述書形式の文章が続いて読みにくい」という評価もあるようですが、現実の裁判ってこうした書類上のやり取りで進む部分が多いと聞きます。ここは一つ、自分が裁判員になって事件の関係書類を読むつもりで楽しんでみてはいかがでしょうか。

 

最後に、本筋とは関係ありませんが、気になったことを一つ。被害女性の瑞香に関して、歯科医がとある告白をするエピソードがあります。他の職業でも何の支障もない告白ですが、あえて歯科医。歯科医・・・歯医者・・・敗者の告白・・・ギャ、ギャグ?

 

真実を語っているのは誰なのか?度★★★★☆

本当の「敗者」とは果たして・・・★★★★★

 

こんな人におすすめ

精緻なリーガルミステリーが読みたい人

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コメント

  1. しんくん より:

    初めての作家さんですが馴染みにある作家さんのシリーズのようで面白そうです。
    書類や裁判記録のような文章が出てくる作品もありますが、こういう作品も裁判の現場のやり取りがリアルに伝わりそうです。これも予約してきます。

    1. ライオンまる より:

      作者の経歴もあり、裁判や調書の描写がものすごくリアルなんです。
      あと、深木さんのミステリーの特徴である「探偵役は最後の最後で動き出す」という展開もなかなか面白いですよ。
      新刊情報を常にチェックしている作家さんの一人です。

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