<精神病院>とは、文字通り、精神の病気を治療するための病院です。当然ながら世界各国に精神病院は存在しているわけですが、日本の精神医療の場合、諸外国と比較すると大きな特徴があります。それは、入院期間の長さ。日本は先進国の中でも精神疾患に対する偏見が強く、一度入院してしまうと社会復帰させるための環境がなかなか整わないため、必然的に入院期間が長期化するのだとか。場合によっては三十年以上に渡って入院生活を続けることもあるそうです。
<精神病院にかかる=目には見えない精神の病を患う>という前提があるからか、精神病院を舞台にした小説の場合、どうしても重い内容になりがちです。映画化もされたデニス・ルヘインの『シャッター・アイランド』など、その代表格と言えるでしょう。ですが、いきなりそんな重苦しい作品から手を出せる読者は少ないかもしれません。というわけで、今回は精神病院が登場するライトなミステリーを紹介します。赤川次郎さんの『華麗なる探偵たち』です。
こんな人におすすめ
超個性的な探偵が出てくるユーモアミステリーが読みたい人
若くして莫大な遺産を相続することになったヒロイン・芳子。だが、彼女は遺産の簒奪を目論む親族の手によって、通称<第九号棟>と呼ばれる精神病院に入れられてしまう。このままでは家を乗っ取られた上、一生ここで飼い殺し。途方に暮れる芳子に手を差し伸べたのは、同じ第九号棟に入院する仲間たちだった。おまけに彼らは、とんでもない個性の持ち主で---――シャーロック・ホームズ、ダルタニアン、エドモン・ダンテス、アルセーヌ・ルパン。奇想天外な探偵たちが活躍するミステリーシリーズ第一弾
ホームズだのダルタニアンだの書きましたが、当然、これは本人ではありません。彼らは全員、自分が文学史あるいは歴史上の有名人だと信じる精神疾患の持ち主であり、第九号棟はそういった患者をまとめて入院させておく閉鎖病棟なのです。こう説明すると陰鬱な感じがしますが、赤川次郎さんらしいユーモラスな文体のおかげで悲壮感はゼロ。患者たちが、自身がなりきる人物特有の能力(ホームズなら推理力、ダルタニアンなら剣技)の持ち主ということもあり、後味すっきりで読み終わることができました。
「英雄たちの挨拶」・・・鈴本芳子は、強欲な親戚の手で精神疾患をでっちあげられ、第九号棟に強制入院させられてしまう。もう一生ここから出ることはできないのか。ショックを受ける芳子だが、事情を知ったホームズら患者仲間達は協力を約束。彼らの力を借りて脱出した芳子が目にしたのは、あまりに予想外の光景だった。
第一話ということもあり、ミステリーらしい謎解きはあまりなく、ホームズやダルタニアンといった仲間達の紹介と、彼らが一緒に探偵業を始めることになった経緯が語られます。閉鎖病棟にいるはずの患者たちが自由に出歩ける理由が、「エドモン・ダンテス(『巌窟王』に登場する、穴を掘って脱獄した男)が外への出入り口を作ったから」「アルセーヌ・ルパンが外出中の患者の変装をし、監視の目を誤魔化しているから」という理由がものすごくユニーク!リアリティは度外視して楽しんじゃってください。
「死者は泳いで帰らない」・・・将来有望な水泳選手だった男子高校生が溺死した。有力者が自分の息子を代表選手に選ぶよう、様々な圧力をかけてきていた最中の死。水泳が得意だった弟が溺死するなんて、絶対に誰かの陰謀に決まっている。唯一の肉親だった姉の一江は、芳子に真相解明を依頼してきて・・・・・
事件で使われたトリックがなかなか巧妙で「へええ」と唸ってしまいました。赤川次郎さんが仕掛ける事件で、こういう奇をてらった技が出てくるのって結構珍しい気がしますが、私の気のせいかな?なお、この話で登場する大川一江は、今後、芳子の助手としてシリーズのレギュラーキャラクターとなります。よくある話ならここで異性の助手が出てきて恋愛フラグが立ちそうなものですが、このシリーズの場合、ホームズら男性陣のキャラが濃すぎるため必要ないのかもしれませんね。
「失われた時の殺人」・・・退職した元刑事・大里が、自宅敷地内のプレハブ小屋で急死した。小屋は内側から施錠されており、誰かが出入りした形跡は皆無。だが、大里の娘は父親が殺害されたと主張し、芳子のもとを訪れる。娘曰く、大里は小屋の中で回顧録を執筆中だったらしい。もしや、回顧録を書かれると都合が悪い人物がいるのではないか。芳子たちは早速調査を開始するが・・・
このエピソードを読んで「あれ?」と思う方もいるかもしれません。実はこれ、著者自身の過去作のトリックを手直ししたものなんです。トリックとしての出来は数段上がっていると思うので、読み比べてみるのも面白いのではないでしょうか。ミステリーとしての構成はこれが収録作品中一番上手いと思います。
「相対性理論、証明せよ」・・・講演会会場で、世間に人気の若き学者が殺害された。その会場では、事件当日、老物理学者・羽田が「相対性理論について講演する」と言って乱入する騒ぎが勃発しており、容疑者となったのは羽田の弟子である市山だった。市山は逮捕され、羽田は第九号棟送りに。羽田の娘であり、市山の恋人でもあるルミは芳子を頼るのだが・・・
三話がトリックに重きを置いた話なら、この話はクライマックスで明かされる動機に注目が集まるでしょう。まさかこういう気持ちが事件の発端になるなんて・・・悪党の企みは暴かれ事件解決!というエピソードが多い本作の中で、やるせなさが際立ちます。第九号棟の存在が救いでした。
「シンデレラの心中」・・・息抜きのため湖畔の保養地を訪れた芳子らお馴染みのメンバー達。ところがそこで、湖から男性一人、女性二人の遺体が発見されるという事件に遭遇する。暴力の痕跡はなく、心中にも見えるが、この組み合わせは変ではないか。さらに、芳子は死んだ男性の妻・康子から、心中なら一体どちらの女が相手だったのか調べてほしいと依頼され・・・
入院患者が旅行で数日留守にしても気づかれないって、ルパン氏の変装はどんだけ凄いんだ(笑)最近ではあまり聞きませんが、一昔前は、太宰治をはじめ、入水は心中の方法としてはそれなりにポピュラー(と言っていいのかどうかは分かりませんが)な死に方でした。普通ならそのまま自殺として処理されそうなところ、女性の遺体がもう一人分あることで事態がこんがらがる・・・という流れがすごく印象的。最後に明らかになる<あの人>の真意が強烈です。
「孤独なホテルの女主人」・・・スキーをしに来たものの、泊まる場所がなく途方に暮れる大学生三人組。やっとのことで見つけたホテルには、偶然、芳子も宿泊していた。後日、三人組の一人である健治が芳子を訪ねて来る。ホテルで芳子と出くわした夜、町では現金数千万が奪われる事件が起きたのだが、なんとその容疑が建治にかかっているそうで・・・
最終話にふさわしく、<本格>と言っていいミステリーです。犯行の計画もよく練ってあるし、悪党主役のピカレスク小説にもなるのでは?と思わせる出来栄えでした。いかにも事件が起こりそうなホテル宿泊当日は何も起こらず、無事帰宅してから事件勃発するという構成も予想外で◎。というか、前エピソードに引き続き、芳子ってば入院患者のはずなのに出歩きすぎでしょう(笑)
あらすじを読めば分かる通り、本作はファンタジー寄りのユーモアミステリーであり、精神疾患や精神病院をリアルに描写しているわけではありません。ですが、今時、この設定で作品を書くのは結構難しい(本作の出版は一九八四年)と思うので、すごく貴重な読書体験ができました。シリーズは第六作目でずっと止まっているけど、もう新作は出ないのかしら。
ここだからこそ活かせる力がある度★★★★★
他にどんな偉人がいるのか超気になる!度★★★★☆
赤川次郎さんは昔の作品でも読みやすく携帯・パソコンがない以外は今と変わらない感じで読めるのが良いですね。精神病院にそうそうたる顔ぶれ~まさに華麗なる探偵たちの活躍が期待出来そうです。
赤川次郎さん独特の、いい意味でライトな文章のおかげで、あんまり時代の違いを意識せず読めるんですよね。
これほど豪華な探偵陣が一堂に会することってなかなかないですし、後味も良いので安心して楽しめました。