はいくる

「ガラスの殺意」 秋吉理香子

人生を築き上げていく上で、大事なものはたくさんあります。愛情が最も大事だという人もいれば、お金こそ一番と感じる人もいるでしょう。そんな中、つい忘れられがちですが、<記憶>もまた生きていく上で大切な要素です。日々の記憶を積み重ねることで人生は成り立つもの。もしその記憶を保つことができなければ、人生はどれほど辛く寂しいものになるでしょうか。

<記憶喪失>ではなく<記憶を保持できない>登場人物が出てくる物語となると、愛川晶さんの『ヘルたんシリーズ』、小川洋子さんの『博士の愛した数式』、西尾維新さんの『忘却探偵シリーズ』などが思い浮かびます。最近読んだ小説にも、記憶を保てないことに悩み苦しむヒロインが登場しました。秋吉理香子さん『ガラスの殺意』です。

 

こんな人におすすめ

記憶障害をテーマにした小説が読みたい人

スポンサーリンク

私は本当に殺人者なのか---――自ら警察に「殺した」と通報し、血まみれの殺人現場に佇んでいたヒロイン・麻由子。彼女はかつて遭った交通事故の後遺症により、記憶を長時間保つことができないという障碍を負っていた。取り調べは難航するものの、凶器や指紋などの物証は揃っていた上、被害者は過去に麻由子が事故に遭うきっかけを作った男。もはや麻由子の犯行であることは間違いないかと思われたが・・・記憶と愛の意味を問う、切ないヒューマン・サスペンス

 

前述した通り、<記憶障害に苦しむ登場人物>が出てくる小説は色々ありますが、<記憶障害を持つ登場人物が殺人容疑者>というシチュエーションはなかなかインパクトありますね。おまけにそれを書くのは、女性同士のドロドロした心理戦を得意とする秋吉さん。この方の作品の場合、<主人公は若く生き生きした女性><警察などはほぼ介入せず、仲間内で話が進む>というイメージがあったので、本作の雰囲気はすごく意外でした。

 

主人公の麻由子は、血まみれの殺人現場から「人を殺した」と通報し、逮捕されます。彼女は二十年前に無差別通り魔事件に巻き込まれて両親を亡くし、自らは逃げようとして車に撥ねられた結果、二十分程度しか記憶を保てないという障碍を負っていました。今回の事件で殺されたのは、くだんの殺人事件の犯人であり、刑期を終えて出所してきたばかりの男。麻由子には十分すぎる動機があり、犯行は決定的なように思われました。ところが、麻由子の無実を訴える知人女性の出現や、麻由子の夫の不審な行動により、事件は混迷状態に陥っていきます。

 

本作は、主に二人の登場人物の目線で進行していきます。一人目は、殺人事件の容疑者として逮捕された麻由子。麻由子は事故の後遺症で二十分程度しか記憶を保持できないため、取り調べの最中、あるいは独房の中で状況を忘れて高校生、あるいは大学生だった頃に戻ってしまいます。そのたびに現状を再認識させられ、恐慌状態に陥る麻由子。この時の麻由子の姿が本当に哀れで、思わず<生き地獄>という言葉が浮かんでしまうほどでした。

 

両親がとっくの昔に惨殺された事実を何度も突き付けられるところも辛いけれど、自分が二十年分年を取ったことを繰り返し思い知らされる場面もキツかったなぁ・・・現在の麻由子が闘病で疲れ切った中年女性、その夫も看病で疲弊しているという描写が、妙にリアリティあるんですよね。一昔前の少女漫画などでよくある<記憶喪失=若く美しい恋人たち>というイメージを吹き飛ばす生生しさです。

 

もう一つは、この事件を担当することになった刑事の桐谷優香の視点です。優香は認知症を患う母を施設に入れたことを負い目に思っていました。そんな優香の目に、記憶障害を持つ麻由子を献身的に看病する夫・光治の姿は眩しく映ります。しかし、徐々に光治の行動に不審な点が見え始め、麻由子の犯行かどうか怪しくなるという展開なのですが・・・

 

正直、そんな展開が二の次に感じられるくらい、優香の兄弟の態度が腹立つ!!母の認知症が発覚した時、「女がやるのが一番」という理由で刑事の優香に介護を押し付ける。そのくせ、地獄のような介護生活に疲れ切った優香が母を施設に入れると、「冷たい」「もっとお袋の行動の意味を考えてやれ」「いっそ育児をする気持ちになってみたらどう?」などと言い放つ・・・あー、また腹立ってきた!またこの母親の認知症の描き方が凄まじいんですよ。ヒロイン・麻由子の闘病生活が、あくまで麻由子の一人称なので分かりにくい分、よっぽど壮絶に感じられました。

 

そんな優香が、介護経験者だからこその視点で事件の鍵に気付き、そこから物語は一気に加速。二転三転しつつクライマックスに帰結する流れは相変わらず吸引力ありました。そして、本作を語る上で外せないのは、何と言ってもラストシーン。これほど悲しくも美しいラストは、今までの秋吉作品には見られなかったものです。読後感もそれほど悪くないので、『暗黒女子』『絶対正義』などが合わなかった方にもぜひ読んでほしいです。

 

ある意味、<忘却>は<死>よりも辛い・・・度★★★★☆

最後にはただ愛が残った度★★★★★

スポンサーリンク

コメントを残す

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください