はいくる

「月蝕楽園」 朱川湊人

「恋愛にルールなんてない」「恋する気持ちを咎めることは誰にもできない」。小説内において、禁じられた恋に苦しむ登場人物達がしばしば口にする台詞です。まったくもってその通りで、好きという気持ちを否定したり、命令で動かしたりすることは不可能です。

ですが、人間が社会生活を営む生き物である以上、社会に受け入れられ祝福される恋愛と、そうでない恋愛があることはどうしようもありません。中年男が少女に恋をし、破滅していく様を描いたウラジミール・ナボコフの『ロリータ』などがいい例でしょう。今回ご紹介する作品にも、決して祝福されないであろう恋愛がたくさん出てきました。朱川湊人さん『月蝕楽園』です。

 

こんな人におすすめ

許されざる愛をテーマにしたダークな短編集が読みたい人

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水面下で続く女同士の歪な関係、夫から得られないものを出会い系サイトに求める人妻、主人の愛を一身に受ける蜥蜴が見た真実、最愛の女性のため人を殺した犯人の告白、女性の心を持つ弟と、そんな弟を見守る姉を待つ運命・・・・・みつばち、金魚、蜥蜴、猿、孔雀。動物をモチーフに描かれる、痛いほど激しい純愛小説集

 

今のところ、朱川湊人さん唯一の、恋愛をメインテーマにした作品です。とはいえ、書き手が『都市伝説セピア』等で読者に鳥肌を立てまくってくれた朱川さんだということを忘れてはいけません。作中で織りなされる恋愛は、どれも重く、苦しく、甘酸っぱさや瑞々しさとは程遠いものばかり。にもかかわらず、登場人物達は(一部を除いて)きっと満足しているんだろうなと思わせる描写が巧みでした。

 

「みつばち心中」・・・主人公の美也子は、社内でお局扱いされるベテランOL。ある日、重い病で入院中の後輩・千佳を見舞いに行くことにするが、どうにも足が重い。実は美也子と千佳には、他の人間には決して明かせない秘密があって・・・・・

会社では明るい人気者ながら、主人公にはサディスティックな命令を繰り返す千佳と、そんな千佳に従い続ける主人公。単に<二人はSM嗜好の同性愛者でした>という分かりやすい話にしない、愛憎入り混じる関係が強烈でした。あくまで本人主観なら、このエピソードの美也子が収録作品中一番幸せな気がします。

 

「噛む金魚」・・・穏やかな歯科医の夫、豊かな生活。何不自由ない暮らしを送る主人公だが、実は出会った時から結婚二十年の今に至るまで夫と一度も肉体関係を結べていない。これではまるで私に欠陥があるようではないか。そうでないと証明するため、主人公は出会い系サイトで知り合った男と手っ取り早く関係を持とうとするが・・・・・

ひえええ、怖っ・・・!でも、こういう話って現実にもあるかもな。主人公目線で言うと夫は冷たく残酷な人間なんだろうけど、主人公だって、「いつまでも処女のままなんて嫌だ→あれこれ考えるのは面倒だから出会い系サイトで男を探そう」という身勝手な行動に出ているんですよね。面倒だろうが何だろうが、まずすべきことは、夫と正面から向き合い話し合うことだったはずなのに。現状を打破できない主人公を、水槽から出られない金魚に例えた表現が秀逸でした。

 

「夢見た蜥蜴」・・・高層マンションの一室で、優しい飼い主に愛でられ大事にされて暮らす蜥蜴のサラ。飼い主の男は優しくサラの体を撫で、傷ついた肌を手当し、愛を囁いてくれる。だが、彼が急死したことで事態は一変し・・・・・

朱川湊人さんの作品なのだから、普通に蜥蜴を可愛がっているだけの話じゃないのだろうなと思ったら・・・まさかこんなことだったとは(汗)飼い主がここまでするために一体何をしたかと思うと、うすら寒い気持ちになります。果たしてこの世のどこかには、サラが幸せになれる場所があるのかな。あと、真相を知った後だと、サラの食事シーンがおぞましすぎます。だって、ネズミ・・・ネズミ・・・

 

「眠れない猿」・・・春山はその冴えない容姿や不器用な性格のせいで、周囲に猿扱いされて生きてきた。そんな彼が出会ったのは、同じく寂しい境遇で生きる女性・尚美。たまたま二人きりになる機会があったことから、春山は尚美に惹かれていくが・・・

不遇の人生を送ってきた春山と、孤独を抱えた直美。「幸薄い男女が出会って結ばれ、幸せになりました」という話にだってできるはずですが、そこはやっぱり朱川湊人さん。二人があと一歩のところで幸せを逃す様子が切なく、苦く描かれています。殺人犯の供述(一人称)という構成が、物語のやり切れなさを盛り上げていました。

 

「孔雀墜落」・・・主人公<私>の家に、突然、弟が訪ねてきた。男の体に女の心を持ち、両親から絶縁された弟。<私>は懸命に自分らしく生きようとする弟を見守り、応援してきた。だが、久しぶりに会う弟は以前と様子が違って・・・

ページ数自体はさほどでもないながら、トランスジェンダーの生き辛さが丁寧に描写されていました。頭では決して悪いことではないと分かっていても、昨日まで弟だった相手がいきなり女の姿で現れたら仰天するのは必至。それでも弟に寄り添う主人公と、そんな主人公を慕う弟のやり取りが暖かかったです。これは唯一ハッピーエンドな話かと思いましたが・・・・・ラストの悲しさが胸に染み入りました。

 

朱川湊人さんの作品に恋愛描写が出てくることはこれまでもありましたが、ここまで恋愛メイン、それも性愛が絡む作品は本作が初めてではないでしょうか。独特の薄暗く気味悪い(褒め言葉)世界観は好き嫌いが分かれそうなものの、主人公達の多くが現状を完全に受け入れているため、後味の悪さは控え目です。動物は他にも数えきれないほどいるので、第二弾、第三弾も書けそうですね。

 

これは間違いなく愛の物語・・・度★★★★★

誰かを想う気持ちは甘く暖かいもの度★☆☆☆☆

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コメント

  1. しんくん より:

    朱川湊さんの作品はあまり読んでいませんが、まさにプログの月の写真にような怪しいけど惹きこまれる雰囲気で読みやすいイメージでした。ダークな恋愛の短篇集は面白そうです。「夢観た蜥蜴」「孔雀墜落」が特に面白そうです。
    オリンピックがついに始まりましたが無事に終わって欲しいと願うばかりです。
    ワクチン接種券が届きましたが予約は8月からです。
    福岡県も大都市で心配ですがどうかお気をつけて。
    お嬢さんはお元気ですか。
    息子は中学生になりました。夏休みに入り早く終わって欲しいと思ってます。

    1. ライオンまる より:

      こちらは私が一回目の接種終了、主人は今週中に一回目の接種を予定しています。
      何かと不安が多いご時世ですが、年中さんになった娘が元気一杯なのが救いです。
      しんくんさんの息子さんはもう中学生ですか!早いなぁ。
      一日も早く皆のワクチン接種が済み、コロナ禍が終息するよう願っています。

      朱川湊人さんの作品にしては珍しく、幽霊や妖怪といった超自然的な要素が皆無、現実のままならなさや無情さがたっぷり詰まった短編集でした。
      あまり恋愛小説のイメージがない作家さんですが、丁寧な心理描写はさすが直木賞作家!
      再読したい作品が色々あるものの、娘が夏休み中なので、ゆっくり読書できるのは二学期開始後になりそうです(^^;)

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