私は友人知人から<スイーツ女王>と言われるほどの甘党です。中でも目がないのは、チョコレートパフェやガトーショコラといったチョコレート系のスイーツ。昔、デザートビュッフェでチョコレート系のスイーツばかり三十個近く食べ、カフェインを摂りすぎたせいか全く眠れなくなったこともありました(笑)
美味しそうなスイーツが登場する小説はたくさんあるものの、チョコレートがメインとなると、意外と少ないです。有名どころだと、ロアルド・ダールの『チョコレート工場の秘密』と、大石真さんの『チョコレート戦争』くらいでしょうか。この二作品ほどの知名度はないかもしれませんが、今回ご紹介する小説にも、それはそれは美味しそうなチョコレート・スイーツが出てきますよ。上田早夕里さんの『ショコラティエの勲章』です。
こんな人におすすめ
スイーツが登場するコージー・ミステリーが読みたい人
実家である和菓子屋<福桜堂>で売り子として働く主人公・あかり。ある日、あかりは開店したばかりのチョコレート専門店<ショコラ・ド・ルイ>で不可思議な万引き事件を目撃する。その時の出来事を機に<ショコラ・ド・ルイ>のシェフ・長峰と知り合ったあかりは、次々とスイーツにまつわる謎に関わることになる。アイスクリーム、ガレット・デ・ロワ、ボンボン・ショコラ、クリスマスケーキ・・・・・時に甘く、時に切ない、とびきり美味しいスイーツを召し上がれ!
フランス菓子店を舞台にした『ラ・パティスリー』の姉妹編です。あちらは記憶喪失のパティシエが登場する長編でしたが、本作は一話完結型の短編集。エピソードごとにメインとなるスイーツも異なっていて、思う存分あま~い気分に浸れます。出てくる事件や謎はビターな味わいのものが多いところが、いいコントラストになっていました。
「第一話 鏡の声」・・・近所にオープンした<ショコラ・ド・ルイ>に、偵察に出かけたあかり。と、そこで買い物客の女性が、店内にいた少女たちが万引きするのを見たと騒ぎ出す。だが、少女たちは誰も商品を持っておらず・・・
万引きという、サービス業者にとっては死活問題の犯罪がテーマです。犯人の精神状態を含め、かなり苦い後味ですが、次々登場するチョコレートやアイスクリームの描写が上手く中和してくれていました。武骨で厳格なシェフ・長峰と、柔和なショコラティエの沖本もなかなか面白いキャラクターです。
「第二話 七番目のフェーブ」・・・仲良しグループの桃香が結婚することになり、あかりらはお祝いにフェーブ入りのガレット・デ・ロワを贈ることにする。後日、桃香からお礼があるが、なぜか六個入れたはずのフェーブが七個になっていたそうで・・・
フェーブとは陶器製の小さな置物のこと。家具や動物、食べ物など色々な形があり、ホールケーキの中に入れて、「誰にフェーブが当たったか」という遊びをするそうです。ほのぼのしたイベントですし、作中の事件も犯罪などではありませんが、登場人物たちの心理模様はなかなかビター。でも、こういうことってグループ付き合いには多かれ少なかれあるかもなぁ。
「第三話 月人壮士」・・・<福桜堂>で新作和菓子を出すことになる。あかりは職人の三好から「長峰に菓子のアイデアを批評してもらいたいので仲介してくれ」と頼まれ、承諾。後日、<ショコラ・ド・ルイ>の新作アイスクリームのデザインは三好の案にそっくりで・・・
前の二話とは変わり、あかりの実家でもある和菓子屋<福桜堂>が話に関わってきます。お菓子に限らず、クリエイティブな分野には付き物の盗作騒動。真実を突き止めようとするあかりの行動力が凄まじいです。読者の間では賛否両論が分かれるエピソードのようなので、「自分はどう思うか」を考えてみるのも面白いかもしれません。それにしてもこのアイス、美味しそう・・・
「第四話 約束」・・・長峰の代理として、沖本と一緒にとあるレストランに行くことになったあかり。長峰と沖本は、年に一度、この店を訪れるのが習慣らしい。美味しい食事とデザートに舌鼓を打った後、沖本はここのオーナーシェフ・梅崎との思い出を語り始める。
唯一、謎解き要素のない話です。長峰と沖本、かつて同僚だった梅崎。三人の仕事に対する矜持が熱いです。やりたい放題に見える梅崎の秘めた思いや、今より頑固ながら見るべきところは見ている長峰の姿勢は素敵ですね。友達とはまた違う、職人同士の付き合い方を見た気がします。
「第五話 夢のチョコレートハウス」・・・ある日、福桜堂を中年女性が訪れる。女性は男性が写った写真を見せ、「彼は私の夫で糖尿病。この界隈のお店に出入りしているようだが、体のため商品を売らないでくれ」と頼む。その男性・田山は長峰に一つの依頼をしていて・・・
大の甘党なのに糖尿病という、私の身に置き換えたら発狂しそうな状況の男性が登場します。夫に長生きしてほしい一心で、甘い物を食べることはおろか接触すらさせまいとする妻は、周囲からはヒステリックに思われるのでしょうが、気持ちも分からないではないんだよなぁ・・・世界中のチョコを集めたチョコレートハウスを作るという田山の夢が、いつか実現するよう願ってやみません。
「第六話 ショコラティエの勲章」・・・田山に誘われ、チョコ愛好家が集まる<関西ショコラ倶楽部>に参加したあかり。今回、倶楽部で出すスイーツを作るのは長峰だ。出されたスイーツが気に入ったあかりだが、同じく初参加の女性・花梨は今一つのようで・・・
親が有名パティシエだなんて、他人の立場からすると羨ましい話ですが、当事者になってみると色々思うところがあるんですね。花梨親子に愛情がないわけではなさそうなので、この出来事を機に雪解けの方向に向かってほしいものです。ラスト、あかりが長峰に<ショコラティエの勲章>をあげるシーンは、まるで映画の一場面のようで美しかったです。
あらすじを読んだ段階では、「ははーん、あかりとこの長峰って段々いい感じになるんだな」と思いましたが、少なくとも本作の段階ではそんな気配は微塵もありません。ただ、互いに人として尊敬し合ってはいる感じなので、今後進展する可能性はあるのかな。姉妹編の『ラ・パティスリー』は第二弾も出ているので、いつかこちらも続編が出てほしいです。
スイーツは甘いだけじゃない度★★★★☆
読む時はチョコレートを手元に置いておいて度★★★★★
スイーツをテーマにしたミステリーでチョコレートがメインとは確かに珍しいですね。
手品のようなトリックやビューマンミステリーも興味深いです。
ビターな味わいの謎・事件というのも読みやすそうです。
チョコ好きを満足させてくれる一冊でした。
殺人のような凶悪犯罪ではなく、日常でのビターな謎を扱っているので感情移入しやすかったです。
読了後は、たぶん、甘い物が食べたくなりますよ。