はいくる

「蠍のいる森」 小池真理子

創作の世界には、<群像劇>というストーリー手法があります。これは、特定の主人公を設けるのではなく、複数の主要登場人物がそれぞれ別の物語を紡ぎ、最終的に一つの結末に辿り着くスタイルのこと。グランドホテル形式、アンサンブル・キャストなどの呼び方をされることもあるようです。大ヒットを記録したラブコメディ映画『ラブ・アクチュアリー』形式のこと、と言えば、分かりやすいかもしれません。

勢いがあって視覚的に映えるからか、群像劇は映画やドラマで使われることが多いです。とはいえ、面白い群像劇小説もたくさんありますよ。恩田陸さんの『ドミノ』や辻村深月さんの『本日は大安なり』は、どちらもわざわざハードカバー版を買ったくらい好きな作品です。上記の二作品より登場人物数は少ないですが、これも上質な群像劇でした。小池真理子さん『蠍のいる森』です。

 

こんな人におすすめ

男女の愛憎が絡んだサイコサスペンスが読みたい人

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繊細な性格ゆえ生き辛い司書の美千代。離婚と帰国を経験後、翻訳家として身を立てようとする真樹子。ルックスを武器に軽薄な生き方を続けてきた修平。無関係だったはずの三人の男女の人生が、とあるきっかけを経て絡み合う。行き場のない欲望は、愛は、憎しみは、果たしてどこへ向かうのか。予想外の運命を辿る男女を描いたノンストップ・サイコサスペンス

 

一九八七年に刊行された、小池真理子さん三作目の長編小説です。何度も何度も繰り返した気がしますが、私、この頃の小池真理子さんの、皮肉の効いたブラックな作風が大好きなんですよ。本作は長編三作目ということもあり、筆致も脂が乗ってきた雰囲気です。所々、昭和世代じゃないと想像しにくい描写もありますが、それはそれでクラシカルなムードが出ていて好印象でした。

 

図書館で働く孤独な女性、美千代。気弱な性格のせいで寂しい日々を送っていましたが、迷い犬を保護したことを機に、資産家の真樹子と知り合います。真樹子はイギリスでの結婚が破綻して帰国し、今は翻訳家として生計を立てようとしていました。不思議とウマが合い、友達付き合いを始める二人。そんなある日、真樹子はふとしたきっかけで、便利屋の修平と出会います。修平はその容姿を活かして小ずるい人生を送っていましたが、真樹子はすっかり一目惚れ。修平も金持ちの真樹子に興味を持つものの、目下のターゲットは別にいました。偽名を使って莫大な財産を持つ老婦人に近づき、どうにかその富を掠め取ろうとしていたのです。それぞれ別の思惑を持って生きる三人の人生は、やがて予想外の方向に転がり始め・・・・・

 

この手のサスペンス小説で男女三人が主要登場人物になる場合、この三人の間での三角関係が描かれるパターンが多い気がします。しかし、本作は一味違いますよ。ポイントは、前書きにも書いた通り、この作品が群像劇であるという点。美千代と真樹子は友人同士ですが、中盤はそれぞれ違う男と恋に落ち、別々の恋愛模様が繰り広げられます。また、真樹子は修平に一目惚れしますが、老婦人に取り入る計画に夢中の修平は、真樹子に深入りしようとしません。そして美千代と修平も、ある場面で出くわすものの、それは三角関係とは程遠く・・・と、こんな感じで、美千代、真樹子、修平の三人ががっつり絡む場面は全然ありません。彼らは各々の思惑を持って行動し、結果、衝撃的な結末を迎えることになります。いや、まさか最大の爆弾抱えていたのがあの人だったとは。イヤミスやサスペンスに慣れた読者でも、この展開はさすがに意表を衝かれるのではないでしょうか。

 

こうした群像劇を面白くするため欠かせないこと。それは、ばらばらに動く主要登場人物達を丁寧かつ巧妙に描写することですが、その点でも本作は秀逸です。過ぎるくらい繊細な一方、極端に走りやすい美千代。悠々自適な生活を送る傍ら、満たされたわけではない真樹子。小悪党ながら完全な悪人にはなりきれない修平。そこに、美千代の朴訥な恋人・源太、修平のターゲットとなる上品な老婦人・絹代、修平の妹である博美が絡み、実に陰影豊かなこと!彼らの心理だけでなく、食事や音楽鑑賞といった生活場面の描き方も細やかで、その風景が目に浮かぶようでした。作中で登場人物が聞く「もう森へなんか行かない」、本作の雰囲気にぴったりです。

 

ラストに関しては「呆気なさすぎる」という感想も多いようですが、トリックを楽しむタイプの作品ではないのですから、私はこの呆気なさが逆にいい味を出していたと思います。ドラマや映画の原作になることが多い小池作品の中で、本作はまだ実写化されていませんが、かなり画面映えする物語だと思うんですよね。私は読んでいる間中、美千代=木南晴夏、真樹子=雛形あきこ、修平=向井理でイメージしていました。

 

これもまた一種の因果応報・・・?度★★★★☆

とにもかくにも文章が巧い!!度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    特定の主人公がなくストーリーを繋いでいく群像劇は面白いですがかなりの高度な技術が必要だと思います。
    1987年代の作品なら馴染みやすそうです。
    ありふれた土曜ワイド劇場のようでなかなか衝撃的な展開がありそうです。
    これも読んでみたいですね。

    1. ライオンまる より:

      主要登場人物達の丁寧な書き分け方といい、ショッキングな結末といい、強く記憶に残る作品でした。
      あまりの密度の濃さに忘れてしまいそうになりますが、本の分量自体はさほど多くないんですよ。
      このボリュームでこの濃密さ・・・・まさに匠の技です。

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