はいくる

「灰いろの鴉 捜査一課強行犯係・鳥越恭一郎」 櫛木理宇

一説によると、鳥類の中で一番賢いのは鴉だそうです。その知能は霊長類に匹敵し、記憶力・観察力にも優れ、人間の顔を見分けたり、道具を使ったりすることも朝飯前。分野によってはサルを超える成績を出すこともあるのだとか。その賢さや真っ黒な外見、敵を集団で攻撃する習性などから、不吉の象徴であり、魔女や悪魔の手先とされることが多いです。

その一方、鴉は太陽に向かって飛んでいくように見えることから、神の使いとして崇められることもしばしばでした。日本でも三本足の鴉<八咫烏>を導きの神として崇拝する文化がありますよね。鴉は視力が優れていることもあり、善きものにせよ悪しきものにせよ、<使者><斥候>というイメージがあるのでしょう。今回は、そんな鴉が印象的な使われ方をしている作品を取り上げたいと思います。櫛木理宇さん『灰いろの鴉 捜査一課強行犯係・鳥越恭一郎』です。

 

こんな人におすすめ

社会の歪みをテーマにしたミステリーが読みたい人

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老人ホームが襲撃され多数の死傷者を出し、犯人は行方知れずのままという大事件が勃発。当初は老人への憎悪が高じた無差別大量殺傷事件という見方が大半だったが、捜査が進むにつれ、犯人は最初から犠牲者の一人をピンポイントで狙っていた可能性が浮上する。その犠牲者・吉永は、三十二年前、男子小学生二人組が起こした<老人連れ去り殺人事件>の被害者遺族だったのだ。この二つの事件に関連性はあるのか。事件の担当となった刑事・鳥越恭一郎は、同じく刑事だった父との記憶を振り返りながら捜査に当たるが・・・・・イヤミスの名手が送る、心抉る警察ミステリー

 

これまで著作の中で我々読者の心をこれでもかと翻弄してくれた櫛木理宇さんが、今回主人公に選んだのは捜査一課の現役刑事。『殺人依存症』の主人公も刑事でしたが、こちらの主人公が刑事としては王道を行くタイプだったのに対し、本作の主人公・鳥越恭一郎のキャラクターはかなり個性的です。また、派閥やキャリア・ノンキャリア間で争う描写もないため、「警察小説ってなんか重そう」と思う方でも読みやすいと思いますよ。

 

白昼堂々起きた、刑務所から出所したばかりの男・土橋が老人ホームを襲撃し、大勢の死傷者を出した末に行方知れずになるという大事件。土橋は犯行前に<上級老人>に対する憎悪を繰り返しネットに書き込んでおり、老人へのヘイトクライムかと思われます。ですが、土橋が襲撃したホームは中流階級向けであり、およそ彼が憎む<上級老人>がいそうな場所ではありませんでした。また、犯行の最中、土橋がしきりに<吉永励造>なる人物を探していたという目撃証言が出たことで、事態は予想外の方向に転がり始めます。くだんの人物・吉永励造は土橋の手で殺害されていましたが、実は彼は三十二年前に起きた<老人連れ去り殺害事件>の被害者遺児だったのです。これは、札付きで有名だった男子小学生二人が認知症の老人を連れ去り、撲殺したという凶悪事件。父と息子。被害者達はなぜ二代に渡って殺害されたのか。事件を追う刑事・鳥越恭一郎は、自然と父親のことを思い出さずにはいられません。鳥越の父もまた刑事であり、かつて<老人連れ去り殺人事件>を担当していたからです。特殊技能を使って捜査を進める鳥越は、やがて自身の過去とも対峙することになるのです。

 

この特殊技能というのは、なんと<鴉と心を通わせることができる>というもの。父譲りの凄みのある美貌と、崩壊した家庭環境にコンプレックスを持つ恭一郎は、陽気なムードメーカーの仮面を被ることで毎日をやり過ごしていました。彼の孤独を見抜き、寄り添ってくれた親友、それが鴉達だったのです。その寄り添い方たるや、もはや超能力の域で、恭一郎が「〇〇を探してくれないか?」と頼めば人でも物でも探し出し、恭一郎がピンチになると集団で敵を取り囲んでくれるほど。一歩間違えればギャグになりそうな設定ですが、櫛木理宇さんの文章の達者さのせいか、不思議と物語にしっくり馴染んでいます。この辺は、『ホーンテッド・キャンパスシリーズ』等で超自然現象の描写力を磨いた作者の面目躍如と言えるでしょう。

 

もう一つ言うなら、奇抜な設定を入れて中和したくなるくらい、作中で起こる事件が生々しく酷いからかもしれませんね。本作は家庭内虐待をテーマにしているせいか、子どもが犠牲になる描写が多く、読んでいて気が滅入って仕方ありませんでした。自身のエゴや悪意を子どもに押し付ける親、感情に任せて子どもを殴る親、自律心がまるでなく育児放棄する親・・・恭一郎はどうにか普通の社会人になれたけれど、生まれ育った家庭環境のせいで真っ当に成長できなかった子どもも登場します。誰か一人でも、彼らを誠実に気にかけ、行動してくれる大人がいたら。そう思う読者は、たぶん私だけではないでしょう。

 

ただ、暗い展開になると言っても、『虜囚の犬』や前述の『殺人依存症』のような、目を覆いたくなるほどの拷問・殺害描写はありません。恭一郎が、色々ありながらも刑事としてきちんと成果を上げていること、周囲ともまあまあ円滑な人間関係を築いていることもあり、後味悪いというほどでもないと思います。彼のキャラクターはかなり面白いので、シリーズ化するならぜひ第二弾も読みたいですね。最近映像化が続く櫛木作品ですが、本作をドラマか映画にするなら恭一郎は誰が演じるのだろう?アラフォーという年齢からして、ディーン・フジオカさんとかかな。

 

<親ガチャ>なんてあるはずない度☆☆☆☆☆

苦しむのはいつも子どもたち度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    老い蜂のように兇悪な犯罪の裏にさらに奥深い事情があり、むしろ兇悪犯罪を隠れ蓑にしているイメージです。
    鴉と心を通わせるとは、「鬼滅の刃」の連絡用のカラスをイメージしました。
    楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      「老い蜂」とは違った角度から老人という存在を取り上げていて、とても興味深かったです。
      ただ、「老い蜂」ほどではないとはいえ、最後はしっかり事件解決するので、後味はまあまあいいですよ。
      タイトルの感じからして、人気次第ではシリーズ化する構想があるのかもしれませんね。

  2. しんくん より:

     読み終えました。
     まさに親ガチャの言葉が深く突き刺さる作品でした。
     主人公の鳥越も決して良い親に恵まれたとは言えないですが老人殺害事件を起こした小河原、甘糟は最悪の家庭環境で育った。
     しかし鳥越も小河原も甘糟も男であり自分で逃げられる頭脳、体力、特殊能力があった。
     逃げ場無く言われるまま虐待を受けた女性や抵抗の術がない赤ちゃんは周囲の大人が気が付くように注意深く見守るしかない。
     今、ネットによる弊害が問題になっていますが、子供、女性の虐待が闇に葬られていた時代に比べて少しでも存在が明らかになって世間に認知されるようになったのは大きなメリットだと思います。
     シリーズ化を期待したいです。
     鳥越恭一郎をドラマ化するなら西島秀俊さんか筒井道隆さん、木村拓哉さん(あすなろ白書?)はどうでしょう。

    1. ライオンまる より:

      こういう問題の場合、悲しいかな、性別は重要なファクターになりますよね。
      自身のフラストレーションを、良いか悪いかは別として外部に向けることができた鳥越ら男性陣に対し、内に秘めるしかなった女性達・・・
      後輩の婦警の溌剌とした姿が清涼剤でした。
      西島秀俊さんもいいですよね!
      鴉を使役する姿が絵になりそうです。

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