はいくる

「琥珀の夏」 辻村深月

少し前から<親ガチャ>という言葉を聞くようになりました。これはカプセルトイやソーシャルゲームのアイテム課金方式の<ガチャ>になぞられた言い方で、<どんな親の元に生まれるか、事前に自分で選ぶことはできない>という意味だとか。「甘えだ」「責任転嫁に過ぎない」という非難もある一方、DV等に苦しんで育った人達からは賛同を得ているようです。

私個人で言えば、どちらかといえば賛成する気持ちの方が大きいです。心身共に健康に成長した大人が「もっと金持ちの家に生まれたかった。親ガチャ外れた」と言うのは甘えだと思いますが、それが幼い子どもなら?その子の親が、子どもの人権など認めず、命すら危ぶまれるような目に我が子を遭わせる人間だったら?自立して生きていくことが不可能な幼児にとって、どんな親の元に生まれるか、どんな大人に囲まれて育つかは、人生最初にして最大の大博打と言っても過言ではありません。この作品を読んで、つくづくそう思いました。辻村深月さん『琥珀の夏』です。

 

こんな人におすすめ

子ども時代の苦い記憶を扱ったヒューマンミステリーが読みたい人

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数々のトラブルを起こし、カルトと批判された<ミライの学校>。その敷地内から、白骨化した子どもの遺体が発見された。ニュースを聞いた弁護士の法子は、幼い頃の記憶を思い出す。小学生の頃、法子は同級生とともに、<ミライの学校>の夏合宿に参加したことがあったのだ。目新しいことばかりで戸惑う中、仲良くなったミカという少女。もしやあの遺体は、ミカではないのか。不安と戸惑いの中、真偽を確かめようと動く法子だが---――琥珀に閉じ込められたひと夏の真実を描く、切なくも瑞々しい傑作長編

 

先日、『冷たい校舎の時は止まる』を再読し、「ファンタジー寄りの辻村作品は最高だなぁ」と思ったばかりですが、本作を読んで「やっぱり現実路線の方が面白いかな」と思い直したり・・・ころころ変わりすぎですかね(汗)それだけ辻村深月さんの筆力が優れているということだと思います。ヒューマンストーリーとしてもミステリーとしても読める構成で、五五二ページ中、蛇足だと感じる部分がまったくありませんでした。

 

弁護士として、一児の母として、忙しい日々を送る主人公・法子のもとに、老夫婦から依頼が持ち込まれます。「<ミライの学校>という団体の敷地内から、女児の白骨死体が発見された。あれはもしかしたら、娘と共に<ミライの学校>に参加し、そのまま消息不明の孫娘かもしれない。確かめてほしい」。<ミライの学校>の名前を聞き、法子の胸はざわつきます。<ミライの学校>は、子どもを親元から離して集団生活を送らせることを理念とする団体であり、かつて殺菌されていない水を販売して食中毒を出したことで世間の非難を浴びていました。実は法子は小学生時代の夏休み、<ミライの学校>の夏合宿に数回参加したことがあったのです。合宿ではそれなりに嫌な思いや寂しい思いもしたものの、ミカやシゲルという友達もでき、概ね楽しい思い出として記憶されています。中でも親しくなったミカは、法子のように夏休みだけの参加組ではなく、完全に両親と離れて<ミライの学校>で暮らしている子どもでした。発見された白骨死体は、ミカの可能性もある・・・真相を確かめるため法子は動き、結果、幼い日の自分自身とも向き合うことになりました。

 

物語を構成するパートは、主に二つ。法子やミカが<ミライの学校>で過ごす子ども時代パートと、それから約三十年が経った現代パートです。ミステリー的には、白骨死体の謎解きをする現代パートの方が重要なのかもしれませんが、個人的には子ども時代の方が印象的でした。『かがみの孤城』でも思いましたが、辻村深月さんの、十代前半~半ばの少年少女の描写は本当に秀逸!女の子同士でキャッキャと盛り上がったり、男の子に淡い想いを抱いたり、行き違いからギクシャクしたり、嫌がらせされて落ち込んだり・・・誰しも一度は味わう子ども時代の悲喜こもごもが、丁寧に、繊細に綴られています。中でも法子が「嫌味を言われたり、うまく仲間に馴染めなかったり、辛い思いもしたけど、それでも振り返れば<ミライの学校>は楽しい思い出」と述懐する場面に共感しまくりました。そうそう、自然合宿も修学旅行も、一日一日を見れば結構しんどいことがあったにも関わらず、まとめて振り返ると「まあ、楽しかったかな」となるんですよね。ここは感情移入する読者が多いのではないでしょうか。

 

しかし、そんな良くも悪くもありふれた子ども時代パートの中に、ちらほらと不穏な影が見え隠れします。それは例えば、子どもは見ていない(と思われている)場で大人達が交わすやり取りとか、子どもの自主性を尊重して行われるはずの<問答>の違和感とか、問題を起こした関係者が入る<自習室>の存在とか。特に、起こった出来事や見聞きしたものを子ども同士で話し合わせる<問答>の胡散臭さは一種異様なほどで、「やっぱりここってカルトなんじゃ・・・」と思わされます。この辺りを大人目線で突き詰めると、<ミライの学校>の穴が見えてくるのですが、子ども達にそれを指摘することはできません。外に生きる世界がある法子ですらそうなのですから、両親が<ミライの学校>に傾倒し、ここで生きるしかないミカは尚更です。

 

こういう状況を見ると、前書きで書いた通り、どういう親の元に生まれるか、どういう大人に囲まれて育つかは大博打だと思っちゃいます。「家族一緒に暮らしたい」という娘の涙ながらの願いを軽く流すミカの両親。理解があるように見せかけて、肝心な時は無責任な大人達。それでも子どもは一人で出て行くことなどできないから、<ミライの学校>の価値観と常識に染まって成長することになります。法子やミカと親しかったシゲルが、成長後、我が子と共に東京で遊ぶ方法を知らないという箇所はやるせなかったなぁ。子ども時代は、あんなに頼れるお兄さん風だったのに・・・・・

 

ただ、多くの長編辻村作品がそうであるように、本作も後味は悪くありません。法子もミカも過去と向き合い、未来に向けて一歩踏み出す結末を迎えます。短編は結構苦いラストなこともあるけれど、長編は安心して読めるよな・・・と思っていたら、現在連載中の長編小説は初のホラーミステリーとのこと。新たな辻村ワールドを覗けそうで、早くも期待が高まります。

 

子どもなんだから気づかないよ度☆☆☆☆☆

これも一種の教育虐待では?度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    「かがみの孤城」のようなファンタジーの作品でも現実に深く踏み込んで、特に思春期の少女の心理の描写がリアル過ぎるのが辻村作品だと思います。
    大人の主人公でも少年少女の頃の心理に戻ってしまう~まさにそのスタイルでした。
    白骨死体が依頼してきた老夫婦の孫でもミカでもなく、その2人が法子の前に現れた時は驚きました。
     法子の子供の頃、ミライの学校の様子が目に浮かんでくるほど共感出来ました。
     小学生の頃、気が進まないのに林間学校に行かされた時の自分の心鏡と重なりました。子供たちが大きくなったら「親ガチャ」で自分が当たりだったのか外れだったのか?気になります。
     新作の「闇祓」は辻村作品らしさをふんだんに感じます。
     ただ自分的には少し物足りなさが残りました。

    1. ライオンまる より:

      本当に、子ども時代の思い出描写一つ一つが丁寧で、その様子がありありと思い浮かべられましたね。
      こういう作品を読むと、私は常識ある親のもとに生まれることができ、ラッキーだと思います。
      今度は我が子にそう思ってもらいたいものです。

      「闇祓」予約しました!
      ちょっとホラーテイストの作品みたいですね。
      自分で読んでみるのが楽しみです。

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