小説にせよ漫画にせよ映画にせよドラマにせよ、フィクションの世界での恋愛は、女性メインのストーリーになりがちです。男性より女性の方が恋愛のあれこれに対する関心度合が高く、読者・視聴者として取り込みやすいからでしょうか。そして、メインターゲットが女性である以上、女性中心の物語にした方がより共感を呼ぶのかもしれません。
ですが、当たり前の話ながら、男性だって恋をします。それは小説内でも同じで、金城一紀さんの『GO』、村山由佳さんの『天使の卵』、盛田隆二さんの『ありふれた魔法』などでは、恋に落ちた男性の悲喜こもごもが丁寧に描かれていました。そう言えば、この方にも男性の恋愛をテーマにした作品があるんですよ。唯川恵さんの『ため息の時間』です。
こんな人におすすめ
愛に翻弄される男達の短編集が読みたい人
亭主関白を貫いた夫が知る妻の秘密、三人の男女が繰り広げる水面下の争い、寂しさを持て余す男が見つけた唯一の救い、二人の女を天秤にかけた男の運命、愛のない結婚をした青年のたった一つの希望、完璧な人生を歩んでいたはずの男の最大の誤算・・・・・これほどまでままならないのに、なぜ人は愛を求めてしまうのか。恋愛に囚われた男達の行く末を描く短編恋愛小説集
唯川恵さんにしては珍しく、収録作品はすべて男性が主人公となっています。他の作品では『途方もなく霧は流れる』の主人公も男性ですが、こちらがじんわり胸に染み入るヒューマンドラマだったのに対し、本作はイヤミスだったりホラー寄りだったり妙にコミカルだったりとバラエティ豊か。主人公はもちろん、脇役である女性キャラの描き方も秀逸でした。
「口紅」・・・エリートコースに乗り、従順な妻と魅力的な愛人を持ち、自身を成功者と見る原田。だが、妻が病に倒れたことで生活に変化が生じる。病床の妻は、原田に口紅を買って来てほしいと頼んだ。原田は派手に装った女が嫌いで、かつて、化粧を施した妻を厳しく咎めたことがあるのだが・・・・・
主人公が回想する亭主関白っぷりはかなり酷く、読んでいてイライラするかもしれません。その割に後味が悪くないのは、妻が主人公の弱さをちゃんと理解していたことと、最後の最後で主人公が真実に気づくからでしょうか。でも、病気の妻の頼み事を愛人に投げるのはだめだよ、原田・・・
「夜の匂い」・・・井沢の恋人の幹子は、控え目で真面目な女性。対照的に、幹子の友達のまり絵は派手で華やかな女だが、なぜか井沢と幹子のデートに頻繁についてくる。さらに、こっそりと伊沢に電話をかけてきて、セクシャルな話題を振ることもしばしば。次第に井沢は、まり絵が自分に気があるのではと考え始め・・・・・
ドロドロ系恋愛作品を見慣れた読者なら、恐らく真相に勘づくと思います。ですが、これは謎解きミステリーではないわけですから、真相に気付いても面白さに影響なし。まあ、こういう状況なら、井沢が自惚れちゃっても無理ないですよね。蘭の濃密な描写が印象的でした。
「終の季節」・・・リストラの対象となり、妻子との関係はとうに最悪で、人生に何の希望も見いだせない会社員・杉浦。ある時、ひょんなことから娘の同級生・ゆかりが援助交際をしていることを知ってしまう。ゆかりは母子家庭に育ち、生活が苦しいのだという。なりゆきで、いなくなった父親を騙り、ゆかりと電話で会話するようになった杉浦だが・・
第一話の原田と亭主関白だったのは同じながら、こちらの主人公はリストラに遭って人生は落ち目。コンビニの売れ残りの弁当を食べるようになった杉浦が、ゆかりとの電話に希望を見出していく様子が清々しかったです。この調子で人の話にきちんと耳を傾けるようにすれば、いつか妻子と歩み寄れる日も来るんじゃないでしょうか。
「言い分」・・・洪一は康子という申し分ない恋人がいながら、若く健気な奈保と浮気してしまう。しばし二股状態を続ける洪一だが、やがて関係がバレる日がやって来た。相手の非をここぞとばかりに訴える康子と奈保。二人の言い分は見事に食い違っていて・・・・・
主人公にとっては超深刻な状況なんでしょうが、女性二人のしたたかさや、その言い分のすれ違い方が妙に笑えるエピソードです。こういう時、二股かけた男がおろおろするばかりというのもすごくリアル!というか、康子も奈保も魅力的な女性のようだし、いずれ我に返ったら洪一を捨てそうな気もするんですが
「僕の愛しい人」・・・愛し合いながらも貧しさから夢を叶えられない主人公と、恋人の千晶。だが、主人公は思いがけない形で、裕福な女性と結婚する機会を得る。結婚すれば、自分の夢も叶う。千晶の夢の支援もしてあげられる。必死の思いで千晶を説得し、結婚に踏み切る主人公だが・・・・・
一番ホラー色の濃いエピソードでした。主人公が結婚する理由が、裕福な生活に釣られたわけではなく、「自分と千晶の未来を拓きたい」と純粋に思い込んでいるところがちょっと怖い・・・千晶本人が嫌だと言ってるでしょうに。最終的に主人公が取った行動と、こんな結末になったのに妙に幸せそうな姿に狂気を感じました。
「バス・ストップ」・・・仕事も家庭も不倫関係も順風満帆。充実した人生を送る木島だが、ある日、妻子が木島の不倫を理由に家を出ていってしまう。なぜだ。不倫のことなどとっくの昔に承知していたではないか。混乱しつつも気を取り直し、愛人と再婚する木島。だが、妻の思惑は木島の予想を遥かに超えたところにあって・・・・・
不倫・浮気する男がぞろぞろ出てくる本作ですが、態度の悪さでは言えばこの木島がダントツでしょう。だからこそ、彼が思いがけない形で現実を突きつけられる展開は気分爽快!浮気は非日常だから楽しいのであって、日常になってしまえばこんなものなのかもしれませんね。奥さんの周到さや賢さに拍手喝采です。
「濡れ羽色」・・・営業成績を上げるため、浩次は取引先の社員・るみ子と付き合い始める。るみ子はカラスに餌付けし、お喋りを交わすという趣味があった。やがて浩次は年上のるみ子に飽き、若く、コネもある久美という女性に乗り換えようとするが・・・・・
このエピソードを読んだ後に調べましたが、実はカラスも九官鳥やオウムのように、簡単な言葉なら話せるとのこと。この特性と、女性の感情というものを甘く見たせいで浩次は痛い目見てしまいましたが、そもそもは自業自得。るみ子やカラスを恨むんじゃないよ。あと、小説で得体の知れなさを表す動物としては猫がよく使われますが、カラスも雰囲気ありますね。
「分身」・・・・年の離れた初々しい妻を愛しつつ、彼女からの愛情を信じきれない主人公。妻は経済力目当てで自分と結婚したのではないか。疑心暗鬼に駆られた主人公は、妻がパソコンを始めたと知り、架空の若い男の身分を名乗ってメールしてみるのだが・・・・・
『世にも奇妙な物語』において、大森南朋さんと杏さんで映像化されていました。なんというか、一番幸せになれそうだったのになり損ねた主人公、という感じですね。不安な気持ちは分からなくもないけど、人をわざと試すような真似しちゃいかんでしょう。小説とドラマではラストの描写が違うので、見比べてみるのも面白いかもしれません。
「父が帰る日」・・・彰一の家に、老いた父がやって来た。放蕩三昧を繰り返し、家庭を崩壊させた挙句に出奔した父。だが、高齢と病気ゆえに一人暮らしが難しくなり、やむなく彰一が引き取ることになったのだ。妻と息子はぎこちないながら父に歩み寄ろうとするが、彰一は過去の行いをどうしても許せない。そんなある日、彰一は決定的な瞬間を目撃してしまい・・・・
収録作品中、唯一、男女の愛ではなく家族愛をテーマにしたエピソードです。そして、一番希望がある話でもありますね。彰一が父を嫌うのは当然だけど、あのままじゃ本人も苦しそうだったし、和解できるならそれに越したことはありません。それにしても、奥さんと子ども、人間できてるなぁ。
一部を除き、ほとんどの主人公はダメダメな面が目に付きますし、迎える結末も幸せとは言い難いものが多いです。とはいえ、私は女目線で物語を追ってしまうからか、読了後は意外にすっきりした気分になりました。男性陣が自らのどうしようもなさのツケを払わされる上、彼らと関わる女性陣はそれなりに本懐を遂げるという展開が多いせいでしょうか。男性が読んだら、また違う感想が出てくるんでしょうね。
タイトル通り、ため息がつきたくなる度★★★★☆
男性はこういうことをこういう風に捉えちゃうのね度★★★★★
唯川恵さんの作品で登場したことのあるタイプの男性が出てきます。
仕事は出来ますがお金と女性にだらしないタイプの男性を女性目線から見て描いたストーリーが多いように思います。
仰る通り、いつもと視点が逆なんですよ。
多くの唯川作品では、残念な男性と関わってしまった女性主人公が出てきますが、本作では残念な男性の方が主人公。
当然、物の見方一つ取っても感覚が違い、「男の人はこう考えちゃうのね~」と苦笑してしまいました。