昔読んだ小説に、こんな台詞がありました。「この世の争いのほとんどは、イロかカネが原因で起こる」。イロ(色)とは性欲や恋愛絡み、カネ(金)とは金銭問題のことで、確かにトラブルのほとんどはそのどちらかが原因だよなと、しみじみ納得したものです。
どちらも当事者にとっては深刻なのでしょうが、<巻き込まれる関係者の多さ>という観点で見れば、金銭問題の方に軍配が上がると思います。特に遺産相続問題となると、相続人のみならず、その配偶者や子供の生活に関わる可能性があるわけですから、関係者が目の色を変えるのも一概には責められません。それでも、今日ご紹介する作品のような遺産問題は、なかなか珍しいのではないでしょうか。明野照葉さんの『骨肉』です。
こんな人におすすめ
皮肉が効いた家族小説に興味がある人
おまえたちの妹だよ---――性格も暮らしぶりもてんでばらばら、決してかみ合わない三姉妹に、ある日、衝撃的な知らせがもたらされる。老父が一人の少女を連れてきて、「この子は自分の娘であり、我が家の四女である」と告げたのだ。退屈な男やもめだと思っていた父に、まさか隠し子がいたなんて。その上、改めて調べてみると、父親の遺産が想像以上に多額と知り、三姉妹はにわかに色めき立つ。あんなどこの馬の骨とも知れない娘に、遺産を渡してなるものか。結託して動き出す三姉妹だが・・・・・右往左往する女たちの悲喜劇を描く、ブラック家族小説
明野照葉さんのサスペンスやホラーに慣れた方が本作を読んだら、雰囲気の違いに驚くかもしれません。遺産という、下手すれば刃傷沙汰が起こりかねない問題が絡みながら、本作は皮肉たっぷりのブラックユーモア小説です。タイトルが物騒な割に犯罪は何一つ起こらず、それでいてインパクトは抜群でした。
夫や子供達とすれ違い気味でキッチンドリンカーと化した長女・真子。仕事にのめり込む一方で部屋は汚部屋になり果てている次女・聖美。依存心が強い性格をこじらせて出会い系サイトにハマる三女・美善。決して仲が良いとは言い難い三姉妹は、ある日、父親から実家に集まるよう指示されます。その席に現れたギャル風の少女・阿子のことを、父親はなんと「おまえたちの妹だよ」と紹介!仰天する三人を後目に、阿子と仲睦まじく過ごすようになります。間もなく、父親の遺産が億を超えるという事実が明らかになり、三姉妹に火がつきました。我が家の財産を、ぽっと出の小娘に渡してなるものか。そもそもあいつは本当に父の子供なのか。普段の不仲ぶりもどこへやら、一致団結して阿子について調べ出す三人ですが・・・・・
本作が、数多ある遺産トラブル小説とちょっと違うなと思わせるのは、渦中の父親がぴんぴん生存している点でしょう。つまり、三姉妹のドタバタは、現時点では完全な皮算用。気が動転するのも分からないではないけれど、いつもらえるか分からない遺産を巡って口角泡を飛ばしまくる様子は、ひたすら浅ましく滑稽です。
その大騒動の中で、三姉妹のキャラ設定が活きてきます。この三人、揃いも揃って性格が悪い悪い!長女は子どもにすら疎まれているにも関わらず酒に溺れ、次女はワガママな片付けられない女。三女は男に依存することがやめられず、ホストや出会い系サイトに夢中になる始末。当然のごとく仲が悪いのですが、阿子という異分子の登場により、一転して協力し合う姿にリアリティがありました。そうそう。人間って、共通の敵がいると意外に手を結べるんですよね。
さらに面白いのは、普通なら善人ポジションになりそうな阿子を、決して<天真爛漫で賢い娘>とは描いていない点です。この子はこの子で、かなり図々しくて無神経。よその家に勝手に押しかけては、あれやこれやひっかき回し、人を苛立たせます。生活態度もさることながら、私は容姿にコンプレックスを持つ長女・真子に対し、「私たちって四姉妹だから『若草物語』みたいだね。美しいベス(『若草物語』で、長女のベスは姉妹一の美貌の持ち主)」と言ってのけるところにイラッときました。さらに言えば、発端となった父親も三姉妹に対する配慮が足りないし・・・これほど登場人物の誰のことも応援できない経験、なかなかない気がします。
阿子の出自や遺産問題がひとまず決着して終わり・・・ではなく、さらに一ひねりしたラストも含め、いい意味で予想の斜め上をいく作品でした。なお、明野照葉さんは本作以外にも『愛しいひと』『家族トランプ』『チャコズガーデン』といった、犯罪が絡まない家族小説やヒューマンストーリーも書かれています。普段のイヤミスとはかなり毛色が違って面白いので、気になる方はチェックしてみてはいかがでしょうか。
こういう切り口の遺産問題小説は珍しい!度★★★★★
でもお金って大事だよね度★★★★★