はいくる

「殺人鬼フジコの衝動」 真梨幸子

殺人鬼。これほど禍々しい響きを与える言葉ってそうそうないんじゃないでしょうか。「殺人」だけでも十分恐ろしいのに、その後に「鬼」が付くなんて。何より恐ろしいのは、そんな殺人鬼が現実にもしっかり存在することでしょう。

一方、フィクションの世界に登場する殺人鬼は、決して恐ろしいだけの存在ではありません。貴志祐介さん『悪の教典』の蓮見聖司然り、トマス・ハリス『羊たちの沈黙』のレクター博士然り、殺人鬼たちはその残酷さを以て読者を惹きつけます。そんな小説界の殺人鬼名鑑には、彼女の名前も載せるべきでしょう。真梨幸子さん『殺人鬼フジコの衝動』に登場するフジコです。

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ただ幸せになりたいだけなのに---――その半生で十数人の人を殺し、逮捕された女性・フジコ。幼馴染、恋敵、夫、我が子・・・・・自らの邪魔をする者を、フジコは次々に葬り去っていく。彼女を殺人に駆り立てるものは一体何なのか。そうまでして彼女が得たかった「幸せ」とは。フジコの人生を描く記録小説が完成した時、ついに戦慄の真実が浮かび上がる・・・・

 

イヤミスの女王と呼ばれる真梨幸子さんの著作の中でも、トップクラスのイヤ度を誇る作品だと思います。悲惨な家庭環境、学校でのいじめ、結婚生活の破綻に児童虐待などなど、イヤイヤイヤイヤイヤ尽くし。当然、読んでいて暗澹たる気分になりますが、それでも本を放り出さずに読み続けてしまうのは、真梨さんの優れた筆力ゆえなのでしょう。

 

主人公のフジコは十歳の時に家族を何者かに惨殺され、一人生き残って叔母の家に引き取られます。まがりなりにも平穏な暮らしを手に入れ、引っ越し先で新たな学校生活を送るフジコ。しかし、些細な間違いの連続の末、発作的に同級生の少女を殺害してしまいます。これが、フジコの殺人鬼としての人生の始まりでした。

 

そこからはもうノンストップで殺人の嵐。恋人を奪おうとした女友達、働きもせず浮気ばかりの夫、手ばかりかかる幼い娘、次から次へと殺しまくり、ついには金を奪うために行きずりの人々をも屠っていくフジコ。かつて、人生をやり直そうと躍起になっていたちっぽけな少女は、立派な(?)殺人鬼に成り果ててしまうのです。

 

本作のすごいところは、登場人物にまともな人間がほぼいないということです。殺人鬼と化したフジコは言うまでもありませんが、彼女を虐待する親、いじめるクラスメイト、転校先の学校で出会う陰湿な女生徒、口先ばかりの軽率な夫とその両親など、これでもかこれでもかと嫌な人間のオンパレード。この中にまともな人間がいればフジコは殺人鬼にならずに済んだのでは・・・と、一瞬、フジコに同情したくなるほどでした。

 

さらにもう一つ忘れちゃいけないのが、本作がイヤ<ミス>というだけあってミステリーとしての側面も備えているということ。目を多いたくなるほど惨たらしい暴力・殺人描写に圧倒されてつい見逃してしまいそうですが、実は各所にラストに至る伏線がしっかり張られています。ネタバレを避けつつ、私から一つアドバイスを。あとがきまで含めて一つの作品だということを、どうか忘れないでください。

 

本作は二〇一五年にドラマ化され、Huluで配信されています。主演は演技派女優として名高い尾野真千子さん。これは期待が高まりますね。トリックの性質上、映像化不可能と言われた本作をどうドラマにしたのか、ぜひともこの目で確かめてみたいです。

 

これぞまさに負の連鎖・・・度★★★★★

すべての真実はあとがきにあり度★★★★★

 

こんな人におすすめ

救いのないイヤミスが読みたい人

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コメント

  1. しんくん より:

    女性の殺人鬼のストーリーとは怖いですが、大変興味を惹かれます。
    まともな登場人物がいないというのも更に怖い物みたさで読みたくなりました。
    殺人鬼は生活環境より生まれついての殺人衝動があるのでは?と考えるようなストーリーです。ドラマも観たいですね。

    1. ライオンまる より:

      真梨作品の中でも「怖くて読めない」「読了後に気が滅入った」という感想の多い問題作です。
      登場人物すべてが真っ黒けですが、だからこそ、人の心の深淵を覗き込んだかのような気分が味わえますよ。
      私もドラマが早く見たいです。

  2. しんくん より:

    さっちゃんは、なぜ死んだのか?が予約中でこちらを借りて来ました。
     まともな人物がいない環境が殺人鬼フジコを生み出したというより、殺人鬼として利用させられたというイメージで大変胸くそが悪くなる内容でした。
     まさにプロローグも後書きも含めての作品ですね。
     さっちゃんは、なぜ死んだのか?も届きました。
     2冊連続で真梨幸子さんの作品です。

    1. ライオンまる より:

      まだ幼く真っ当だった頃のフジコの描写がある分、その後の転落ぶりが際立つんですよね。
      中山七里さんの蒲生美智留や、櫛木理宇さんの浜真千代との違いはそこだと思います。
      続編「インタビュー・イン・セル 殺人鬼フジコの真実」もなかなかなので、機会があればぜひ!

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