はいくる

「首なし晩餐 スローライフ警視の事件簿」 櫛木理宇

<スローライフ>とは、効率重視の生活を見直し、時間や義務に追われず自分らしくゆったり生きようという思想のことです。現在は生き方全般を指すことが多いようですが、この思想誕生当初は、食生活・食文化の見直しを意味していました。ファストフードの代表であるマクドナルドがイタリアに初出店した際、一部のイタリア国民が猛反発し、そこからスローフード運動が始まったのだとか。こういう経緯があったと知った時は「へええ」と唸ってしまいました。

実際、スローライフが描かれる小説には、美味しそうな料理が出てくることが多いです。小川糸さんの『食堂かたつむり』などがいい例ですね。食生活は、人生の基盤。美味しそうな食事描写が出てくると、読んでいるこちらの気持ちも満たされます。今回、ご紹介する作品もそうでした。櫛木理宇さん『首なし晩餐 スローライフ警視の事件簿』です。

 

こんな人におすすめ

・人間の悪意が光る警察ミステリーに興味がある人

・美味しそうな料理が登場する小説が読みたい人

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佐桐眸巳(さぎり ひとみ)、二十八歳、東大卒のキャリア警視。新崗県水和署に署長として赴任した彼は、異母姉の那青(捜査一課の強行犯係)・血が繋がらない兄の清臣(科捜研職員)と同居し、地方でスローライフを満喫中だ。その一方、眸巳の周りでは、欲と悪意にまみれた事件が頻発する。殺人事件に秘められたどす黒い思惑、下着泥棒事件から浮かび上がる妄執の行方、罪深き被害者に向けられた害意の正体、首なし死体が語る罪の連鎖・・・・・凄惨な事件と、温かな日常が絡み合うユニークな警察ミステリー

 

櫛木理宇さんがこんな優しい作風の小説を書くとは・・・というのが、最初の感想でした。事件そのものは櫛木節全開の悲惨なものなのですが、合間合間に語られる主人公と兄姉のスローライフの楽し気なことといったら!丁寧に日常生活を送り、ユーモアたっぷりの会話を交わし、心づくしの料理に舌鼓を打つ。家族だけでなく、同僚たちとの仲もいたって良好で、陰湿な足の引っ張り合いもナシ。何より、眸巳たちが作る料理がものすごく美味しそうなんですよ。揚げたての天ぷらにバーベキュー、自分で掘って来たタケノコ・・・それぞれ仕事で過酷な現場を目にするにも関わらず、三兄姉が健全な精神を有しているのはこの食生活のおかげなのかもなと、しみじみ思ってしまいました。

 

「第一話 電子レンジ日和」・・・心理カウンセラーの男性が殺害された。捜査の結果、犯人は被害者を滅多刺しにした際、自分も手を怪我したであろうことが判明。関係者に事情聴取を行ったところ、被害者の身近に手を怪我した女性が三人いることが分かる。ところで、この被害者は生前、ストーカーの前歴がある男性に対してカウンセリングを行っていたのだが・・・

育ちの良さそうなボンボン風ルックスのせいで、現場の警官から署長と思ってもらえない眸巳にクスリ。それでも、持ち前のカメラアイ(視覚情報をカメラで写したかのように正確に記憶できる能力のこと)を活かし、最後はきっちり締めてくれました。眸巳が秘かに推す同僚の女性刑事・小紅(こべに)の動かし方もとてもいい感じです。すべてが終わってみれば、被害者は因果応報な気もしますが・・・・・

 

「第二話 ベランダ酒で春霞」・・・地域で連続下着泥棒が発生。被害は相次ぎ、ついには窃盗現場に偶然出くわした女子高生がベランダから突き落とされる事態となる。間もなく犯人らしき男が逮捕されるが、彼は女子高生を突き落とした一件は頑強に否定し、当日のアリバイも確認された。もしや模倣犯がいるのか。眸巳は、捜査中に目撃したある光景が気になって・・・・・

被害者が滅多刺しにされた第一話が<動>の事件ならば、第二話は<静>の事件という印象です。被害が軽微という意味ではなく、ひたすら内へ内へ陰陰滅滅とこもる感じなんですよ。こういう人間心理の微妙な機微に気づく眸巳、署長の名は伊達ではありませんね。真相は相当に陰湿なものの、最大の被害を受けた女子高生の強靭さが救いです。

 

「第三話 夜の罪は何色」・・・サラリーマンが何者かに襲撃され、怪我を負った。被害者・柳は公私ともにすこぶる評判が悪く、容疑者の数は増える一方。そんな折、署にかかってくる迷惑電話の相手をしていた眸巳は、思いがけずヒントを得て・・・・・

これほど嫌悪感を催すタイプの被害者ってそうそういないのではないでしょうか。何しろ、家族や同僚のみならず事情聴取に訪れた刑事相手にも暴言吐きまくり、セクハラ仕掛けまくりなのですから、もはや執念めいたものまで感じます。こんな被害者に人生台無しにされるなんて、犯人も犠牲者なのでは?と一瞬思ってしまいました。最後、被害者が今後凋落するであろうことが察せられたところは、この話唯一のすっきりポイントです。

 

「第四話 湖水に針が落ちる」・・・女性二人の首なし死体が相次いで発見される。一人目の被害者は成人女性で、二人目は女子中学生と、被害者のタイプはバラバラ。後に頭部が発見されるが、そこには針で刺したような奇妙な穴が開いていた。これは同一犯による連続殺人なのか。懸命な捜査が進む中、被害者二人に意外な共通点があることが分かり・・・

プロローグから続いていた連続殺人事件が大きく動きます。脈々と受け継がれてきた悪意と暴力の連鎖は、胸糞悪いの一言。現実の戸塚ヨットスクール事件を思わせる、子どもが被害を受けた暴力事件の描写もあり、やりきれない気持ちになりました。救いは、眸巳が被害者に寄り添い、再出発を心から願っているところでしょうか。エピローグ、眸巳が関係者の一人に向けて語る言葉が胸に染み入ります。

 

思えば、櫛木作品の中で、主人公が何のトラウマも葛藤も抱いていないって、かなり珍しい部類な気がします。ただ、上品でのほほんとした眸巳にも「なんでややこしい血縁関係の三兄姉が同居生活送っているの?」という謎があるんですよね。シリーズが続くなら、この辺りについても語られるのでしょうか。続きを楽しみに待とうと思います。

 

どれもこれも事件の背景が毒々しい度★★★★★

主要登場人物たちの健やかさに癒されます度★★★★★

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