はいくる

「ジゼル」 秋吉理香子

幼稚園の頃、バレエを習っていたことがあります。きっかけは曖昧ですが、たぶん、綺麗な衣装に憧れたとか何とかいう理由でしょう。残念なことに長続きしませんでしたが、間近で見たチュチュやジョーゼットが素敵だったことは今でも覚えています。

その優雅な美しさで人々を魅了するバレエ。しかし、人間が行うものである以上、優雅なばかりではいられません。見えない所で必死に足を動かす白鳥のように、バレエ界には水面下での熾烈な戦いや争い、感情のぶつかり合いが満ちています。最近読んだ小説により、そのことがよく分かりました。秋吉理香子さん『ジゼル』です。

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所属するバレエ団の創立15周年記念公演で準主役を演じることになったヒロイン・花音。演目は、十五年前、主役を演じたプリマ・真由美が凄惨な死を遂げたという曰く付きの「ジゼル」だ。以来十五年、このバレエ団で「ジゼル」を演じることは禁忌とされてきた。名作の解禁ということもあって誰もが色めきたつが、間もなくバレエ団内で不可解な事件が起こり始める。あちこちで目撃される真由美の幽霊、不審な事故に遭った芸術監督、追い詰められ奇行に走るプリマ、疑心暗鬼に駆られる団員たち・・・真相を求める花音が辿り着いた哀しい真実とは。

 

バレエ界の舞台裏を描いた作品といえば、映画『ブラック・スワン』が有名です。本作は帯に「小説版『ブラック・スワン』がここに誕生!」とある通り、華やかな世界の裏側で繰り広げられる人間模様が丁寧に描かれていました。小説でバレエをここまで丹念に表現した作品ってなかなかなく、満足度が高かったです。

 

記念すべき公演で準主役に抜擢され、喜ぶ花音。演目「ジゼル」は、十五年前に主役の真由美が壮絶な死を遂げて以来、封印されてきた作品です。早速準備を開始する団員たちですが、真由美の亡霊の出現や、芸術監督の不可解な怪我などにより、不穏な空気が漂うようになります。まさか、すべては真由美の怨念の為せる業なのか・・・花音は練習に励む傍ら、真相を究明しようと動き出します。

 

という風にあらすじを書くとホラー風味のミステリーのようですが、謎解き要素はやや薄め。代わりにクローズアップされるのは、バレエ団内の愛憎劇です。役を巡って燃え上がる嫉妬心、友人同士だったはずのダンサーたちの諍い、隙あらば自分が役を奪い取ろうとする野心。美しき悲恋劇「ジゼル」の世界観を下敷きに展開される負の感情のぶつかり合いには凄味がありました。

 

もちろん、肝心のバレエシーンの描写もとても綿密です。ダンスシーンは言うに及びませんが、私が面白いと思ったのは、「ジゼル」の登場人物の解釈を団員たちで話し合うシーン。公爵は女たらしか誠実な紳士か、ヒロイン・ジゼルの死因は何なのか、精霊の女王はなぜ人間の男に苛烈な仕打ちを行うのか、森番の青年が恋敵の嘘を暴く理由とは。解釈の仕方によって登場人物の表現法もまるで変わるという場面には、なるほどと唸らされました。

 

いい意味で芸術的になりすぎておらず、バレエに興味のない読者でも十分楽しめる一冊だと思います。私は本作を読んで、バレエの「ジゼル」を鑑賞してみたくなりました。その上で再読すれば、また違った面白さを見出せそうな気がします・

 

美しい世界の裏側では・・・度★★★★☆

一番の謎は最後の最後に明かされる度★★★★★

 

こんな人におすすめ

バレエを扱った小説に興味がある人

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コメント

  1. しんくん より:

     バレエのことをほとんど知らない人でもバレエの事が理解出来ながら楽しめた作品でした。
     同じ団員同士でも嫉妬・愛憎、数少ない成功者の背後の数えきれない脱落者たち~芸術やスポーツの世界ではありがちですが、かなりリアルに感じました。
     何となくオチが見えた気もしましたが、意外な真実~多少強引な気がしますがバレエ団内部の人間関係や公演の舞台裏の様子の描写がリアルで読み応えがありました。
     

    1. ライオンまる より:

      バレエ描写の丁寧さ・美しさに「巧いなぁ」と唸らされました。
      反面、役を巡る団員同士の確執は生臭く、なんとも現実的でしたね。
      この手のテーマのスポーツ小説なら読んだことありましたが、バレエ分野は初めてだったので、とても新鮮でした。

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