はいくる

「あなたに会えて困った」 藤崎翔

歌を聞く時、真っ先に注目するのはどこでしょうか。メロディが一番大事という人が多い気がしますが、同じくらい歌詞も重要だと思います。人の興味を惹きつける魅力的な歌詞は、長い時間を経ても語り継がれるもの。さらに、歌詞からは、その歌が作られた時代の社会情勢や文化が分かるという面白さがあります。一昔前は<夢><希望>といった前向きな歌詞の歌が流行ったようですが、今は<自分探し>をテーマにした歌詞が一番人気なんだとか。これも時代というものなのでしょう。

歌をテーマにした創作物となると、映画なら『スタンド・バイ・ミー』『プリティ・ウーマン』『精霊流し』『涙そうそう』等々、有名作がたくさんありますが、小説となると少ないです。小説の世界観を歌にする、というパターンなら結構あるんですけどね。なので、この作品を見つけた時は「おおっ」と思いました。藤崎翔さん『あなたに会えて困った』です。

 

こんな人におすすめ

コミカルなどんでん返しミステリーが読みたい人

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前科二犯、金なし宿なし人望なし、将来どん詰まりの<俺>ことヨシト。ようやく刑期を終えて出所したかと思いきや、ツテを使って空き巣稼業を再開する。今回のターゲットは、金目の物がたんまりある割に防犯対策はザルという優良案件。意気揚々と犯行に及ぼうとするものの、なんとそこは初恋の人・マリアの家だった!思いがけない形でマリアと再会し、狼狽えつつもときめきが抑えられないヨシト。マリアは既婚者だけど、もしかして俺に対して満更じゃない・・・?と浮かれたのも束の間、マリアから「夫を殺してほしい」と持ち掛けられて---――これぞ著者の本領発揮。驚きと笑いに満ちたサプライズ・ミステリー

 

藤崎翔さんは『神様の裏の顔』『私情対談』等、結構ブラックな後味の作品も書かれていますが、本作の読後感はすっきり爽やか。途中、DVや貧困家庭の描写も出てくるものの、最後は全部収まるべきところに収まるので読み心地抜群です。藤崎作品の場合、どんな深刻な問題が出てきても「このままじゃ終わらないはず」と思えるので安心なんですよね。気分が凹み気味の時にこそ読みたい作家さんです。

 

主人公・ヨシトは二度目の服役を終えて出所したばかり。更生したかと思いきや、旧知の仲であるスーさんから情報をもらい、早速泥棒生活を再開します。ところが、ターゲットにするはずだった豪邸の住人は、なんとヨシトの幼馴染であり初恋の人・マリアでした。どうにかその場は偶然ということで切り抜け、後日、改めて会う機会を作るヨシトとマリア。マリアは、同じく幼馴染であるタケシと結婚していました。にもかかわらず、マリアはヨシトが戸惑うほど好意を示し、積極的に親交を深めようとします。戸惑うヨシトが、ある時偶然目にした、タケシがマリアに壮絶な暴力を振るう光景。マリアは以前からタケシにDVを受けていると告白し、ヨシトにこう持ち掛けます。「主人のこと、殺してくれない?」と---――

 

本作は二つのパートに分かれています。大人になったヨシトがマリアやタケシと再会する現代パートと、回想で描かれる子ども時代パート。一九八〇年代生まれの私には、この回想シーンがものすごく印象的でした。ポケモンショックにゲームボーイ、Jリーグ開幕、「SMAPが解散するわけない」「イチローはアメリカじゃ通用しないだろう」といった台詞の数々。個人的には、CDウォークマンを最新機器と喜んでいた少年時代を思い返して「今じゃもうその姿はなく、当時でさえ古臭いと思われていたカセットが地味に残っている」と述懐するのが面白かったですね。九〇年代を過ごしたことのある読者なら、思わずニンマリしてしまう描写が目白押しですよ。

 

一方、現代パートでは、マリアとの再会から彼女と距離を縮めていく様子、その悲惨な境遇を知ったヨシトがタケシ殺害を目論む姿が描かれます。過去、ティーンエイジャーらしく溌剌としていた彼らが、現実のままならなさに苦しむ様子はやるせないの一言・・・と、しんみりしていると読み過ごしてしまいそうですが、この辺り、過去パートと比べると「ん??」と思わせる記述があります。気づいたら、その違和感を忘れないでください。終盤、藤崎さんらしいどんでん返しで真相が分かった時は、きっとページを逆戻りして違和感を再確認したくなることでしょう。

 

そして本作のいい小道具となるのは、小泉今日子さんのヒット曲『あなたに会えて良かった』です。タイトルももじりとなっていますし、よく読んでみると、歌詞と小説の内容が絡んでいるんです。作中で登場人物が歌うシーンまであって、歌を知っている人ならなかなか感慨深いものがあるかもしれませんね。最後の大団円はちょっと出来過ぎなような気もしますが、登場人物達の苦労はかなりのもののため、これでOKと思えます。久しぶりにゲームボーイがプレイしたくなってきたなぁ。

 

懐かしさ、詰め込みまくり!度★★★★★

やり直すなんてできっこない度☆☆☆☆☆

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コメント

  1. しんくん より:

    歌詞とメロディーの関係は蕎麦とツユの関係かな~と思います。
    自分の場合、メロディーが合うかどうかで歌の好みを見分けて歌詞の意味を深く追及していく感じです。蕎麦が美味しくてもツユが美味しくないと食べた気がしません。
     藤崎翔さんは「神様の裏の顔」のイメージが強くてブラックのイメージを感じます。
    出所してまた泥棒を繰り返す男と歌がどう関係するのか?1970年生まれの自分には時代背景も気になります。

    1. ライオンまる より:

      蕎麦とツユ!上手い喩えですね。
      今回は毒は抑え気味で後味良いので、さくさく読めると思いますよ。
      流行や芸能人への評価など、当時を知る者としてはクスリと笑ってしまう箇所がたくさんありました。

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