現実に起きた出来事とフィクションとをいかに上手く絡めるか。それは、面白い物語を作る上で重要な要素です。イエス・キリストがキリスト教の始祖であること、徳川家康が江戸幕府を開いたこと、ドイツにアドルフ・ヒトラーという独裁者が存在したこと。すべて歴史的事実であり、なかったことにすることはできません。
ただし、あくまで創作上でのことなら、この事実を改変することができます。やり方は色々ありますが、その一つは、物語をパラレルワールドでの出来事にしてしまうこと。現実から分岐したパラレルワールドでなら、三国時代に劉備ではなく曹操が勝利していたり、織田信長が本能寺で死ななかったりした世界を見ることができるわけです。物語を作る上での制約も減るため、登場人物達はより自由に動き回ることが可能です。先日読んだのは、そんなパラレルワールドで繰り広げられる本格ミステリーでした。貫井徳郎さんの『鬼流殺生祭』です。
こんな人におすすめ
旧家の因縁が絡んだ本格ミステリーが読みたい人
時は<明詞>。維新後の東京で、若き軍人・武知が殺害される。密室で見つかった武知の死体は、あまりに無惨で奇妙な有様だった。武知の友人・九条は遺族から事件解決を依頼されるが、どれほど調べようと真相が分からない。悩んだ末、親友・朱芳に協力を求める九条。だが、なぜか朱芳は事件に関わることに難色を示し・・・・・一族に伝わる血の宿命と悲劇を描く、本格長編ミステリー
舞台となる時代は<明治>ではなく<明詞>。現実とよく似てはいるものの同じではなく、貫井徳郎さんの構成力と遊び心溢れる世界となっています。また、パラレルワールドというと、SFめいた響きがありますが、内容はどろどろした因習が絡んだ本格ミステリー。横溝正史が好きな読者なら、間違いなく気に入ると思います。
維新の興奮冷めやらぬ明詞時代の東京。公家の三男坊である主人公・九条は、海外留学から帰国した武知正純を、武知の許嫁であるお蝶と共に出迎えます。楽しいひと時を過ごす三人ですが、間もなくお蝶の祖母であるカツが、さらに結婚を間近に控えていた武知が相次いで死去するという変事が発生。おまけに、老いによる病で死去したカツと違い、武知の死に様は密室状態だった自宅内で刺殺されるという異様なものでした。武知家は警察の介入を嫌い、行動力がある九条に事件解決を依頼します。友人の無念を晴らすため奔走する九条ですが、手掛かりすら掴めぬまま時間だけが流れていきます。やむなく九条は、病弱ながら優れた頭脳を持つ友人・朱芳に協力を求めるものの、朱芳の反応は芳しくありません。そんな中、武知家では新たな悲劇が起きようとしていました。果たして九条と朱芳は凶行を止め、真相を暴くことができるのでしょうか。
<閉鎖的な旧家><門外不出の謎めいた儀式><先祖の代まで遡る因縁話>等々、本格ミステリー好きには堪らない要素てんこ盛りの本作。こういう土着ムード溢れるミステリーは京極夏彦さんとか三津田信三さんとかのイメージがありましたが、貫井徳郎さんとなるとかなり意外でした。一歩間違えるとただの『金田一耕助シリーズ』の焼き直しになりそうなところ、主人公の九条がガンガン動く行動派ワトソン、謎解きを行う朱芳が基本的に自宅から動かない安楽椅子探偵というところにオリジナリティが出ています。
過去の愛憎劇が絡む分、どうしても後味悪くなりがちというのがこの手の作品のお約束。それは本作とて例外ではなく、複数の犠牲者が出る上、真実はあまりにやるせないものです。とはいえ、このくらいならトリックも犯人も予想の範囲内かな・・・と思ったら、最終章後のエピローグでとんでもない爆弾が待ち受けていました。これほどの悪意、これほどの憎悪がこの世に存在するなんて(汗)この真相を本章で語らず、あえてエピローグに持って来たことで、どす黒さがより増した気がします。この人が怪しいんじゃないかと思う読者はいても、こんな罠を仕掛けていたと気づく読者はそうそういないのではないでしょうか。
さて、ここまでだと、本作の舞台設定は別にパラレルワールドである必要はありません。実際、事件だけを扱うなら、現実世界の出来事としても十分成立します。本作がパラレルワールドである<明詞>を舞台にした理由、それは作中のあちこちに散りばめられた小ネタの数々でしょう。例えば作中では、世界初の名探偵と言われるオーギュスト・デュパン(エドガー・アラン・ポー作)が実在の人物とされており、彼が関わった事件も本当の出来事として語られます。また、九条は事件調査のためあちこちに出向き、たくさんの人々に出会いますが、そこには歴史に名を残す偉人の姿がちらほらと・・・白眉はやはり、幼少期の夏目漱石が現れ、猫に関するあれこれを口にする場面ではないでしょうか。実は『吾輩は猫である』が執筆された背景にも、こういうやり取りがあったりして!?こういった小ネタは謎解きそのものには関係なく、「わざわざパラレルワールドにしなくてもいいんじゃない?」と思う向きもありそうですが、私はこういう仕掛けが大好きです。
なお、本作は第二弾『妖奇切断譜』が刊行されて以降、続編は執筆されていません。貫井徳郎さんがもう書かないとコメントしたという噂もあるけれど、それはあまりにも惜しい・・・九条の実家問題とか、謎めいた朱芳の背景とか、まだ語られていない部分が色々あるので、いつか三作目が読んでみたいです。時代が時代だから、森鴎外とか伊藤博文とか、たくさん登場してほしいなぁ。
・家系図をよーく見ておこう度★★★★★
・恨みはいつか風化する度☆☆☆☆☆
旧家の因縁が絡んだミステリーとは横溝正史や江戸川乱歩のような二時間ドラマのような設定にパラレルワールドが加わるとは面白そうです。
ただパラレルワールドを漠然としか考えていなかったので、何のために作品にパラレルワールドという様子を入れたのか?
東野圭吾さんや宮部みゆきさんのようなSF要素を入れたパラレルワールドとは違うものが見られそうで大変面白そうです。
東野圭吾さんのマスカーレードシリーズ第4弾、マスカーレード・ゲームを予約しました。
SF要素のあるパラレルワールドものとは違い、パラレルワールドだからこそ可能な小ネタを楽しむ作品です。
どろどろした因習サスペンスとしても上質でしたよ。
最近、予約した新刊がなかなか届きません。
予約レースに出遅れることが多く、かなり後の方の順位になることが多いんですよ。
気長に待ちつつ、新刊以外で面白いものを探す毎日です。