はいくる

「作家刑事毒島の嘲笑」 中山七里

小説の人気キャラクターをイラストで描くのは、なかなか難しい仕事です。実写化でも言えることですが、キャラクター人気が高ければ高いほど、どれだけ上手くイラスト化しても「なんか思っていたのと違う」「〇〇(キャラクター名)はこんな顔じゃない」という不満が出ることは不可避。特に挿絵がない小説の場合、読者がキャラのイメージを膨らませる余地が大きいため、いざイラスト化されるとネガティブな感想を抱かれやすい気がします。

反面、好きなキャラクターが自分の想像通りの形でイラスト化された時の喜びは大きいです。以前、片山愁さんによる『銀河鉄道の夜』の漫画化を見た時は、イメージとぴったりのカンパネラやジョバンニの姿に大興奮しました。それから先日読んだこの作品のイラストも、「これこれ!」と言いたくなるほどハマっていたと思います。中山七里さん『作家刑事毒島の嘲笑』です。

 

こんな人におすすめ

・皮肉の効いたミステリー短編集が読みたい人

・毒舌キャラが活躍する作品が好きな人

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突如として火の海と化した出版社、学祭の喧騒に紛れて殺害された左翼思想の大学生、従業員が次々自殺を遂げる飲食店、米軍基地への抗議活動中に死体となって発見された小説家・・・相次ぐ不審な事件の陰に見え隠れする<急進革マル派>の存在。これは、凶悪左翼団体の陰謀なのか。捜査に臨む公安の前に、あの男が食えない笑みを浮かべて現れる。作家と刑事。二つの顔を持つ毒舌刑事・毒島の活躍を描いた人気シリーズ第三弾

 

中山ワールドのキャラクターの中で一番好きな毒島刑事とまた会えるということで、新刊情報を見た時からずっと楽しみにしていました。内容もさることながら、今回「おおっ」と思ったのは表紙。かつてハードカバーで読んだシリーズ第一弾『作家刑事毒島』と、イラストレーターさんが変わっているのです。一作目の裏がありそうな福々しい顔も良かったけど、個人的には本作で描かれた毒島の容姿がドンピシャにハマってました。めっちゃ悪い顔しているけど、にこやかに振る舞ったらさぞ好人物に見えそうなところが、まさに毒島刑事です。

 

「一 大いなる」・・・深夜、神保町の出版社ビルから突然火の手が上がり、複数の重傷者を出す惨事となる。捜査に当たる公安一課の淡海の前に現れたのは、作家兼業の刑事技能指導員・毒島真理。あまりに強烈な毒島の個性に圧倒されつつ、捜査を進める淡海だが・・・

本作では、中山ワールドお馴染みの刑事である犬養や高千穂は事件に絡みません。代わりに毒島のパートナー(?)となるのは、公安部所属の淡海刑事。アクが強すぎる毒島に面食らうのは『作家刑事毒島』時代の高千穂と同じ。ですが、当時の高千穂と違って淡海はすでに刑事として年季を積んできたこともあり、どうにか毒島に食らいつこうとします。それを一蹴する毒島の弁舌の振るい方は相変わらずで、第一話から「これだよ、これこれ」とにんまりしてしまいました。

 

「二 祭りのあと」・・・出版社放火事件の背後に左翼団体<急進革マル派>の存在があると睨んだ淡海は、犯人が所属していた大学の映画サークルに目を付ける。偶然にも、毒島はくだんの大学の学祭でトークショーに出る予定があるという。毒島の担当編集者を名乗ってキャンパスに潜入した淡海だが、そこで学生の殺人事件に出くわして・・・・・

毒島の煽りトーク満載のワンマンショーが強烈すぎる(笑)後日ネットにアップされて炎上したりしないのかな。まあ、毒島なら「うふふふふ」と笑うだけか。このエピソードには、大学サークル内に蔓延る思想問題が出てきますが、これ、現在進行形で起こっていますよね。サークルや同好会を隠れ蓑に、特定の宗教団体が活動を行っていたというニュースは、ここ最近、何度か見聞きしました。この話では宗教ではなく政治思想ですが、やっている本人達がいまいち本質を理解しないままのめり込んでいくという点では同じ気がします。私自身は大学時代、何も疑問を感じることなくサークル活動をしていたけど、もしかしてすぐ側でこういういざこざがあったのでしょうか・・・?

 

「三 されど私の人生」・・・居酒屋チェーン<鶴民>の女性従業員が転落死した。過酷な労働を課された末の自殺だという噂が流れ、市民運動家が抗議活動を繰り広げる。先頭に立つ運動家・鳥居は<急進革マル派>の関係者ではないかと公安にマークされている人物だ。しかし確証はなく、淡海らが手をこまねく中、なんと<鶴民>で二人目の自殺者が出てしまい・・・・・

犯人のクズっぷりが強く印象に残るのはもちろんですが、この話では<プロ市民>の存在が強烈に描写されています。<プロ市民>とは、市民活動により利権を得る者達のこと。実際にその活動に深く長く関係しているわけではなく、儲かりそうな活動があればちゃっかり参加してデモや抗議活動を行い、儲けようと企む連中を指すそうです。現実でも、マイク片手に大声で喋る活動家をしばしば見ますが、あれって、本当にその問題の関係者なのかいつも疑問に思います。毒島の言う「ああいう手合いは嗤ってやるのが一番いい」という言葉、毎度のことながら冴えてました。

 

「四 英雄」・・・<急進革マル派>の声明を受け、基地移転問題を巡って抗議活動が繰り広げられる沖縄を訪れた淡海。なんとそこには取材旅行中の毒島もいた。二人の目の前が起こった、抗議活動中の作家・瑞慶覧(ずけら)の死。デモ隊がちょうど機動隊ともみ合っていた最中だということもあり、隊員の誰かに撲殺されたのではという疑惑が浮上するが・・・

プロ市民が出てきた以上、絶対あるだろうなと思っていた沖縄基地問題がテーマです。他のエピソードでも言えることですが、活動家達の「言ってることは正論だけど全然響いてこない」感が凄いこと凄いこと。デモの看板のような顔をしていた瑞慶覧が、実はちっとも沖縄に興味なかったであろうことを毒島が看破するシーンは、なかなか皮肉が効いていました。そして、淡海の毒島に対する「刑事より詐欺師の方が向いているのではないか」という疑惑、たぶん大当たりです。

 

「五 落陽」・・・いくつかの事件を経て、本格的に鳥居を追い始めた公安部。どうやら鳥居は、爆破テロを計画しているらしい。その最中に起きた、議員候補の拉致事件および選挙カーの爆破事件。淡海は、毒島は、鳥居を捕まえ、<急進革マル派>の陰謀を暴くことができるのか。

ミステリーというよりクライムサスペンスのように進む話だな・・・と思っていたら、ラストにどんでん返しが待ってました。他の著作はともかく毒島シリーズでどんでん返しがあるのって結構珍しいので、まんまと騙されてしまいましたよ。前の四つのエピソードでは、毒島にしては毒舌が少ないかも?と思いましたが、最後の最後で底意地の悪さが発揮されて一安心。やっぱりこのシリーズはこうでなくっちゃ!ところで、毒島は「(自分の)同族は一人か二人しか知らない」とのことですが、それって誰だろう?御子柴弁護士?

 

私は知らなかったのですが、第一作目『作家刑事毒島』の文庫版も、本作の装画担当であるイラストレーター・帽子さんが描かれているんですね。ランプの明かりに照らされ、胡散臭い笑みを浮かべる毒島が実にイイ!調べたところ、毒島の刑事時代の活躍を描く『毒島刑事最後の事件』は、ハードカバー版・文庫版共にまだ表紙に毒島の姿が描かれてはいない様子。できれば、帽子さんの手による刑事姿の毒島が見てみたいのです。

 

毒たっぷりの言い回しが癖になる度★★★★★

あだ名が<原発>・・・なるほど度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    毒島刑事は最初のハードカバーの表紙の絵から丸い眼鏡かけた丸顔のイメージでしたが3冊目のハードカバーの表紙ではこちらの方がしっくり来ると感じました。
    廻り廻って振りだしに戻ったようなオチはまさに中山七里さんだと感じました。
    毒島刑事が御子柴弁護士、能面検事、渡瀬警部、アマゾネス刑事、車椅子探偵、岬検事、光崎教授などアクの強いキャラクターとの共演に期待したいです。
    アマゾネス刑事の第2弾予約中です。

    1. ライオンまる より:

      共演してほしいですよね!!
      切れ者の犬養が毒島相手にたじたじな所はすでに描写されたけど、渡瀬警部や光崎教授、車椅子探偵等、毒島より人生経験豊富であろう相手だとどうなるのか、すごく興味あります。
      こちらはやっと「棘の家」を読了しました。
      来月、「特殊清掃人」という新刊も出るそうなので、そちらも楽しみです。

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